電通イージス・ネットワーク(DAN)の商号が「電通インターナショナル」になり、海外事業が電通の名の下でリブランディングされることになった。同社APAC(アジア太平洋地域)CEOのアシーシュ・バシン氏は新商号発表後初のインタビューで、「今後大切なのは組織の簡素化」と強調した。
「私は常に、電通という一つの会社の下では一つのP&L(損益計算書)がいいと考えてきました。リブランディングで電通全体が一つのチームになる。それを我々は『チーミングプラットフォーム』と呼んでいますが、その目標がしっかりと認識できる」。狙いは電通の名称から持株会社のイメージを払拭することではなく、「全てを一つの傘下に収めることで、クライアントにあらゆるサービスを迅速に提供できる能力を備えられる」。
同社はすでに昨年から、海外事業の簡素化に着手した。最初に日本以外のAPAC市場を地域別に3つに分け(グレーターノース、グレーターサウス、ANZ<オーストラリア・ニュージーランド>)、その後サービスを3分野(クリエイティブ、メディア、CRM<顧客関係管理>)にまとめ上げた。
新たな「One Dentsu」のビジョンは、「名前だけの部署やチーミングを妨げるあらゆる要素を撤廃すること」。「クライアントにはエージェンシーの垣根を超え、ベストの人材を提供します。傘下のエージェンシーを減らしグループ全体でソリューションを生む、ピュブリシスのようなモデルに大きく近づいていく」。
「エージェンシーのブランド力ではなく、事業分野とスキルセットに注力したい。ビジウムであろうが、アイプロスペクトであろうが、はたまた電通マクギャリーボウエンであろうが、我々グループのクライアントであれば最大限のマーケティングコミュニケーションサービスを提供します。クライアントがそのアクセスを容易に確保できるようにするのが、我々の目指すところ」。
「One Denstu」への課題
こうした大きなビジョンは昨今、程度の差こそあれ広告業界の多くの持株会社が共有する。だが傘下のエージェンシー全てを視野に入れて実現するには、多くの時間と資本力、なおかつ集中的な取り組みが必要だ。それはピュブリシスが証明しているとも言えよう。電通に関しては、「名称の変更だけでも多くの時間がかかる」とバシン氏。「事業を行う150カ国の政府への申請と認可が必要だからです」。
よって、電通全体が真の意味でグローバルな社内協力体制を築き上げるにはかなり長い時間がかかるだろう。同社にとって、国内外の事業統括は以前からの重要課題だった。この数カ月、DANの元幹部数人はCampaignに対し、社内で不信感が増幅していたことを吐露した。曰く、「赴任してきた日本人幹部が地元の従業員から敬意を得られない」「東京と(DANの本社がある)ロンドンの間で派閥争いがあり、どちらに従っていいかわからない」等々。
バシン氏は電通社内に派閥争いがあることを否定する。DANとの一体化は事業の最適化だけでなく、「東西文化の偉大な融合の証」であるとも。
「こうした取り組みを行う際に支障が出るのは当然のこと。私の実感では、社内の熱意や信頼感はおそらくこれまでで最も高い」
「楽観論」の理由
バシン氏が楽観的なのは、いくつかの根拠がある。最も大きな要因は、グローバルマネジメントの新しい人事だ。この4月、DANはCEOにウェンディ・クラーク氏を抜擢した。同氏は統合に向けた新たなエネルギーとポジティブな空気を注入できる人材だ。それに先立って、世界各地、特にAPACではDANの上級幹部の離職が相次いだ。こうした幹部の多くは英国のDAN本社か日本の電通、どちらか一方と緊密な関係を持っていた。バシン氏曰く、電通内の不協和音のイメージは「こうした離職者たちが作っているのでしょう」。
「組織に対して不満を抱く人々は必ずいます。ですから彼らが『社内で不信感が増している』と流布したとしても、決して驚きではない」「今、我が社の全ての幹部、そして全ての社員がお互いを完全に信頼し、強い意欲を抱いていると感じます。一つのチーミングプラットフォームになることを素晴らしい機会と捉え、誰もがその恩恵を受けられると考えている。これは、今までとの大きな相違点です」
