David Blecken
2017年5月19日

競合プレゼンを減らし、広告界の効率化を

広告業界のワーク・ライフ・バランスを達成するには、広告代理店側の尽力だけでは難しい。クライアント側も思考回路を変え、悪しき慣習を断ち切ることがカギだろう。

リソースには限りがある。
リソースには限りがある。

昨年、日本で大きな議論を呼んだワーク・ライフ・バランス。世間では、社員に理不尽な仕事を強いる広告代理店の責任を問う声がいち早く上がった。だが、なぜ代理店の社員は過剰な仕事をこなさなければならないのか、その原因を解明しようという動きは見られなかった。代理店の不健全な企業文化もさることながら、クライアント側にも問題があるのではないか – こうした声はほとんど聞かれなかったのだ。

広告業界における長時間労働や燃え尽き症候群の主な要因は、多過ぎる競合プレゼンテーションにある。広告代理店とクライアントの関係に詳しいグローバル・コンサルティング企業「R3」のプリンシパル、グレッグ・ポール氏は、「日本ほど年間でプロジェクト単位の競合プレゼンが多い国は類を見ない」と語る。同社の昨年のデータでは、日本の広告代理店が1回の競合プレゼンから得る平均収益額は中国の代理店の63%。米国のそれと比較するとわずか6%で、米国が340万米ドルであるのに対し、日本では19万8000米ドルだった。

予算の小さなプロジェクトも含めて競合プレゼンが頻繁に行なわれると、代理店の限られたリソースは枯渇してしまう。更にせっかく受注しても、そのプロジェクトがより大きな、継続性のある契約に発展していく可能性は米国市場などと比べても小さい。「常に新しいアイデアを求められることは大変な労力が必要で、代理店にとっては過酷な状況なのです」(ポール氏)。ある代理店幹部は、名刺デザインのような瑣末な仕事まで競合プレゼンになると嘆く。

「(クライアントは)何でも競合プレゼンにすることで、最終候補のリストばかり抱えています」と語るのは、長年ロンドンで実績を積み、フィリピンでの勤務経験もあるBBDOジャパンのトニー・ハリスCEO。「結果的に時間とリソースが浪費され、『勢い』までも削がれてしまうのは代理店にとっては深刻な問題です。プロジェクトの大小にかかわらず、プレゼンというのは激しい競争で、良いものを提示するにはアドレナリンが必要。そうした競争に絶え間なくさらされることは、多大な負担となります」。

皮肉なことに、こうした状況はクライアント側にも望ましくない影響をもたらしている。個々のプロジェクトに執着するあまり、「長期的な戦略思考に欠けてしまう」(ポール氏)というのだ。「問題の根本は、マーケターが重視しているのはブランドなのか、それともキャンペーンなのかという点」と言うハリス氏。「目標が短期的利益なのか、それとも消費者と長期的関係を構築することなのか。両者とも欠かせないのでしょうが、時には信頼関係にあるパートナーと腰を据えて仕事をする方が、マーケターにとってはより効率的だと思います」。

こうした、決して理想的とは言えない状況になった理由は主に2つある。1つは、競合プレゼンを繰り返すことで「長期的な関係の中で生じやすい不正やえこひいきなどを最小限に抑えることができるから」と話すのは、アクサ・インベストメント・マネージャーズのマーケティング&コミュニケーション部長、鈴木南実子氏。2つめは、日本の企業で競合プレゼンに負けず劣らず頻繁に行われる人事異動のせいで、クライアントが経験不足なこと。

「大抵のクライアントは知識がないので、競合プレゼンが最も簡単な意思決定の方法になるのです」と鈴木氏。「代理店からのたくさんの提案を同時に見比べることで、業界の『標準値』を把握することができる。それに多くの提案をチェックすることは、安心材料にもなります。クライアントにとっては有益でしょうが、代理店にとっては非効率的です」。

更に大きな問題が、「クライアントはしばしば明確な目標を把握しておらず、何をしたいのか分かっていないこと」(鈴木氏)。結果的にブリーフィングは曖昧になり、代理店への重圧も増すばかりとなる。しかも蓋を開けてみれば、プレゼンを依頼した担当者が最終決断を下す権限を持っていない、ということもしばしば。「代理店は競合プレゼンの際、誰が決定権を持つのか、クライアント内の力関係の見極めにエネルギーの6割は費しているのではないでしょうか」(同氏)。

こうした非効率なやり方がまかり通っていながら、「多くのマーケターが確立したルールを破るのを恐れ、異議を唱えようとはしません」(鈴木氏)。だが今後は、マーケティング業界がよりグローバルなプロセスを取り入れることで変わっていくだろう、と同氏は楽観的に考える。まず何よりも大事なのは、一人ひとりが本当の知識を身に付けて自立性を高めていくこと。「変化が必要でも、それへの対応を教わっていないため、どうしていいのか分からないのです」。

さしあたって広告代理店が取れる自衛策は、どの競合プレゼンに参加するか慎重に選ぶことだろう。「クリエイティブの内容や予算、成長性などを鑑みてプレゼンをよく見極めなくてはなりません」とハリス氏。「最近、幾つかのプレゼンテーションを辞退しました。社員は皆ほかの仕事で手一杯で、時間と労力の投資に見合わないと判断したのです」。

クライアント側が無駄なプレゼンをなくしていくには、「信頼できるパートナーを選び、選択肢があるように2つ以上の提案をしてもらうことでしょう」とハリス氏は説く。

(文:デイビッド・ブレッケン  翻訳:高野みどり  編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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