電通イージス・ネットワーク(DAN)は昨年12月、長年アジアで勤務したニック・ウォータース氏が英国およびアイルランド担当のエクゼクティブチェアマンに就任すると発表した。同氏はアジアを発つ直前、Campaignのインタビューに応じ、9年にわたるアジア地域トップの役割、イージスと電通の合併、アジアで学んだこと、この地域が直面する最大の課題などについて語った。
ウォータース氏のキャリアは、オグルヴィのメディアスペシャリストとしてスタート。WPPグループ内で17年過ごした後、イージスへと移ったのは「会社組織にどっぷり漬かりたくない」ことも理由の一つであった。当時の上司ジェリー・ブルマン氏から「それほど難しくない」と言われ、アジアでは未経験ではあったが有望企業の買収を担当。その後、電通のイージス買収を機に、ウォータース氏の新たな道程が始まったのだ。
以下はCampaign Asia-Pacificが掲載したフルバージョンからの抜粋である。
電通との合併はビジネス慣行と文化の双方において、指揮していくのが大変だったのでは?
大いに意欲をかき立てられる仕事でした。社員たちは深く考えることなく、文化の違いについて語っていました。当時のことを私なりに表現するならば、イージスとそのリーダーシップは西欧スタイル、アングロサクソン流として広く知られた、資本市場ビジネスの典型といえるもの。がむしゃらに突き進み、四半期ごとの損益を追い、株価を上げ続けるというものです。早い意思決定、めまぐるしい方針変更などを実践していました。一方、115年の歴史を持つ電通のやり方は日本の長寿企業の典型で、物事を長期的に考えることを必然的に求められました。電通は3カ年中期計画を発表していますが、3年が彼らにとって理にかなった最短サイクルで、四半期などはもっての外なのです。
従って、考え方や意思決定の方法、指示の出し方など、何もかもが全く異なっていました。しかし我々は双方とも善意を持って相手と接し、仕事を成就させたいと望み、互いに尊敬の念と志を持っていました。現在は、小さな問題ごとが無いわけではありませんが、2つの会社は効率よく一体化しています。現に、そのビジネスの規模には目覚ましいものがあります。2010年3月当時のイージスはちっぽけで、仕事は断片的、地域展開も満足にできていませんでした。当時の従業員は1,500人程度でしたが、今は15,000人規模。あらゆる点から見て、規模は拡大したのです。素晴らしい道程をたどってきました。
9年前にアジアのイージスに着任したころに知っていればよかったと思うことを、一つ挙げるとするならば?
いやぁ、それはとても微妙な質問ですね。それは、中国でのアリババの影響に関することになると思います。もし当時、アリババが中国でイーコマースに何を仕掛けようとしていたかを予想できていたら、先んじて何かができていたかもしれません。
アリババとアマゾンは破壊的な力を持っています。私がアジアで過ごしたこの9年の間に、私たちはテックプラットフォームの繁栄を目の当たりにし、人々はもっともな理由でグーグルとフェイスブックに何年間も取りつかれてきました。しかしもっと重要な影響を、アリババとアマゾンが与えるだろうと私は思っています。これまで中国ではアリババがアマゾンよりも影響力を持ってきましたし、アマゾンはこれからその力を発揮しようとしています。
これはおそらくブランドや、生活者へのリーチ、さらにはグーグルやフェイスブックに対しても深く示唆するものがあり、それはある意味で良いことだと思います。我々はグーグルやフェイスブックと常に建設的で生産的な関係を維持してきましたが、2社による複占はブランドにとって健全とはいえないと思います。生活者にとっても、ブランドにとって市場にとっても、選択肢は多い方がよいのです。同様にエージェンシーにとっては、インベントリの供給が多いほど健全といえるでしょう。もし、アリババとアマゾン、グーグルとフェイスブックが古き良き戦いを繰り広げてくれたら、とても興味深いですね。
アジアから学び、英国に持ち帰るものとは?
