Ryoko Tasaki
2020年6月22日

外出自粛期間中のイベントに5万人が集まった「バーチャル渋谷」

コロナ禍の真っただ中、人口密度の高いイベントが渋谷駅前のスクランブル交差点で実施された。

仮想空間内に作られたスクランブル交差点
仮想空間内に作られたスクランブル交差点

数々の映画にも登場するなど、世界的に有名な渋谷のシンボル、スクランブル交差点。これを丸ごと仮想空間内に作り上げた「バーチャル渋谷」にて、5万人が集まるイベントが5月中旬に実施された。

だがこのイベントはもともと、リアルな渋谷の街と連動したコンテンツを提供する予定だったという。

昨年9月、渋谷エンタメテック推進プロジェクト(渋谷5Gエンターテイメントプロジェクトの前身)が発足した。従来のネットワークと比較して高速・大容量、低遅延、多接続が特徴の5G(第5世代移動通信システム)を活用し、新しい価値や文化を発信していくことを目指したプロジェクトで、KDDI、渋谷未来デザイン、渋谷区観光協会を中心に、参画企業50社で組成。10月からは音楽アートのイベントを複数回開催した。

そしてこの春、KDDIの5Gサービス提供開始と、ネットフリックスでの『攻殻機動隊 SAC_2045』配信開始のタイミングに合わせ、アニメとテクノロジーを渋谷の街と掛け合わせる「UNLIMITED REALITY」を企画した。

例えばカメラ付きのAR/VRゴーグルを装着すると街の風景の中に攻殻機動隊の世界が合成されたり、スマートグラスと5G電波を駆使しながら人気キャラクターを街の中で見つけるなど、街の中で5GとXR技術(AR、VR、MRの総称)を堪能できるイベントを計画。アニメのプロモーションをしながら、5G技術をアピールし、それが渋谷の観光資源となっていくことを見据えていた。

わずか1カ月強ですべてをオンライン化

しかし2月ごろから日本でも、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化していった。国内外の感染者数が増えていく様子が連日報道される中で、感染防止策を講じればイベントを実施できるのか、それとも人が集まるようなイベントは見直すべきかと悩む日々が続く。

「事態を想定し、“プランB”を忍ばせていました」と語るのはジオメトリー・オグルヴィ・ジャパンのクリエイティブディレクター、有川泰志氏だ。2月末には内容をまとめ、3月初旬にKDDIとネットフリックスに提案し、制作陣やエージェンシーなども含めたオンライン会議を毎日何時間も実施した。

だが、いつまで経ってもコロナ禍は収束せず、ついに全てのコンテンツのオンライン化に踏み切ることとなる。さらに、渋谷の街に人々が集まれない状況を鑑みて、「渋谷らしい一つの解決策になるのではないか」との判断から、渋谷という場所すらもバーチャルに展開することが決定した。

実は昨年秋のプロジェクト発足時には既に、リアルな渋谷の街とは別の「もう一つの渋谷」を、バーチャル空間に作ることは視野に入っていた。だがそれは実証実験を重ねながら進めていく、中長期的なビジョンだったという。その動きを、今回のコロナ禍が加速した形となったのだ。

「事の始まりは、リアルな渋谷現地を5Gでアップデートして、今まで以上に渋谷を楽しくしていこうという取り組みでした」と、KDDI ビジネスアグリゲーション本部の繁田光平氏はオンライン記者会見で語った。「しかし新型コロナウイルスの影響を受けて、渋谷からのカルチャー発信が止まってしまった。そこでバーチャル渋谷を作り、多くの人に集まってもらうことで、そこからカルチャーを発信し続けることができると考えました」

コンテンツのオンライン化に与えられた制作期間は、わずか一カ月強。バーチャルイベントプラットフォーム「クラスター(cluster)」で制作できそうだという話が出たその日のうちに、ビジュアル案を作って展開するというスピード感だったが、この時点ではまだ、どのタイミングに何を実施するかという具体的な日時さえも確定していない状態。4月配信のプロモーションに間に合わせるか、それともコロナ禍が落ち着くまで待つか、とさまざまな意見が飛び交った。

決めなくてはならないことは山積みだった。そもそもclusterでバーチャルワールドを作成することすら、初の試みだ。渋谷のどこからどこまでをイベントで使うか。その範囲の中を、どのようなビジュアルにしていくのか。開催する時間帯は何時ごろがよいのか。イベントで、何を話してもらうのか――。登壇者のアバター化には時間がかかるため、キャスティングも急ぐ必要があった。

リモートワークにより担当者同士が会えないという制約の中、急ピッチで作業を進めていく。細かな修正を反映し、それを確認するやりとりで、じわじわと時間がとられていった。

トラブル発生、それでも参加者から「感動した」の声

手探り状態で準備を進めた、バーチャル渋谷の記念すべきオープニングイベント「#渋谷攻殻NIGHT by au 5G」が開催されたのは、5月19日。clusterから入場すると、自分の分身であるアバターが立っているのは、現実世界で見覚えのあるスクランブル交差点。目の前に設営されたステージには若槻千夏、DJ LOVE、宇川直宏(現代芸術家)の他、「アンジュ・カトリーナ」と呼ばれる、絶大な人気を誇るバーチャルライバー(アバターを用いて動画を投稿・配信するインフルエンサー)が登壇し、バーチャル渋谷についての紹介や攻殻機動隊の魅力を語った。

ステージ前に集まるアバター


登壇者がステージから下り、街の中を一緒に歩き回るというのも、仮想空間ならではの楽しみ方だろう。イベント開始時は現実の渋谷に近かった世界観が、一気に攻殻機動隊の時代設定である2045年へと移り、参加者たちを驚かせた。

時代設定が現在から2045年に変わった直後の様子


当日は、のべ5万人以上がこの空間に集まった。1万人を超えるとサーバーの動きが不安定になることが懸念されていたため、事前にユーチューブやツイッターでライブ配信できるよう準備していたが、イベント中にステージからアンジュが突如消えてしまうというハプニングが発生。だが登壇者たちが「バーチャルな空間での神隠しって、新しいよね」などと機転を利かせ、場を和ませた。集まった人々からも「新しい試みに立ち会えて感動した」といった温かいコメントが多数寄せられたと、有川氏は振り返る。

「アフターコロナ」もなお、交流の場として

5月中は攻殻機動隊の世界観に染められたバーチャル渋谷だったが、現在は通常どおりの渋谷らしさが感じられる仮想空間になっている。

緊急事態宣言が解除され、街には人々が戻り始めているが、大人数が密集するような大規模なイベントは、しばらくは開催が難しいだろう。今後も引き続き、ソーシャルディスタンスへの意識を維持しながらエンターテインメントを楽しめる場として、バーチャル渋谷は役割を担っていくという。その位置づけは、リアルとバーチャルの両立というよりも、バーチャル上のコンテンツがスマートデバイスを通じて現実世界に登場するような、「フィジカルな渋谷の拡張機能」として存在していくという。

「“アフターコロナ”の時期にも、参画企業ともにコンテンツを発信し続けることで、次の“ニューノーマル”における新たな渋谷につなげていきたい」と繁田氏は展望を語った。

(文:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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