2020年は、パンデミックによって誘発された誤報の頻発により、世界中で正当なニュースの権威が損なわれ、報道機関は手法の見直しを迫られている。ジャーナリズムに対する監視の目が強まり、ファクトチェック部門にリソースが投じられるようになった。また、政治の二極化が進む中、報道機関はより慎重にそのバランスを見直すようになった。
大衆の多様な思想と経験を的確に反映したバランスの取れた報道ができるかどうかは、ニュース編集室の多様性に大きく左右される。ジャーナリストは偏見や意見を交えずに報じようと努力する。公平性を維持するために選挙権を放棄するジャーナリストもいるほどだ。しかし、自身の経験に縛られない者はいない。政治家への質問の選択、リード文の記述、記事不採用の判断などには、執筆者の収入、人種、民族、性別、障がいなど、さまざまな要因が影響するだろう。
ブルームバーグのシニアエグゼクティブエディターでニューヨーク在住のローラ・ザレンコ(Laura Zalenko)氏は、「誰が記事を書き、誰が編集し、誰が記事を出す場所やプラットフォームを決めるかが重要だ。また、報道する内容や伝え方を決める際、誰の意見や視点を参考にするのかも大切だ」と語る。
その上で、ニュース編集室の多様性によって「書かれる内容と書き方の判断に必ず違いが出る」と同氏は言う。
さらに、寄稿者やインタビュー相手の多様性も報道のバランスを左右する。この多様性にはスタッフの構成が関係している。編集チームの多様性を積極的に追求しているメディア企業は、情報源のジェンダーバランスもより良くなる傾向がある。
ブルームバーグを例に取ろう。ブルームバーグが情報源のバランスに関する取り組みを正式に開始する以前、ブルームバーグTVに出演したゲストのうち、女性は全世界でわずか10%だった。また、ブルームバーグターミナルでトップに表示された記事のうち、女性の専門家の発言を取り上げたものはおよそ2.5%しかなかった。それが、女性の声が取り上げられている割合を調査してレポートを作り、目標を設定する「New Voices」という取り組みを開始して2年が経つと、前者が27%、後者は20%にまで上昇した。ブルームバーグは現在、すべてのプラットフォームでこの割合を50%にすることを目指している。
これと並行して、ブルームバーグは人材の採用、開発、リテンション(定着)の分野でニュース編集室における女性の活躍を促進する取り組みを推進している。その中には、野心的な記事に取り組む女性編集者が不足している課題に対処するための、女性向けキャリア開発プログラムやシニアエディターのワークショップなどが含まれている。ブルームバーグ全体で女性の昇進が増えるにつれ、報道において聞こえる声のバランスが改善されているのは偶然ではない。
新型コロナウイルス感染症は、ニュースにおける不均衡を悪化させている。ビル&メリンダ・ゲイツ財団の委託で9月に作成されたレポートによると、コロナ禍の危機に関する報道において、1人の女性の声が3人を超える男性の声によって「かき消されていた」ことがわかった。
この調査は英国、米国、ケニヤ、南アフリカ、ナイジェリア、インドの6カ国で実施された。新型コロナウイルス関連の上位記事で発言が引用された専門家のうち、男性が77%だったのに対し、女性はわずか19%だった。ジャーナリズムで取り上げられる声が男性に偏るのは、記事を書く際に信頼できる情報源として、同一人物を取材しているためであることが多い。ブルームバーグではこの問題に対処するため、ジャーナリスト向けのデータベースを構築した。現在、このデータベースにはビジネスと金融の女性専門家が6000人以上登録されている。
また、ムンバイ、シンガポール、香港、シドニーなど世界の各都市で、女性幹部を対象としたメディアトレーニングプログラムを主催し、女性の専門家にメディアのインタビューを受けるスキルや自信をより高めてもらうための取り組みを行っている。
情報源のバランスが大切だと認識している報道機関はブルームバーグだけではない。BBCは2018年4月に「50:50」プロジェクトを立ち上げ、取材する情報源における女性比率を把握し、目標を設定するよう報道機関に呼びかけている。米国のボイス・オブ・アメリカ(VOA)とラジオ・フリー・アジア、オーストラリアのABCニュース、ニュージーランドのTVNZといった放送局が、この「50:50」プロジェクトの女性比率把握を導入している。また今年、この取り組みは民族と障害者のデータを含むよう範囲が拡大された。BBCの局長ティム・デイビー(Tim Davie)氏は、情報源に黒人やアジア系、少数民族を20%、障がい者を12%含むとする多様性の目標を設定した。
