現在のメディアプランには多様性と代表性が欠けており、とりわけAPAC(アジア太平洋地域)においてはその傾向が顕著だ。動画広告ではいまだに、体型、ジェンダー特性、ジェンダーの役割に関する画一的なイメージの描写が目につく。
身体イメージに関する偏見や擬物化、旧来のジェンダーの役割やジェンダー特性の規範から脱却しようとする広告は、全体のごく一部でしかない。そんななか、世界広告主連盟(WFA)は2022年1月、広告のプランニングやバイイングプロセスにおける多様性と代表性の問題に取り組むためのガイドラインを公開した。このガイドラインでは、インクルーシブなオーディエンスプランニング、効果測定といったさまざまなテーマが扱われている。
このような取り組みが存在しなかったわけではないのに、なぜブランドは、いまだにインクルーシブなメディアプランニングをプログラマティックで実践できていないのだろうか?
エッセンス(Essence)の韓国メディアサービス担当アソシエイトバイスプレジデント、マリ・ウーステンハーゲン氏によると、メディアエージェンシーは通常、ブランドが提供したブリーフに沿ってキャンペーンのプランを策定するという。これらのブリーフには、ブランドのビジネス目標を達成するのに不可欠と考えられるオーディエンスや、製品やサービスに最も関心を持つと考えられるオーディエンスが定義されている。
しかし、ブランドはエージェンシーに対し、市場とオーディエンスのより深い調査と評価を期待している。これにより、ブランド自身による定義とは異なるオーディエンスの獲得機会が生まれ、当初の想定よりも多様なコミュニケーションが実現する可能性があるからだ。また、オーディエンスの下位集団をより深く理解することにもつながりうる。彼らに、より効果的かつオーセンティック(真正)にリーチするためには、より微妙なニュアンスを意識した関連性を構築し、差別化されたアプローチを行う必要があるだろうと、ウーステンハーゲン氏は指摘する。
「メディアプランは現在の社会を反映したものでなければならない。また、メディアが顧客の多様性を反映したものでなければ、大きな効果は得られない」と同氏は補足する。
多様性とインクルージョンは、プランニング段階で完結するものではない。デジタルエコシステムに関わる誰もが、DEI(多様性、公平性、インクルージョン)を推進する変化の担い手であると、インテグラル・アド・サイエンス(IAS)のAPAC担当シニアバイスプレジデント、ローラ・クスマ氏は語る。
クリエイティブエージェンシーは、特定のオーディエンスやパブリッシャー、アドテクプラットフォームについて検討し、プランニングをする際には、もっと思慮深くあるべきだと、クスマ氏は説明する。しかし、こうしたプランニング段階の切り分け作業には、従来の規範にとらわれない思考と、ブランドがターゲットにしようとしている特定のオーディエンスへの細やかな理解が必要だ。
例えば、ブランドが移民労働者をターゲットにしたいなら、彼らがよく読む非主流の雑誌や、彼らが居るあまり一般的ではないメディアやスペースを考慮し、こうした要素をプランニングの検討材料に含める必要がある。
「私たちが留意すべきは、APAC地域、とりわけ東南アジアにおいては、依然として主流メディアやソーシャルメディアの力が強いということだ。彼らが本当はどこにいるのか、何に反応するのかを考えることが重要なのだ。プランニングの際のメディア視点だけでなく、すべてのオーディエンスに同じ標準的なクリエイティブを利用するのでもなく、クリエイティブに関して、もっと考慮する必要がある。オーディエンスの心をつかむものは何か?メッセージは変える必要があるか?オーディエンスに訴えかけるには、別のタイミング、別の場所のほうが適切ではないか?」
― IAS ローラ・クスマ氏
多様なパートナーシップ
データとインサイトにより、特定のオーディエンスやコミュニティにリーチする最良の方法は、こうした人々と親和性の高い独自メディアとパートナーシップを結ぶことだと明らかになってきている。これにより、ブランドのコミュニケーション能力を高め、つながりを強化することができる、
こうした取り組みが、多様なコンテンツオーナーの社会的地位向上につながるならば、これをぜひプラン提案に盛り込むべきだと、ウーステンハーゲン氏は言う。
「ただしメディアプランナーは、測定指標が取得可能かなど、追加的な判断基準についても考慮する必要がある。またパートナーシップが目に見える効果につながるよう、適切な予算をつけることも重要だ」と同氏は説明する。
「こうした多様なパートナーシップの効果を測定することは不可欠だ。適切な測定ができなければ、メディアプランから外れてしまうおそれがある。こうしたメディアの選択がもたらす真の価値を実証することこそが、パートナーシップがビジネスの必須事項となるかどうかの鍵を握っている」
電通インターナショナルの戦略パートナー、ソーニャ・デビッド氏は、同社のクライアントの多くがパーパスを事業の根幹と位置づけている一方で、メディアに関しては効率と効果が最優先されていると指摘する。
そこで、ブランドは効率と効果を達成しつつ、同時にパートナーとの協働を通じてアジェンダを進展させるという、難しいバランスをとり続けることになると、デビッド氏は説明する。例えば、サステナビリティとメディアについて議論するならば、ブランドはまず効率と効果を考えるべきだと、同氏はアドバイスする。
