アクセンチュア インタラクティブの統括マネジング・ディレクターである黒川順一郎氏は最近のCampaign のインタビューで、「アマゾンやアップル、フェイスブック、Airbnbといったテクノロジー企業は直接の競合相手だけでなく、あらゆる分野に変革を起こしている」と述べた。これらテクノロジー企業は優れたユーザー体験(UX)を重視し、提供する。その結果、ユーザーは他のブランドにも同レベルのユーザービリティとサービスを求めるようになったというのだ。
ブランディングにおいて、一般的な広報活動は今でも重要な役割を果たしている。企業とインタラクティブな関係を持たない消費者にはなおさらだ。だが、「ユーザー体験は様々な意味でよりいっそう重要」と語るのは、コンサルティング会社「フロッグデザイン」のシドニー事務所でクリエイティブディレクターを務めるティム・パシオラ氏。 「アップルやウーバー、Airbnbといった企業を見ると、成功の大きな要因はプロダクトのユーザー体験であることが分かります。ユーザー体験は企業にとって差別化の大きな要素になりつつあるのです」。
今、ユーザー体験の概念は「単なるプロダクトの使い方にとどまらず、更なる進化を遂げている」と同氏。 「様々なタッチポイントやチャネル、全体的なプロダクト・ポートフォリオ、更にはプロダクトのデリバリーに役立つ社内システム……この数年で、こうしたシステムレベルで考慮されるようになってきました」。
問題は、それをきちんと実行している企業がほとんどないことだ。世界的に見ても「ブランドが提供するデジタル体験のほとんどは、いまだにかなりお粗末」と語るのは、アプリ開発会社「タイムホップ(Timehop)」COO(最高執行責任者)で「Agency」の著者でもあるリック・ウェッブ氏。また、顧客体験マネージメントを専門に扱う「クアルトリクス(Qualtrics)」社アジア太平洋地域及び日本担当マネージングディレクター、ビル・マクマレー氏は「ベイン・アンド・カンパニー(Bain & Company)」社が世界規模で行った調査結果を例に挙げる。それによると、「企業のCEOの80%が消費者に優れたユーザー体験を提供していると考えているのに対し、そう思うと考える消費者はわずか8%にすぎない」というのだ。
無意味なフィードバック
この問題の一端は、様々なブランドの要素をブランド自身が切り離して考えていることにある。自動車や家電、日用品といった分野の従来型ブランドは「『得る』ことよりも『失わずに済む』ことを重視しがち」と言うのは、フロッグ・ロンドン事務所のイアン・リー氏。「この手のクライアントが望むのは大抵の場合、より良いユーザーインターフェイスや新しいパッケージング、更にはもっと表層的なことで、消費者のブランド体験に結びつくような包括的手法を滅多に考えません。こうした思考では消費者に新たな価値を提供することはほとんどできず、せいぜい新発売のしわ取り製品の購入ボタンをクリックしてもらう程度が関の山でしょう」
昨今は消費者との密接なやりとりの重要性が語られるが、ブランドによりいっそうの努力が必要なことは明らかだ。クアルトリクスは最近、アジア太平洋地域の金融・旅行・小売業界の消費者サービスに関する調査を行った(対象者は1700人)。その結果、全体の30%は サービス上の大きな不備があった時点でそのブランドの利用を即座にやめると答えた。「これは優れたユーザー体験と顧客ロイヤルティ、低質のユーザー体験と顧客離れとが直結していることを示しています」とマクマレー氏。 「だからこそ、企業は消費者からのフィードバックを無視することはできないのです」。
もちろん、ほとんどの主要ブランドはフィードバックをそれなりに考慮している。問題は、それに適切に対処していないことだ。真っ先に挙げられる要因は、「大抵の場合、企業側にリアルタイムで消費者に対応するシステムがないこと」(マクマレー氏)。消費者が瞬時の反応を当たり前のように期待している時代に、これはあってはならないことだろう。更にクアルトリクスの調査で、「自分たちの意見が関連部署に届いていない」と考える消費者が40%近くいるという結果が出た。これは、より事態の深刻さを表している。
