電通の取締役・執行役員であり、電通イージス・ネットワークの取締役会議長でもあるティム・アンドレー氏。持株会社制度が疲弊する中、同社はどの分野に成長機会を求め、どのような構想を立てているのか。Campaignレギュラーコラムニストのバリー・ラスティグがアンドレー氏に話を聞いた。
アンドレー氏は、順調な成長を続ける電通の海外事業の責任者。電通イージスはデジタル事業が好調で、先週発表された決算短信では2018年12月期第2四半期における連結業績が10%増となった。
日本における成長は鈍化したが、「日本の資本コストの安さで、積極的に合併・買収(M&A)戦略を行うことができた」(2012年に英大手広告代理店イージス・グループの買収を発表以来、電通は150社以上の買収を行った)と同氏。中でも米データマーケティング会社「マークル(Merkle)」の買収は、「新たな事業を牽引する上で重要な要素だった」という。
同氏は1980年代にトヨタ自動車でキャリアをスタートさせ、電通には2006年に入社。2013年には、電通初の外国人取締役に就任した。
広告代理店の持株会社の多くが、ブランドや事業の再編に慌しく取り組んでいます。電通イージス・ネットワーク(DAN)はこの流れにどのように対応していますか?
我々は(2013年にイージス買収を完了させて)事業をグローバルに始めた頃から、デジタルの重要性を強く認識してきました。当初から従来的な持株会社を設立するつもりはなかったのです。このことは私も強くアピールしてきました。電通がグローバル化とデジタル化を目指す場合、どのような形態が望ましいのか? WPPのスケールを小さくしたような構造にするのが良いのか? もちろん我々は、法的に持株会社です。企業を買収し、所有する。ですが、専門性を深化させた補完的システムを構築するべく努めてきました。総合的手法で、総合的ソリューションを導き出せる組織を目指したのです。
今、競合他社が大きな変革に乗り出しているのも、こうしたモデルを求めているからでしょう。かつては「切り売り」が重要でした。持株会社が特化した専門性を持ち、それらをバラバラに売ることにしのぎを削っていた。だがデジタルエコノミーの到来で、クライアントは国境を越え、ジャンルを超えたコラボレーションを代理店に求めるようになった。総合的ソリューションを求めているのです。
ライバル企業は、より効率性を重視した変革に取り組んでいます。互いに競合する構造から、協働のための構造に組織を変えようとしている。我々は最初の段階で、こうした構造を作り上げたのです。
この1〜2年、数社以上の主要クライアントが広告やメディア予算を削減しました。DANはこの流れにどう対処していますか?
2017年はクライアントが支出を抑えたため、我が社の成長は例外的なものでした。広告支出と国内総生産(GDP)の乖離もあった。かつては呼応し合っていましたが、過去1〜2年は違います。そこで我が社としては、短期的対策として新たな事業の獲得に乗り出しましした。
2017年の我が社の新規獲得売上高(純増分)は52億米ドル(約5720億円)で、どのライバル企業よりも多いものでした。競争のプレッシャーが良い結果を引き出したのでしょう。ですが、昨年の成長率は17%でした。通常のオーガニック成長は全体の50%なので、大きく後退したことになります。他社をしのげなかったことは(イージスの買収以来)はじめてのことで、我々は「抜きん出た存在」ではなくなってしまいました。
しかし、我々は自分たちの戦略と手法を信じ、それを続ける決断をしました。これまでのシステムやプラットフォーム、基盤で多くの成功を収めてきたので、短期的対策としては今まで通り新たなビジネスチャンスの獲得に注力していきます。これまで買収した企業の統合に重点を置き、そこから可能性を築いていきます。
多くのコンサルティングやテック企業が広告代理店の領域に参入しています。DANはこうした新たなライバルとどのように競っていきますか?
我が社にとって、マークルの買収は重要でした。マークルは我々に新たな可能性を与えてくれた。特に、データマネージメントとデータアナリティクスにおいてです。更に、米国に基盤を築くという上でも功を奏し、他社より優れた手法を獲得できました。
この業界に新たな競争相手が現れたことは疑いようのない事実です。コンサルタント会社や新たなメディアグループが、これまでと異なる勢力を形成しつつある。当初は、アクセンチュアのようなコンサルティング会社がM&A(合併・買収)の領域で我々と数多くの競争を繰り広げました。複数の同じ企業をターゲットにしたからです。
それでも我々は(買収される)企業にとって抗し難い、魅力的なオファーを揃えています。様々な点で選択肢があると思います。常にそうではなかったかもしれませんが。
新たな競争相手は、DANのグローバルビジネスにおいて深刻な脅威となるのでしょうか?
我々が多大な利益を得ている特定の事業に、コンサルティング会社が食い込むことは極めて難しいと思います。全てのコンサルティング会社にとって、今後の課題はエグゼキューションでしょう。今はむしろ、これまでコンサルティング会社が担ってきた領域で我々が競争していると考えています。
コンサルティングの領域でより大きな利を得られる市場に参入し、クライアントに真の価値を提供するための我々の課題は、どのようなイノベーションをオファーできるかということ。そこで、これまでよりも高いレベルのコンサルティングを実現するため、データインサイトとデータアナリティクスの分野に投資を行いました。これらの新たなセールスポイントは、エグゼキューションに直結することです。この点こそが、我々にとってビジネスチャンスになるでしょう。コンサルティング会社がエグゼキューションをアピールし、参入しようとしている利益の大きな市場に、我々も参入しようとしているのです。コンサルティング会社にとってエグゼキューションを実行することは難しいでしょう。
例えば、我々がマークルで投資したマーケティングプラットフォーム「M1」は、新たな事業獲得に大きな役割を果たしました。今年の終わりまでには世界の7カ国でM1が機能するよう、今作業をしているところです。これが実現すれば、大規模なパーソナライゼーションが可能となる。個々をベースにしたマーケティングで、この業界において2年先を行けるでしょう。我々のメディアにおける成功を支えてきたこのシステムが、それを可能にするのです。競合他社との差別化において、重要な鍵となります。
DANの成長における中長期的な目標は何ですか?