そして、「日本のテクノロジーや人材、資金力をより頻繁に活用し、グローバルなピッチで共闘し、クライアントと協働することで団結力は急速に高まる」とも。
また、コロナ禍がその触媒になってきたとも言及。「パンデミックは我々のクライアント中心主義を加速化させた。ビジネスを進化させるため、サイロ化の打破と効率化を促進し、異なるスキルセットを束ねることができました」。
さらなる相乗効果
その一例が今夏、豪州でビジウムをアイプロスペクトに併合したことだ。今週には英国でも同様の措置を取ることを発表。同時に、デジタル化による統合とソリューションの迅速化を図り、「コロナ禍の間に急速な進化を遂げる」とも公言した。
傘下のエージェンシーの維持にこだわらないのなら、やがてビジウムは消滅するのだろうか。特にAPACでは、そうした動きが長年内々にある。
「ビジウムはAPAC内で大きな成長の可能性を持つブランドです。各市場には独自の戦略があり、ビジウムの発展のプロセスも異なる。合併が得策であれば躊躇なく実行するし、そうでなければ分けておきます」
全体的な統合を困難にするのはこうした市場毎の状況だが、電通は変革に忍耐強く取り組み、今年5月には国外のほぼ全てのクリエイティブエージェンシーを「電通マクギャリーボウエン」としてまとめ上げた。
APACの注力分野
この改編は、各エージェンシーのブランド力よりも3つの主要な事業分野への統合に注力したからこそ実現した。すなわちクリエイティブ、メディア、そしてCRMとデータ、デジタル変革を再構成したCXM(カスタマーエクスペリエンスマネジメント)の3分野だ。
バシン氏は、APACでの最大のビジネスチャンスはCXMとデータアナリティクスにあるという。「電通はマークルという世界的巨大ブランドを有していながら、APACでこれらの分野をあまり重視してこなかった」。今後はAPACのクライアントをクラウドベースのサービスでサポートし、マークルの力を活用してCXMサービスの確立を目指すという。そうなれば、これまでマークルの存在感が薄かった市場でもその知名度は高まり、他の市場でもサービスの質は確実に上がるだろう。「コロナ禍でいくつかのプランに支障が出なければ、すでにこの取り組みは実現していたでしょう」。
この数年、APACでは中国と豪州で慢性的な業績不振に陥り、その改善に注力した。昨年9月にDANのAPACトップに就いたバシン氏は、すぐにマネジメントの交代を実行。ANZ CEOをヘンリー・タジャー氏からアンジェラ・タンガス氏に変え、グレーターノースの責任者にはOMG社のAPAC責任者だったチューク・チェン氏を据えた。
コロナのパンデミックという不測の事態にもかかわらず、効果はすぐに現れたという。豪州では新たにeコマースのサービス提供を始め、構造は簡素化かつ効率化。中国では今年12の新事業を獲得、売上げは昨年の40%増となった。
「これまでのところ、両市場では非常に良い兆候が出ている。しかし、他市場では達成しなければならないことがまだたくさんあります。昨年はほぼ毎日、悪い知らせが飛び込んできた。しかし今は、そうした不安定な状況を克服できたと思います。現場で多くの新しい事業を獲得したことが我々にとって大きな自信につながった。それでもやるべきことは終わっていません。まだ1歩を踏み出しただけであり、これからが長い道のりであることは皆がよく理解しています」
それでも、幹部の刷新と構造変革はほぼ終わったという。今は、新しいリーダーたちが事業の効率化を着実に達成してくれることに期待をかける。
「APACにおける我々の目標は非常に大きい。投資の世界でよく言うように、将来のパフォーマンスは必ずしも過去のパフォーマンスに基づくものではありませんから」
(文:ロバート・サワツキー 翻訳・編集:水野龍哉)