期待されたインクルーシビティーの向上はいまだ実現せず −− WFAが行ったDEI(多様性、公平性、包摂性)に関する調査「グローバルセンサス(Global Census)」で、世界の広告業界の現状が明らかになった。
WFAがこの調査を行うのは2021年に続き2度目。報告書では職場におけるインクルーシビティーの進捗状況や、DEI対策が進んでいない国々について言及する。
それによると、従業員の自社への帰属意識や企業文化で良い傾向が見られたのがフィリピン、インド、ニュージーランドなどの国々。逆に、インクルーシビティーと公平性で課題が浮き彫りになったのは日本やマレーシアなどだった。
特に日本で問題だったのは、従業員の帰属意識。帰属意識は職場への満足度や福利厚生、メンタルヘルスといった要素に直結する。
日本では「自社への帰属意識がある」と答えた人は約半数(52%)。「職場で存在感を発揮できない」「自分の意見を取り入れてもらえない」「自由に意見を言えない」「平等に扱われない」といった声が目立ち、報告書は「従業員への批判や不当な評価」「いじめやハラスメント」への対策が必要と説く。逆に「年齢・ジェンダーによる差別が減った」という声は8割以上だった。
また、自社が「ダイバーシティーやインクルーシビティーに関する対策を積極的に取っている」と答えた人はわずか16%。日本はDEIに関する数値がいずれも平均値を下回った。企業のこうした姿勢は離職率の高さにつながり、人材が維持できなければ生産性は下がる。回答者の約4分の1(23%)は、「インクルーシビティーの欠如や差別」が要因で「別の業界に移る可能性がある」と答えている。
加えて、「業界全体のDEIは改善した」と答えた人も3分の1(32%)だった。
WPPジャパンの松下恭子CEOは、世界経済フォーラム(WEF)が6月に発表した調査結果を引き合いに出す。「日本におけるジェンダー平等の達成度は146カ国中125位(2022年の116位から後退)。マーケターにとっての優先課題は明らか。女性をもっと登用し、女性の意見を取り入れることです」
「従業員一人ひとりにやりがいや安心感を与えるには、経営陣の発言や行いが極めて重要。弊社ではジェンダー平等を推進するための教育プログラム『インクルージョン・アズ・ア・スキル(スキルとしてのインクルージョン)』を世界レベルで始めました」
「多様性に富んだチームが活躍できる環境をつくることが企業の務め。そうすれば、組織の隅々にまで公平性が浸透する」
「誰もが成功を収められるよう、給与やスキル、社員教育、パフォーマンスなどについて社内で自由に話し合えるようにする。弊社のプログラム『フィメイル・リーダーズ・オブ・トゥモロー』や、ジェンダー平等推進のためのネットワーク『ステラ』は、日本における女性の地位向上に資するはずです」
マーケティングコンサルティング会社R3の共同創業者でプリンシパルのシュフェン・ゴー氏は、「業界は国や地域の枠を超えた発想で、DEIの問題に取り組まなければならない」と話す。「各市場によって実情や達成度は異なる。それでも、DEIを向上させる共通の基本原則というものがあります。各企業はそれに注力しなければならない」
「最初のステップとして最も重要なのは、自社の従業員のニーズを理解すること。各自のニーズは社内でのポジションや年齢、ライフステージによって異なります。さらに各部署とそのメンバーが目指すゴールについても把握する。従業員のニーズを知らなければ、どのような取り組みを行っても会社のレベルを引き上げることはできません」
「大切なのは、文化的背景への配慮よりも各従業員の健康や幸福度を優先すること。各人の力を最大限に引き出すにはどうしたらいいか。そして、どうしたら各人が会社とともに成長できるか。こうした視点が肝要です」
また、「自分が有する権利と同僚たちが有する権利を従業員にきちんと理解させることも欠かせない」とも。
「時には外部の人間や第三者機関に、客観的な意見やアドバイスを求めることも必要でしょう」
他のAPAC諸国
