北京五輪の大会組織委員会は今、決して望まなかったであろう未曾有の事態に直面している。それは、スポンサー企業の「沈黙」だ。
国際オリンピック委員会(IOC)と「ワールドワイドオリンピックパートナー(トップスポンサー)」契約を結んでいるのはコカ・コーラやVISA、エアービーアンドビー、プロテクター・アンド・ギャンブル(P&G)、トヨタなど13社。契約に莫大な予算を投じたにもかかわらず、そのほとんどの企業が広告キャンペーンを控える決断を下したのだ。これは五輪史上、前代未聞の事態と言っていい。ちなみにトップスポンサーは1業種1社、複数年契約が基本で、契約料は大会ごとに1〜1.25億米ドルと言われている。
IOCや各国オリンピック委員会、各種スポーツ団体の広報及びコミュニケーション・アドバイザーを1993年から務めてきたJTA創業者でチェアマンのジョン・ティブス氏は、スポンサー企業の関心がこれだけ低い大会は「過去に例がない」と話す。それでも、「その理由はいくつか考えられます」。
まず、新型コロナウイルスによる「不透明性」だ。大会開催の是非は昨夏以降取り沙汰されており、オミクロン株の蔓延が議論に拍車を掛けた。中国当局は感染対策のため厳格な規制を実施、主要会場の周囲を封鎖したり、選手村の敷地をフェンスで囲ったりするバブル方式を導入。海外観客の受け入れ見送りも、すでに昨秋決定している。
一方、昨夏行われた東京2020大会が「スポンサーの意欲をそいだ可能性がある」とも。
同氏は北京で複数のクライアントと協働する予定だが、「東京と北京の間はわずか8カ月しかなかった。巨大なグローバル企業がアクティベーションを行うには、あまりにも時間が足りません」。そして見逃せないのが、欧米メディアが特に力を入れる中国の人権侵害に関する報道だ。「通常の広告活動を行えば、ステークホルダー(利害関係者)から非難を受けるのは明らか。スポンサーが沈黙せざるを得ない決定的な理由です」
それでも大会が始まり、メディアが競技の報道に注力するようになれば「ブランドは短期的で迅速なアクティベーションを始めるのではないでしょうか」。「大会組織委はこれまで様々な課題に直面してきた。しかし、結果的に今回の五輪は成功を収め、記憶に残る大会になると思います」
M&Cサーチ・スポーツ&エンターテインメントのグローバルCEOスティーブ・マーティン氏も、「スポンサーのこうした沈黙は前例がなく、実に異様」と話す。それでも、「ブランドは中国国内や東アジア市場でのマーケティングに傾注するでしょう」
IOC、スポンサーは沈黙
Campaignはトップスポンサー各社に、マーケティング活動の内容とそれを行うタイミングについて尋ねた。回答したのはトヨタとアリアンツ(独・保険)、アトス(仏・ITテクノロジー)の3社のみ。IOCにもこれまでのスポンサー活動に関する懸念などを尋ねたが、回答はなかった。
テクノロジー業界を代表し、2001年から五輪・パラリンピック大会のトップスポンサーを務めるアトスのスポークスパーソンは、「弊社はオリンピックムーブメントとその価値の実現に尽力している」とし、「各競技の場で最新のテクノロジーを披露することが、スポンサーシップの価値の実現につながる」とコメント。同社は2018年平昌大会と東京2020の間もキャンペーンを行っておらず、「今回もその予定はありませんでした」
トヨタは2017年から24年までの8年間、モビリティ業界初のトップスポンサーとしてIOC並びに国際パラリンピック委員会(IPC)と契約を交わした。今回の五輪でキャンペーンを展開するか否かについては回答しなかったが、「モビリティを通じてスポーツや持続可能性に寄与し、平和で差別のない社会の建設に貢献していきたい」とコメント。
2021年から28年までトップスポンサーを務めるアライアンツは現在、「#SparkConfidence」と銘打ったキャンペーンを展開中。動画では、北京大会に出場するアスリートを含めたオリンピアンやパラリンピアンのストーリーを生き生きと描写する。現在は70人のオリンピアンとパラリンピアンをサポートし、「社会・政治的課題に公然と関与する」数少ないスポンサーだ。
「弊社は市民社会組織(CSO)との対話を重視し、NGOなどと定期的に社会・政治問題に関する意見交換を行っています。最近ではスポンサーシップの在り方について話し合い、彼らがスポンサーに何を期待しているかを学ぶことができました」(同社スポークスパーソン)
2つの五輪キャンペーン
アライアンツは北京五輪を題材にキャンペーンを展開するトップスポンサー2社のうちの1社だ。動画は『The strength to move forward(前進する力)』と題され、BBDO上海オフィスが制作した。
同オフィスは制作に当たって、「美意識を追求しすぎない」「スポーツ、特に冬季五輪を題材にしたCFにありがちなマニフェスト的表現を避ける」ことを意識したという。動画は、地方から山河を超えて都会に出てくる中年男性と、フィギュアスケーターとしての夢を追い求める若い女性に焦点を当てる。最後にこの2人は競技会の会場で出会う。
もう1社はサムスン。CFではスケートボードやフィギュアスケート、リュージュ、アイスホッケーの選手(その何人かはブランドアンバサダー)をフィーチュア、彼らのオフの過ごし方を交えて紹介する。
他社のアクティベーション
パナソニックはスポンサーを務めるアスリートの軌跡を描いたデジタルコンテンツシリーズを公開した。その中の1人が平昌パラリンピックで金メダルを獲得し、北京大会にも出場する米国のスノーボーダー、ノア・エリオットだ。
他のトップスポンサーのアクティベーションはそれぞれ異なる。ブリヂストンはスポーツ専門局ユーロスポーツが放映する冬季五輪関連番組のスポンサーを務め、トヨタは北京五輪公式ウェブサイトの動画シリーズ『From the start』をバックアップ。また、インテルはeスポーツの世界大会「インテル・ワールドオープン」を1月に北京で開催した。
こうしたグローバル企業のトップスポンサーがクリエイティビティーを出し惜しみする一方で、40を超える中国のスポンサーやサプライヤー企業は様々なアクティベーションを展開する模様だ。
ここではその中から、4社のクリエイティブを取り上げる。
まずは北京のフィットネス器具メーカー、SHUA(シュア)。
五輪の公式スポーツウェアサプライヤーであるAnta(アンタ)は、スポンサーシップを宣伝する30秒のCFを公開した。
公式ビールスポンサー2社のうちの1社、青島ビールは最も大掛かりで目につくCFを制作。世界中のアスリートやファンがスキーやスケート、ボブスレー、そしてウォーキングで中国を目指す様を描く。
翻訳サービスのGLOBAlink(グローバリンク)は、中国人アスリートなどが英語で歌う五輪ソング『You Are the Miracle』をリリース。
北京大会には2800人以上のアスリートが集う。世界の目は競技に注がれるだろうが、さらに多くのブランドが衆目を集めるキャンペーンを行うのか否か −− こちらの展開も興味深いところだ。
(文:アービンド・ヒックマン 翻訳・編集:水野龍哉)