クライアントや自分自身、そして関連する人々のビジネスニーズに応えようと、猛烈なスピードで仕事をこなすことが多いこの業界では、何を実現したかよりも、何を制作したかに注目しすぎる傾向がある。これは、最近行われたある業界イベントで話したことだ。
今や、伝統的なマーケティング課題を解決するだけでは済まなくなっていることに気づいていない人はいないだろう。クライアントのためにできること、すべきことの未開拓な領域がどんどん拡大している。しかしそれでも私たちには絶対に見失ってはいけないことがある。それは、私たちの「成果(outcome)」は何かということだ。
そんなことは当たり前だと思われるかもしれない。しかし、私たちは「成果物(outputs)」のことだけで頭が一杯になってしまうことがある。「成果」と「成果物」。この2つの言葉の違いは、決して表層的なものではなく、本質的なものだ。成果物とは、簡単に言えば私たちが作る作品のことだ。映像やイベント、顧客体験などがこれに当たる。英語では「deliverable」と言われることも多い。私たちに求められる仕事は、ソーシャルキャンペーンやアクティベーションを実行したり、アプリをリリースしたりすることだ。一方、その成果は明確に定義されることはほとんどない。しかし基本的には、私たちの仕事がもたらした変化のことを意味する。つまり、関係者にもたらすメリットだ。社会にもたらすメリットも含まれる。
当然ながら、私たちの仕事は制作が中心となるため、特にプロジェクトの初期には、注意の大半が成果物に向けられがちだ。目の前の課題を解決するため、どんな映像やイベント、アプリを制作すべきかに神経が集中してしまう。ときには、作るモノが多いほど良いと感じることもあるだろう。
だが、もし私たちが最初の時点で「これらの作品がもたらす望ましい結果は何だろうか」と自問し、その成果が得られるように戦略的かつ厳密に仕事に取り組むことを優先したならどうだろうか。成果に関する研究は、もっと行われるべきだ。クリエイティブ業界にいる私たちは、短期的な視点ではなく、常に長期的な視点で仕事の価値を見定め、その正当性を担保する必要がある。
私たちの仕事につきものなのは、自分の作品がもたらした影響に対する評価だ。だが、その過程では、より繊細で見えにくい成果が見落とされてしまう危険性がある。そう、評価とは、売上や利益、ROI、そして認知度などのことだ。しかしこれらはビジネス目標、つまり統計データであり、実際にはアウトプットのもう一つの形態に過ぎない。
成果とは、意味をもたらし、関係を築き、変化を生み出すものだ。ブランドが人々の生活のなかで、真に有意義な役割を果たすには、どうすればよいのだろうか。業界にいる私たちが成果にもっと注意を向けるようになれば、どれだけ利益を上げたかだけではなく、この世界で何を実現できるかについても、もっと有意義な会話ができるようになるだろう。
成果物としての利益を一旦脇に置くことで、話をさらに広げ、その利益によってもたらされた社会への幅広い影響を考察すれば、最終的に自分たちはいったい何を成し遂げたのか、ということがより深く理解できるようになるだろう。
これは理想論に聞こえるかもしれないが、実際には極めて現実的な話だ。なぜなら、誰もが気づいているように、私たちは今、人間、地球、利潤という3つの収支が、等しく重視される時代に生きている。ブランドやビジネスを成長させるには、このフレームに従うほかはない。もはや、利益面の効率だけを追いかける時代ではないのだ。
このフレームは、すでに身の回りの社会や文化にも反映されている。これまで人間の文化は、新しいモノ、新しいアプリ、次の海外旅行といった具合に、新しい製品や体験を積み重ねることが中心だった。しかし、現代の人々は、なぜこの製品が必要なのか、この製品が及ぼす影響は何なのか、と自問し始めている。つまり人々は、より大きな視点で物事を見るようになったということだ。そして人々は、ブランドにもそのような視点を期待している。
こうしたプレッシャーにもかかわらず、アワードの表彰や測定ツールなど、成果物を評価する手段はすでに数多く存在しているのに対し、成果の評価については、ベストプラクティスやツール、指標などの手段を見つけ出すために、まだ多くの取り組みが必要な状況だ。カンヌライオンズが「グラス(Glass:性差別や偏見の打破に貢献した作品)」部門や「サステナビリティ」部門を設けたことは、未来への道を切り開く取り組みであり、賞賛すべきことだ。とはいえ、変化はまだ始まったばかりであり、もっと加速させる必要がある。目に見えない影響を測定するのは難しいが、それが、試みることを諦める理由にはならないはずだ。私たちの業界には、たびたびイノベーションを起こしてきた長い歴史があるのだから。
すでに、こうした取り組みを成功させているブランドや企業がたくさんある、たとえば、識字率向上のためのプログラム(すなわち成果物)が、いかにコミュニティを貧困から救い出しているかを、論理的に説明できている企業がある。私たちは、明確な目標と目的を持った組織から学ぶことができる。成果は長期的な変化をもたらすものであり、私たちはそれこそを目標にすべきなのだ。
成果物に気を取られすぎて、成果(結果)を疑うことを忘れていないか、常に自問するようにしよう。私たちが、成果とその本質的な価値を忘れず、注目し続ければ、業界の状況は今よりもっとよくなるはずだ。
ハルジョット・シン氏は、マッキャン・ワールドグループのグローバル最高戦略責任者。今年のカンヌライオンズでは「The Sustainable Development Goals Lions」部門の審査員も務める。