Evie Barrett
2023年3月02日

ウクライナ 情報戦の「戦士」たち

ロシアのウクライナ侵攻から1年。戦地では依然激しい攻防が繰り広げられているが、情報戦もまた苛烈だ。ウクライナ、そして世界のPR業界が果たしてきた役割を見つめる

ウクライナ 情報戦の「戦士」たち

この1年、PRの重要性がこれほど如実に示されたことはなかっただろう。ロシアによる侵攻以来、ウクライナのクリエイティブ業界の人々が取り組む課題は劇的に変化した。

昨年2月24日の侵攻初日、300人を超えるウクライナのPR業界有志によって立ち上げられた団体「PRアーミー」。共同設立者のジュリア・ペトリク氏は、「ある日突然、国際世論を形成する最前線に躍り出てしまった」驚きを隠さない。

「自分の発信するメッセージが、これまでと比較にならないほど重要になったのです。ロシアに抗う武器と同等の価値を持つようになった」

同日、クリエイティブエージェンシー「ビッカースタッフ(Bickerstaff)」はクライアントへの対応で大混乱に陥ったという。

「あの日、我々は凄まじいストレスとショックを受けました。クライアントとの業務は全て止まり、あらゆるプロジェクトがキャンセルになった。従業員一人ひとりが次にどう行動すべきかという決断に迫られ、緊急時のためにプールされていた会社のお金は全員に分配されました」(同社スポークスパーソン)

クリエイティブ業界の人々の選択肢は限られていた。それは自分のスキルを出来る限り生かし、国にどう貢献するかということだった。

「我々の多くが再教育プログラムを受けました。IT業界のPRスペシャリストは地政学や法律、軍事といった分野のPRを学び直した」。PRアーミーのコーディネーターで、教育プラットフォーム「コードジム」のブランド・PR責任者を務めるアリス・コルジ氏はこのように語る。「この1年間、我々は昼夜を問わずボランティアとして働き続けてきた。誰もが極限まで自分を追い込み、これまでにない能力を発揮したのです」

ビッカースタッフは業務を大きく方向転換、国への貢献に舵を取った。注力したのはロシアが発信する偽情報を正したり、ロシアの検閲をかいくぐってロシア国内に正しい情報を伝えたりするクリエイティブキャンペーンの制作だ。

例えば、下の「イースターGIFアタック」。今年のイースター用のグリーティングを題材に、ウクライナの惨状を伝え、プロパガンダを鵜呑みにするロシア人への拡散を狙う。

またウクライナ観光開発庁のキャンペーン(下)では、ロシアから事業を撤退したAirbnb(エアビーアンドビー)のマーケットプレイスを模倣。旅先のホテルを検索するロシア人に、ロシア軍の非道を伝える。

さらに国内の個々のブランドとも協働。同様のキャンペーンを手掛け、ウクライナ政府の支援に当たる。

「ブランドは社会に正しい価値観を構築し、戦時では確固たる役割を果たさねばならない」と同社スポークスパーソン。「今ほどウクライナ人に社会的意識が芽生えたことはなかった。誤った行動を取れば即座に明るみに出るでしょう。そして、国民から許されることは決してない」

「脱ロシア」 PRの責任

ロシアの侵攻に対しどう対応し、適切な立場を取るか −− これは海外ブランドにとっても課題だ。

マクドナルドやコカ・コーラといったグローバルブランドは侵攻開始後、数週間でロシア国内の事業を停止。一方、他の多くのブランドは「出来るだけ目立たぬように活動した」。こう話すのは英PR業界団体PRCA共同会長で、国際コミュニケーション・コンサルティング協会(ICCO)が主宰するウクライナ支援機関UCSNの会長、デヴィッド・ギャラハー氏だ。

「当初多くの人々は、西側企業が侵攻に異を唱え、ロシア市場からすぐに撤退するだろうと考えていた。しかし実際にそれを実行したブランドは非常に少なかったのです」

市民団体「B4ウクライナ」の最新調査によると、2022年1月時点でロシアで事業を行っていた海外企業の56%が、今も事業を継続しているという。

「たとえクライアントに言いづらくても、ロシアからの事業撤退を促すのはPR業界全体の務め」とギャラハー氏。「倫理観に照らし、正しい行動を取る勇気を我々は持たなければならない。我々がクライアントを止めなければ、一体誰が止めるのですか」

「称賛」と「感謝」

今回の侵攻を受け、ギャラハー氏はUCSN共同会長のナタリア・ポポヴィッチ氏とともに国際的取り組みを強化してきた。その内容は人道支援からウクライナの企業やクリエイティブ、アーティストなどの支援、感情分析(ソーシャルメディア上の投稿を収集・分析し、大衆の感情を把握)までと幅広い。

これまでの世界のPR業界の対応に関しては、「称賛と感謝に値する」。特に顕著な貢献をしているとして、チャータード・インスティテュート・オブ・パブリックリレーションズ(英、CIPR)やグローバルアライアンスといったPR業界団体、英コミュニケーションコンサルティング会社リン(Lynn)、ロッド・カートライト・コンサルティング、CIPR前会長ライオネル・ゼッター氏などの名を挙げる。