中期的には、米国と中国市場に照準を当てています。我々にとってトップ10の市場にも、引き続き注力していきます。これらの市場では競合他社よりも速い成長を遂げていますが、まだシェアを獲得するチャンスがあると考えています。
中国市場で成功を遂げるには、長期的な関与が必要です。かの地で事業を始めてから30年ほどが経ちますが、今後も軸足を置いていく考えです。長期的には、インドと東南アジア諸国が牽引するアジア太平洋地域に確実なビジネスチャンスがあると見ています。
現時点で最も重要な市場は米国です。ビジネス拡大の大きなチャンスがある。我々には、米国市場でのエグゼキューションを可能にする最先端のモデルがありますから。
今後はどの分野がDANの成長を牽引していくのでしょう?
明らかにデジタルです。デジタルは他の従来型メディアに比べ、3倍の伸びがある。モバイルやSNSに至っては5倍です。成長の中核となるのは、我々が重点的に投資をしているデータアナリティクスとインサイトの能力でしょう。これまでの我が社の投資を見ていただければ、全てデジタル能力やパフォーマンスメディア、データアナリティクスの向上を目指していることが分かります。
優れた人材には今、かつてないほど働く企業の選択肢があります。彼らがDANを選ぶ理由は何でしょう?
コミュニケーションにおける「旧世界」は終わりを告げました。この業界では、テクノロジーに関わる様々な仕事が存在します。優れた人材が我が社を選ぶ理由は、まさにそこなのです。我々は買収を通しても、新たな人材を獲得しています。イージス買収後も約150社を買収しましたが、我々のグループ傘下に入っても、各企業の社員のほとんどが同じ職場で働き続けています。これに関しては、他のどのライバル企業よりも比率が高いという実績がある。イージスの買収によって我々はイノベーションを実現し、新たな能力と経営人材を獲得しました。こうした点を鑑みると、彼らが我が社に魅力を感ずる理由は1)成長力の速さ 2)高いレベルの潜在力 3)イノベーションの質とビジネスチャンスの高さだと考えています。
人工知能(AI)や他のテクノロジープラットフォームの出現は、スタッフの配属にどのような影響を与えていますか?
我々が求めている職種は、確実に変わろうとしています。例えば現在、我が社では7000人近いデータサイエンティストが世界で何らかの事業に関わっている。この業界で働く人々の数が減っていくのかどうかは分かりません。それは時が経てば分かることでしょう。今後重要なのは、クリエイティビティーや特別の才を持った人材を揃えられるかということ。より高い価値を持った人材です。
同じことを繰り返す単純作業や負担の大きな仕事は、将来AIが取って代わるでしょう。それによって、我々人間には新たな仕事の可能性が開かれるのです。
今後1〜2年の優先事項は何ですか?
個人的には、何も変わりません。ただ、注力する地理的エリアは変わるかもしれません。優先事項は2〜3つです。これらが全てを牽引していくからです。
まずはじめに優先すべきは、クライアント。クライアントのニーズ、ビジネス、そして課題を理解し、それらを我が社の社員やチームに的確に伝えること。2番目は、我が社の社員。世界を巡り、彼らと触れ合うことが重要だと考えています。それぞれの市場で起きていることを十分理解し、現地社員の話を聞いて、組織の強化と課題の解決を図る。3番目は、(電通グループの)未来を正しい方向に導くこと。将来性豊かなスタッフと出来るだけ時間を過ごし、有意義で長期的な後継者育成計画を持てるよう努力していくつもりです。
DANのアイデンティティーにおいて、「日本」という要素はどれだけ重要なのでしょう? 日本にルーツがあるということは、競争力においてどのようなメリットがありますか?
我々のグローバルビジネスは145の国と地域から構成されており、収益の62%を占めています。日本は1カ国だけで、残りを占めている。日本がビジネスにおける絶対的な中枢であり、最重要国であることは間違いありません。
我々は、「日本に本社を置くグローバルカンパニー」を目指す途上にあります。この業界でアジアに本社を置く唯一の企業であり、アジアは極めて大きな成長が期待できる。文化的・ビジネス的観点の両方から見て、我が社には非常に多くの肯定的要素があります。我々のグローバル戦略の大きな部分を占めてきたのがM&Aであることも重要です。この点では、日本における資本コストの安さが有利に働いています。
日本に本社があることによるこうした利点は、これまでの成功に非常に重要な役割を果たしてきました。今後もそうあり続けていくでしょう。
(文:バリー・ラスティグ 翻訳・編集:水野龍哉)
バリー・ラスティグは、東京に拠点を置くビジネスクリエイティブ戦略コンサルティング会社「コーモラント・グループ」のマネージングパートナー。