「無駄を最小限に抑えつつ、大きな効果をもたらす広告を展開できるなら、それこそがサステナビリティだ。私たちは、世界規模でカーボンフットプリントを測定するスコアカードを用意している。カーボンフットプリントの測定方法については、インタラクティブ広告協議会(IAB)などの組織と緊密な連携をとりながら策定した」とデビッド氏は言う。
「しかし、電通のようなエージェンシー個社の努力だけで変化を生み出すことは難しい。クライアントと協力し、こうした目標の達成を支援してくれるパートナーにつなげる必要がある」
例えば電通は、ハンドプリント・テック(Handprint Tech)、ティーズ(Teads)、シーンディス(SeenThis)といったパートナーと提携し、クライアントのメディア展開をサステナブルにするための支援を展開している。
ブランドセーフティへの貢献
ブランドセーフティはあらゆるメディアプランの基盤でなくてはならない。しかし、これに過剰に入れ込んでしまうと、予算の浪費につながるばかりか、最悪の場合には多様なコミュニティを完全に排除しかねないことも、ブランドは認識しておく必要がある。
メディアエージェンシーは、ブランドセーフティに関する情報提供に貢献する責任を負っており、多様なグループからフィードバックを得ることで、差別のない形でブランドセーフティを実現すべきだと、ウーステンハーゲン氏は指摘する。
同氏の説明によると、ブランドとメディアエージェンシーは依然として、ブランドにとって安全で適切なコンテクストのスケール化を目指しているが、今やインクルージョンへの配慮によって、広告の質と効果に新たな側面、すなわちオーディエンスとの有意義な関係性の強化を求める力が加わったという。
「エージェンシーが有意義なつながりの重要性を広告主に説明できれば、ブランドはスケールだけに注目するのではなく、多様なオーディエンスやコミュニティとのより親密でダイナミックなつながりにも目を向けるようになるだろう。こうした転換は、ブランドの長期的な影響力を高めると同時に、多様なコミュニティに意思表示の機会を提供するために不可欠なことだ」
― マリ・ウーステンハーゲン氏
「エージェンシーが有意義なつながりの重要性を広告主に説明できれば、ブランドはスケールだけに注目するのではなく、多様なオーディエンスやコミュニティとより親密でダイナミックなつながりにも目を向けるようになるだろう」とウーステンハーゲン氏は語る。「こうした転換は、ブランドの長期的な影響力を高めると同時に、多様なコミュニティに意思表示の機会を提供するために不可欠なことだ」
クスマ氏は、ブランドはDEIに関する自社の立ち位置を理解する必要があると補足する。その上で、ツールを用いて特定のグループをターゲットにしたり、避けたりすることで、ブランドとメッセージを適切に管理することができる。
「こうしたツールは、ブランドが、ヒンディー語やインドネシア語などの異なる言語圏について深く理解し、インクルージョンを推進することにも利用できる」と、同氏は説明する。「標準的なブランドにとっての適合性、例えばアルコールやヘイトスピーチといったコンテンツのブロックにとどまらず、ラマダン、ディワーリー(ヒンドゥー教の祝日)、旧正月といった、それぞれの文化圏にとって重要なイベントも考慮に入れた展開が可能になる」
多様なオーディエンスのトラッキング
多様なオーディエンスのトラッキングと効果測定に関しては、データプールが小規模なため、サンプルサイズが小さくなりすぎるという問題がある。そのため、彼らを代表する特定メディアは、モニタリングツールを使っても捕捉できないことが珍しくない。
多様なコミュニティを対象とした効果測定は、それに特化した調査によってしか実現し得ない場合もあり、その場合はしばしば追加の費用が必要となる。
しかし、これが価値ある投資になることもある。一部のブランドは、特定のコミュニティにリーチするために、コンテクストを調整し、彼らの存在を正しく反映したことで、ポジティブな結果がもたらされたと報告している。
「エンゲージメントの機会を拡大することは、ブランドに長期的な利益をもたらす。時とともにスケールが拡大し、より広範で多様なコミュニティにリーチできるようになるからだ」と、ウーステンハーゲン氏は述べる。
「メディアプランナーは、当初の結果が思わしくなかったからといって、取り組みを諦めるべきではない。むしろインサイトの蓄積やアプローチの改善を続け、多様なパートナーや調査会社と提携しながら、課題の解決策を見つけるよう努力すべきだ」
オーディエンスを公平に測定するために、ブランドは適切な問いを設定し、データとツールを用いて調査すべきだと、デビッド氏は指摘する。
適切な問いとは、例えば以下のようなものだ。商品を買っていないのはどんな人たちなのか?こうした人たちが直面しているハードルはどんなもので、どうすれば彼らを手助けできるのか?彼らが抱える問題が何で、その問題を克服するためにブランドが提供できる、顧客に合ったユニークな解決策とはどんなものか?
「こうした問いからスタートすることで、データを活用して正しい解決策を導くことができる。こうした定性的なデータは、ニュアンスと文脈の理解をもたらし、そうした人々の信頼できるストーリーを伝えてくれる」と、デビッド氏は説明する。
「一方、定量的データも、こうした考え方やアプローチ手法、メディア戦略が、1つの市場集団に関してではなく、複数市場の総合評価として、スケール面でいかに優れているかを示してくれる」