BBCワールドニュースのニュース責任者であるリズ・ギボンズ(Liz Gibbons)氏は次のように語る。「 BBCにとって多様性は非常に重要だ。我々はグローバルな組織として、オーディエンスの様々な特性の反映を目指しており、世界各国から集まる地域の専門性を備えた多様な人材とジャーナリストが集まっているという恵まれた立場にある。BBCは多様性を高める明確な計画を策定し、野心的な目標を実現するためさまざまな取り組みを実施している」
BBCワールドニュースを運営するBBCグローバルニュース社には、「Project Springboard」という、過去の経験を不問としたシンプルな選考プロセスを用意し、多様な経歴の持ち主に対し就業機会を提供するといった取り組みを推進している。本プログラムを通じ、シンガポール、シドニー、ロンドンのオフィスで7人の若者たちが半年の研修を修了し、このうち1人がBBCのプロダクト開発チームにフルタイムで採用されている。
「Project Springboard」の責任者、BBCストーリーワークス(BBC StoryWorks)のキンバリー・ジャコン(Kimberly Giacon)氏は「このプロジェクトを利用し、熱意があり野心的でスキルを備えた若者のネットワークを構築することで、その若者たちがメディア業界ですばらしいキャリアを手に入れ、将来の成長に欠かせない広範な知見と視点と独創的なアプローチをBBCグローバルニュースにもたらしてくれることを願っている」と語った。
CNNのプレジデント、ジェフ・ザッカー(Jeff Zucker)氏は2019年7月、最高ダイバーシティ&インクルージョン責任者兼シニアバイスプレジデントジとしてジョニータ・デュー(Johnita Due)氏を経営陣に迎え入れ、同社が多様性とインクルージョンを重視していることを発信した。ザッカー氏直属のデュー氏はCampaign Asia-Pacificに対し、CNNは「、すべてのプラットフォームとその舞台裏に係る人材を育成し、多様な声を活用してコンテンツを強化するための真摯な取り組みを行ってきた」と語った。
社内の流動化と人材開発のプログラムを通じて、上級職に占める非白人の割合を増やすなど、ハード面での対策を講じている。これに加えデュー氏は、「Connected Conversations」という社内プログラムを導入。これはニュース記事に関する個人の体験をスタッフ同士が共有するというものだ。狙いは従業員のエンゲージメントとコネクティビティの強化だが、実行可能な課題解決策について論じられるケースもあった。例えばアジア人とアジア系米国人の声に関するセッションでは、パンデミックの期間中にアジア人への激しい人種差別と外国人嫌悪がアジア人とそのコミュニティにどう影響したのかを、CNNの出演者と裏方のスタッフたちが議論した。また、人種に関する報道やその他の記事でアジア人をより多く含めることができるか、業界でのアジア人の主張や表現を向上、改善するにはどうすべきなのかも議論された。
デュー氏は「今の立場でとても印象的なのは、あらゆるバックグラウンドを持つ従業員が熱心に受け入れてくれていることだ」として、「長期間のコミットメントが必要になるが、会社としてそれを維持継続していくという本当の決意があると思う」と述べた。
CNNでAPAC(アジア太平洋地域)担当シニアバイスプレジデント兼マネージングディレクターを務めるエレーナ・リー(Ellana Lee)氏は、 APACにおける出演スタッフと裏方のスタッフの多様性は、グローバルを舞台にしたCNNの報道の成功には欠かせないと語る。
リー氏は「この地域の8都市に拠点があるので、ストーリーテリングに多様性を取り入れようとするのは当然かつ自然な傾向だ」と述べたうえで、「アジア人の声という点では、出演者の幅広い経験を活用できる。例えば香港にはクリスティ・ルー・スタウト(Kristie Lu Stout)氏がおり、最近ではニューデリーのベディカ・サド(Vedika Sud)氏や東京のセリーナ・ワン(Selina Wang)氏らが登場した。また、多様性はカメラに映らないところにも欠かせない。現地の新しいタレントを発掘し、情報ルートを拡大することにも成功している」と語った。リー氏は、2018年に北京からCNNに加わり、先日、国際放送協会(AIB)の2020年度最優秀ヤングタレント賞を受賞したヨン・ション(Yong Xiong)氏を好例として挙げ、新しく加わったション氏は「才能あふれるプロデューサーで、我々の今年の報道に、他にはない側面を加えてくれた」と説明した。
「当社にとって、これは目新しいことではない」とリー氏は続ける。「私たちは長年にわたって、地域力の構築強化に取り組んできた。それがグローバルの放送にも反映されており、CNNプラットフォーム全体の中でもアジアに関するニュースは上位にきている。また、アジアの視点を通して国際ニュースを見ることも大切で、我々はそうした視点もグローバル向けの放送に組み込んでいる」