電通がトヨタ自動車に対してデジタルメディアの過剰請求をしていたスキャンダルは、「不透明性」という広告業界の病根をあらためて浮き彫りにした。だがこれは、日本だけの問題に限ったことではない。
電通の不正請求の背景はまだ調査が続いているが、この件に限らず類似したケースに共通する根本的要因は、業界における透明性の欠如にほかならない。
世界広告主連盟(WFA)が今年実施した調査では、加盟社の実に85%が最大の課題として「透明性の確保」を挙げている。「可視性と透明性、そしていかに監視を行っていくかということがあらゆる市場のシニアマーケターたちの重要な関心事になっています」と述べるのは、ユニリーバのグローバルメディア担当ヴァイスプレジデント、ディビッド・ポーター氏。「権威ある業界団体がそれらの基準を高め、維持してくれることを皆が望んでいるのです」。
アクセンチュアのマネージングディレクターでグローバルメディア・マネージメントを統括するジョージ・パッテン氏は、広告主にとって透明性は「非常に重要な課題」と指摘する。それが欠如すれば、ブランドのセキュリティや評判を傷つける「広告詐欺のような深刻な問題につながります」。広告代理店による完全な情報開示と追跡調査がなければ、広告主はデジタルスペースで何が起きているか知るすべがない。同氏曰く、「広告詐欺による被害は70億米ドルに及び、広告主は30~40%のインプレッション(広告の露出回数)やクリックスルーを失っていると考えられます」。
なぜ今、「透明性」なのか
メディア監査やリベート、透明性に関する問題は今に始まったことではない。アクセンチュアは30年前からメディア監査に関するサービス提供を行ってきた。だが、かつてはリベートや価格決定の操作など単純な構造だったのが、今日ではプログラマティックメディアやアドテクノロジーの台頭によって複雑化した。「プログラマティックは確かに利益をもたらしますが、マーケターはそれを損なわないよう広告代理店の動向をつぶさに見守る必要があります」とポーター氏。
ユニリーバはプログラマティックモデルを完全に情報開示するよう強く提唱しており、各市場で最適なアプローチを見出すために様々なトレーディングデスクを使っている。
監査会社エビクウィティーの最高戦略責任者であるニック・マニング氏は、「広告費のデジタルへの配分が増えるにつれ(全世界で年間2,000億米ドル前後)、透明性の確保はCMOだけでなくCEOやCFOにとっても優先的課題になっています」と述べる。
全米広告主協会(ANA)と企業調査会社K2インテリジェンスが最近実施した米国広告業界の透明性に関する調査では、広告主の間で問題意識の高まりとともに疑心暗鬼も広がっているという結果が出た。9月にウォール・ストリート・ジャーナルが伝えたところによると、この調査結果の発表後にJPモルガン・チェイスやGE、シアーズ、ネーションワイド・ミューチュアル・インシュアランスといった米国大手ブランドが広告代理店の監査を始めたという。
「ANAの報告書は米国の広告業界に衝撃を与えました。世界中で不透明な慣行がはびこっていることは知っていても、米国で同じことが起きているとは誰も思っていませんでしたから」とマニング氏。
マーケターの間では、アジア太平洋地域には市場ごとに独自の壁があり、他の地域に比べてより一層透明性が低いという認識がある。「主要市場の中でも中国はおそらく最低でしょう」と言うのは、広告主と広告代理店との関係についてコンサルティングを行うR3のプリンシパル、グレッグ・ポール氏。「メディアベンダー側には広告の成果を出すよう過度のプレッシャーがかけられ、広告代理店にもメディアの仕入れや買付けで広告主側から大きなプレッシャーがかけられています」。
業界の通念
透明性の確保を求める声に対して広告代理店側がよく引き合いに出す言葉が、「価値」だ。効果的なメディアプレースメントを低予算で実現したとき、どのようにそれが達成されたか広告主側は知る必要があるのか、という理屈だ。
だが、広告主が広告効果や低予算の価値を判断するには、透明性は欠かすことができない。マニング氏によれば、広告代理店は広告主に対し「オプトイン契約」を提案する場合が多いという。より良い取引条件と引き換えに、広告モデルを非公開にする契約だ。しかしそれでは、広告代理店が買い付けるメディアの実際のコストや受け取っている可能性のあるリベート、予算使用の偏りといったことが広告主にはまったく分からない。
「プログラマティックスペースでは広告代理店がメディアオーナーの場合もあり、メディアの買付けや販売価格を明らかにしないという課題があります」とパッテン氏。「広告主はメディアをいくらで購入したのか、どれだけ予算を節約できたのか、そしてリベートがあったのかどうか、といった事実を知らなければなりません」。
広告代理店側のもう一つの言い分が、「広告主の権利」についてだ。あるアジアの広告代理店の経営者はこのように抗弁する。「シャンプーを1本買うときに、個々の原材料はいくらなのか、作るのに何時間かかったのか、ボトルやマーケティング、流通にかかった費用はいくらなのかといったことまでは聞きません。例えメーカーに問い合わせても、答えてはくれないでしょう。それと同じことで、広告主が広告代理店の業務に口出しするのはどうでしょうか」
パッテン氏は、これを一笑に付す。「その話なら、以前にも聞いたことがあります。広告代理店には、最大の広告効果を提供する義務がある。その責任を果たすことを前提に、広告主は対価を払っています。シャンプーを買うのは、髪を洗うため。広告代理店と契約をするのは、最適の価格で最適の顧客にブランドメッセージを届けるためです。広告の成否を測るためには、それがどのように実行されたか把握する必要があるのです」。
契約の細部を確認する
懸念を抱く広告主にとって、電話一本で広告代理店に監査を要求すれば済むほど、ことは単純ではない。契約の内容次第では、監査をする権利がない場合もある。契約上の取り決めにはより一層の注意を払うべきで、監査の目的を単に費用の節約と位置づけるのではなく、契約事項を改めて確認する機会と捉えるべきだろう。
こう述べてくると、広告代理店が誠実に仕事に取り組むよう監視するのは広告主の責務であるかのように聞こえるかもしれないが、これはマーケティング投資の成否がかかっている問題なのだ。広告代理店やプラットフォーム、パブリッシャー、そして広告主を含めたエコシステム全体の連携は欠かせない。
「広告代理店は問題解決に積極的に取り組まなければなりません。そうでなければ、この先仕事がなくなっても文句は言えないでしょう」とポール氏。
「広告主は既に内部データを管理するプラットフォームを準備し始めています。5年前ならば考えもしなかったようなことです」。そして、このように指摘する。「広告代理店と広告会社の間に不信感があると、生産性が損なわれます。現在行われている広告代理店の監査のほとんどは、内部対応に過ぎません。もっと悪いのは、第三者に対価を支払って直接の取引関係を持った上で、監査の対象になるデータを共有しているケースもある。本来の監査とは、独立した第三者がきちんと行うべきものなのです」。
訂正:先日掲載した当記事内で、電通がトヨタ自動車に「デジタルメディアと従来メディアの双方で過剰請求」をしていたとありましたが、正しくは「デジタルメディアの過剰請求」だったため、当該箇所を訂正いたしました。
(文:エミリー・タン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)