具体的にこれを英国に持ち帰るというものがあるか分かりませんが、私がアジアでのビジネスを通して気付いたことは、勇敢さと起業家精神、そして失敗を恐れないことです。アジアでは、何かを試してみて、うまくいけばそれでよし。失敗しても、別のことを試みようとします。一方英国では、失敗や過ちへの恐れから保守的な行動をとる傾向があるように思います。英国で、社員やグループ内のエージェンシー、クライアントに対して、もっと大胆になるよう、何かを試みるようにと勇気づけることができたら、プラスになるのではと思います。
アジアのスピードにも、利点があると思います。私は英国でもそのスピードを取り入れるよう、勧めるつもりです。批判がましく聞こえるのは嫌なのですが、(英国では)物事を過剰なまでに合理的に進めようとして、分析、会議、議論を何度も重ねる傾向があるように思います。一方アジアでは、誰かが良いアイデアを出すと合意が得られ、すぐに実行となります。そのエネルギー、起業家精神、スピードを少しでも導入できればと思います。
アジアを離れるに当たり、この地域で広告事業が直面する最大の課題は何だと考えていますか?
私がここ数年心配するのは、エージェンシーに対する敬意が損なわれていることです。2016年6月に全米広告主協会(ANA)が業界の透明性に関する発表をしました。これが実際に何かの問題には発展しませんでしたが、エージェンシーにまつわる否定的な話があることは残念です。結局この件に関しては、何も出てこなかったと思いますが、「彼らは皆ペテン師なのか」「私たちをだましているのか」といったエージェンシーに対する否定的な感情だけが残りました。全くばかげた考えですが、この話題は今も続いているのです。
このことは、バリューチェーンの透明性が全く無かったプログラマティック広告導入期にも、一部起因していると思います。エージェンシーがこれで利益を得たことは事実ですが、それは一時的なものでした。彼らは悪事を働いていたわけではありません。当時それは新しいビジネスモデルを伴った新規ビジネスであり、そこから利益を得る結果になったのです。それは株主が我々に求めることでもあります。透明性や信頼にまつわる否定的な意見は不運なことですが、エージェンシーはその存在価値と、自分たちが創出する価値について、声を大にして発言すべきなのです。
エージェンシーへの強い風当たりは、クライアントのマーケティング部門とエージェンシーの関係の質が低下した時期とも一致すると思います。当社でも若手や中堅の社員が辞めていく例を数多く目の当たりにしましたが、退社に際して彼らは、クライアントの無礼な態度に耐え切れなくなったと言うのです。エージェンシーはサービスを提供しますが、それを好むか否かはクライアントが決めることであり、サービスを批評するのもクライアントの権利です。しかし問題は、それがどのような形で実行されるのか、テーブルの向こう側にいる人たちにどのように接しているのかという点です。若手、中堅社員に投げかけられる言葉は、時として余りにも不適切なものがあります。さらにその傾向が強まっていることも事実。クライアント側のシニアマネージャーは、マーケティング部門の行動に責任を持つことが求められますが、現在はまだ不十分なようです。
もちろん、変化に追い付こうというエージェンシーの苦慮や、それに対してクライアントがフラストレーションを感じていることも理解します。しかしクライアントはそのフラストレーションを、エージェンシーに対する総体的な批判にすり替えぬよう注意すべきです。なぜならばエージェンシーが現在携わる仕事は、過去に比べて格段と複雑になっているからです。仕事量ははるかに多く、スピードが求められ、より複雑化し、コンピューターの力を必要とし、さまざまな分析が求められ、これでもかと知恵を投入せねばならない。それにもかかわらず、エージェンシーの報酬はその努力に見合っていないのが現実です。
もしクライアントがエージェンシーと、エージェンシーがもたらす価値を軽視するのであれば、クライアントのブランド価値も大きな危険に晒されることになります。結局のところ、ほとんどの企業にとってバランスシート上で最も価値のあるものは無形資産であり、通常はブランドが最大の無形資産だからです。ブランドの健全性と成長に、最大に寄与するのはエージェンシーであることが多いため、クライアントがエージェンシーを軽んずることは、クライアントにとって最も価値のあるブランドを軽んずることになるのです。これは今でも頻繁に起きています。エージェンシー業界がこのことについて、それほど声高に主張していないことが、私にとって不満の種となっています。
(文:ファイーズ・サマディ 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)