自社への帰属意識に関して良い結果が出たのはフィリピンだ。「強い帰属意識を感じる」と答えた人(75%)を含め、「帰属意識を感じる」人は79%に及んだ。
インドとニュージーランドも同様の高い数値が出た。インドでは「強い帰属意識を感じる」人は72%で、「社内で評価されている」と答えた人は86%。ニュージーランドも、「強い帰属意識を感じる」人は75%。これらの国々では職場環境が整い、従業員が会社に一体感を抱いていることを示す。
ニュージーランドは「公平性」でも高い数値を出し、多くの人が年齢やジェンダー、人種といった要素で「差別されていない」と答えた。
インドも「公平に扱われている」と答えた人が多く、特に「年齢による差別は感じない」と答えた人は95%に達した。
ダイバーシティーとインクルーシビティーに関してはシンガポールが良い結果を出し、回答者の54%が「自社は積極的な対策を取っている」と答えた。
公平性やインクルーシビティーの高さは従業員の維持・確保にもつながる。この点で好結果が出たのもインドとニュージーランドだ。インドでは「離職を考えている」と答えた人は28%、ニュージーランドではわずかに10%だった。
「過去2年間で業界のダイバーシティーとインクルーシビティーは進んだか」という問いに対して高い評価を下したのもインドだ。「進んだ」と答えた回答者は61%に及んだ。
WPPオーストラリア・ニュージーランドのローズ・ハーセグ社長は、「ニュージーランドではあらゆる人々を受け入れるだけでなく、多様性を尊重する企業文化が確立している」と話す。
「基本的に、インクルージョンとは知識と実行が伴うスキルなのです。こうした概念を従業員が安心して共有すれば、クリエイティビティーとコラボレーションの強化に直結する。自然、我々の利点になっています」
ニュージーランドのコミュニケーション業界を統括する団体「コマーシャル・コミュニケーション・カウンシル」のサイモン・レンドラムCEOは、「我が国の企業は、国を構成する全てのコミュニティーを包含しなければならないという認識を持っている」と話す。「ゆえにエージェンシーもインクルーシビティーに前向きで、誰もがありのままでいられる環境づくりに注力するのです」
「それは単に、文化的背景の異なる人々を雇用するだけではない。あらゆる人々の慣習や行動様式を完璧に把握し、企業文化へとつなげていく。さらに異なる角度から全従業員を再評価し、疎外されている者はいないか、批判や差別を受けている者はいないか検証する。こうした意識が必要です」
「主要なコミュニティーの声がきちんと反映され、誰もが存分に力を発揮できる職場環境や労働慣行、文化がエージェンシーで醸成されているか。そのための提言やツールの提供を、今後我々は会員企業に向けて行っていきたい。それが実現して初めて、業界の人材を最大限に活用できるのですから」
APAC、概要
今回の調査はマーケティング・広告業界の10に及ぶ世界的企業や団体が協力して実現した。以下、それらを列記する −− WFA、ボックスコム(VoxComm、広告主業界団体のアライアンス)、Campaign、カンター(Kantar、市場調査会社)、アドバタイジングウィーク、カンヌライオンズ、エフィーワールドワイド(Effie Worldwide、エフィー賞主催団体)、国際広告協会(IAA)、グローバルウェブインデックス(GWI、オーディエンス調査会社)、アドウィーク(米業界誌)。さらに各市場の160に及ぶ団体、世界的企業16社(電通、WPP、マッキャン、メタ、エスティローダー、バイエル、ディアジオなど)も支援に加わり、業界で最大規模の取り組みとなった。
調査に参加した人々は男女に加えノンバイナリー、トランスジェンダー、LGBTQIA+、障がい者など。
また参加者の所属企業はブランド、クリエイティブエージェンシー、メディアエージェンシー、メディア企業、業界団体、制作会社、パブリッシャー、調査・インサイトエージェンシー、PRエージェンシー、デジタルエージェンシー、テック企業、さらにはフリーランサーなど多岐にわたった。
(文:ショーン・リム 翻訳・編集:水野龍哉)