「消費者にとっての企業との通常の接点は、ソーシャルメディアやサービス担当者。それらにフィードバックをしても問題点が改善されないことがその真相です」(ウェッブ氏)。たとえ企業がフロントエンドの顧客サービスに莫大な投資をしたとしても、システムが統合されていないことはしばしばだ。消費者のフィードバックは、単に「虚空に向かって叫ぶようなもの」とウェッブ氏は言う。
なぜこうした状況に陥っているのか。その理由の1つは、デジタル時代以前からあるブランドは消費者との全てのやりとりを広告代理店に大きく依存しがちな点にある。当の代理店でさえも、インタラクティブについての専門知識は依然限られたものでしかない。「既存の代理店を使わずに発展し、社内で案件を処理してきたデジタルネイティブのブランドの多くが優れたユーザー体験を提供しています。ブランドが進化するために取るべき唯一の選択肢は、ユーザー体験を自社で完璧にコントロールすることでしょう」(ウェッブ氏)。
もちろん、「言うは易し」。中国のような市場で展開する企業は、「技術力やサービス、プロダクトとブランドとを結びつけるのに苦労している」とリー氏。まずはこれらを一体化し、ビジネスと顧客体験に関する戦略を同調させることが重要で、「こうした点で助言を求めてくるクライアントが増えています」(パシオラ氏)。そして次のステップは、顧客データを効果的に活用する方法を学ぶことだ。 「企業には何が起きたのかを示す運用データが豊富ですが、なぜ起きたかというインサイトを示すユーザー体験のデータが少ない。両方のデータを持つことで、ユーザー体験のギャップを減らすことができるのです」とマクマレー氏は指摘する。
ロールモデルとなるブランド
では、これらの点で適切な対応を行っているブランドはどこだろう。いわゆる 「レガシー・ブランド」、つまり長年威光を放ってきたブランドの中には目立った好例はほとんど見当たらない。「Airbnbやウーバーといったブランドは、エンドツーエンドの顧客体験の品質とデザインを最優先に構築されている。その上で具体的体験を提供しているので、今日におけるブランド構築のスタンダードになっています」とリー氏。 「こうしたブランド構築は、レガシー・ブランドのアプローチでは難しいでしょう。彼らはいつも理想を追い求めるようなメッセージばかり発信し、それを消費者に受け入れてもらいたいと願っているだけですから」。
中国のような市場では、若干事情が異なってくる。「(中国企業は)西洋的アイデアに倣って、どう適切にブランドを構築すればよいかを学びつつあります。しかしその一方で、『こうしてブランディングをしなければならない』という過去の制約がないため自由度も大きい。最も成功している中国ブランドはこの点を理解しています」(同氏)。
リー氏は、ユーザー体験とプロダクトを通してブランド構築を達成した好例として「シャオミ(Xiaomi、アジア・トップ1000ブランドのランキングで216位)を挙げる。繰り返しになるが、こうしたイノベーションはレガシー・ブランドであれば「社内であっけなく潰されていてもおかしくない」(同氏)。 「顧客体験による彼らの新しいアプローチは、中国市場におけるブランド構築で新しく価値ある流れが起きていることを世界の人々に認識させました」。車や自転車の共有サービスである「ディディ(Didi)」や「モバイク(Mobike)」、「オフォ(Ofo)」も、同様の手法で「極めて上質のユーザー体験を生み出しています」。
今後はユーザー体験でもAIが重要な役割を果たしていくだろう。しかし今はまだ、最も技術力の進んだ企業でも多くを学ばなければならない段階だ。 リー氏はそれを「AIの三流フェーズ」と呼び、「グーグルやアマゾン、ウーバーなどAIを理解する数少ない企業でも、顧客体験を洗練された自然でスムーズなものにするにはまだまだ時間がかかる」と話す。
だが、AIがまだ「三流」であることは必ずしも悪いことではない。「より良いデータでAIによるイノベーションを図り、それに基づいた適切なユーザー体験を生み出そうという野心的な企業にとって、今は初期の建設的な実験段階とみなすべき」。それを最初に達成するブランドはどこであれ、前例のない差別化に成功するに違いない。
(文:デイビッド・ブレッケン 編集:水野龍哉)