では、具体的成果は出ているのか。「実際の戦場での効果はわかりません。しかしウクライナの人々がこの戦いをどう捉えているのか、他国政府に理解させるという点では確実に成果を上げている」

ロシアが侵攻に至った歴史的・社会的背景を説明したUCSNの文書は、南アフリカやフランス、ポーランドの指導者たちとシェアされた。

それでも紛争勃発から1年経った今、「グローバルコミュニケーションという観点から、やらなければならないことはまだたくさんある」。

「地震などの大きなニュースや経済的不安……人々の関心をウクライナに引き付けておくのは容易ではありません。ウクライナ紛争はすでに『古いニュース』になりつつあるのです」

だが、ウクライナの人々の忍耐力には驚嘆するという。「本来の仕事を犠牲にして国に貢献したり、国内外で通常の仕事を続けたり……コミュニケーションだけにとどまらず、粘り強く取り組む彼らの姿勢は素晴らしい。その頑強さと仕事に対するクリエイティビティーには深く感銘します」

「仕事を続ける適切な環境ではないにもかかわらず、ウクライナのPR業界はイノベーティブであり続けている。感嘆に値します」

危機を「チャンス」に

ビッカースタッフのスポークスパーソンは、「忍耐をずっと維持するのは容易ではなく、ウクライナ国内では人々の間にバーンアウト(燃え尽き症候群)が蔓延し始めている」と話す。

このような難局にあってもビッカースタッフは昨年、カンヌライオンズを含む多くの主要広告賞と、世界各国からの新たなクライアントを獲得した。「このような状況でも仕事を継続し、クリエイティビティーの力で課題を解決しようとしているからでしょう」(同スポークスパーソン)

「時に、危機はチャンスのきっかけとなり得る。戦争はロジスティックスを混乱させ、リスクを高めます。世界的ブランドにとっては大きな弊害となりますが、規模の小さなローカルブランドにとってはチャンスでもある。我々は今、『勇者のゲーム』を戦っているのです」

危機を最大限に活用する −− 世界中のメディアに声を届けてきたPRアーミーも同じ言葉を力説する。同団体によればロシアの侵攻以来、BBCや英タイムズ、米ウォール・ストリート・ジャーナルといった主要メディアを含む世界78カ国のメディアから2228回の取材を受けたという。

PRアーミーで偽情報を担当するニーナ・クルチェヴィシュ氏は、「この1年の偽情報との戦いはコミュニケーション業界のレベル向上につながる」と断言する。「情報の真偽性が世界的に問われることで、PRキャンペーンはより信用度の高いものになっていくはずです」

同団体の共同設立者アナスタシア・マルシェヴスカ氏も「その点は特に重要」とした上で、「現代のテクノロジーを駆使した戦争では戦場だけでなく、情報・文化戦争をも制した者が本当の勝者となる」

「民主主義世界に生きる我々は皆、情報戦争の一端を担っているという意識を持たねばなりません。情報戦にはいまだ明確な法的ルールがない。だからこそ、個人の意識が大切なのです」

メンバーのアントニーナ・リア氏は、この1年間における最大の成果は「政府発でも企業発でもない、新たなタイプのコミュニケーションが民衆から湧き上がってきたこと」という。「そして誰もが、自由で強靭な国家で暮らすことを夢見ています」

こうした連帯のメッセージこそ「世界のPR業界が共有してほしい」とギャラハー氏。「そうすれば世界的危機が再発した際、より迅速で有効な対応が取れるはずです」

「我々のこれまでの組織的な取り組みをきっかけに、迅速なグローバルコミュニケーションを可能にするインフラストラクチャーが確立されることを願っています」

PRアーミーのペトリク氏はこのように語る。「1人で出来ることは極めて限られている。でも皆が力を合わせれば、大きな力となって数多くのことを成し遂げられるのです」

(文:エヴィー・バレット 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
PRWeek

関連する記事

併せて読みたい

4 日前

世界マーケティング短信:ジャガーのブランド刷新、波紋を呼ぶ

今週も世界のマーケティング界から、注目のニュースをお届けする。

2024年11月28日

エージェンシー・オブ・ザ・イヤー2024 日本/韓国:結果発表

Campaign Asia-Pacific主催「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー2024 日本/韓国」の、受賞者/受賞企業が発表された。

2024年11月28日

若手クリエイターへのメッセージ 「歩みはゆっくりでも大丈夫」

若手クリエイターの悲痛な告白に対し、エージェンシーのCEOが共感と、実用的で実行可能なアドバイスを寄せた。

2024年11月27日

エージェンシーモデルを再考し、効率化を

現在の広告業界に対する不満は依然くすぶっている。人材とクリエイティビティー、そしてそれらの成長を妨げるシステムを再考して変革を実現すべし、と識者は唱える。