David Blecken
2016年9月29日

2020年東京五輪・パラリンピックと日本ブランド

いよいよ4年後に迫った、東京オリンピック・パラリンピック大会。世界最大級のスポーツイベントを日本企業が存分に生かし、大きな成果を得ようとするのであれば、まさに今から準備に取りかからなくてはいけない。

五輪へのレースは、今まさに始まっている。
五輪へのレースは、今まさに始まっている。

ANAが全米女子プロゴルフツアーLPGAのスポンサーシップを獲得したとき、同社が用意したのはメディアに公表するプレスリリースぐらいだった。それから2年後、このプレスリリースを作成したPRコンサルタント会社ヒルアンドノウルトンの提案で、メジャー初戦は「ANAインスピレーション」という名称になり、本格的なブランディングとアクティベーション(活性化)へと進化したのだった。

広告会社は、クライアントにもっと投資をさせようと考えるのが常だ。これがスポーツイベントのスポンサーシップとなれば、クライアントはイベントの後も効果が続くような投資にしたいと考える。ANAが好例なのだが、実は「アクティベーション」というコンセプトを理解している日本企業はほとんどない。こうした現状に驚きを隠さないのは、東京に拠を構えるヒルアンドノウルトンジャパン代表取締役社長でアジア・パシフィック地域を統括するジョン・モーガン氏だけではないだろう。

リオ五輪での日本企業のスポンサー活動は、非常に地味だった。東京大会招致の立役者となったスポーツ・コンサルタント会社Seven46の創業者でありCEOのニック・バーリー氏は大会を挟んでリオに1ヶ月滞在したが、「日本のブランドは目立っていなかった」と語る。「日産の取り組みなど実に古風で、オリンピック公式車両を提供する立場を全くと言っていいほど生かせていませんでした」。トップ・スポンサーとして映像や音響など多くの技術インフラを提供したパナソニックですら、せいぜい急ごしらえの五輪用ウェブサイトを立ち上げた程度で、人々には「目立たな過ぎてかえって目立っていた」と言う。

東京大会のゴールドパートナーとなった建築材料・住宅設備機器業界最大手リクシルのマーケティングを統括する野口恭平氏は、「現在の取り組みは、今後さらに強化すべき点がある」と認める。

偏に、スポンサーの多くが効果的なアクティベーション・プランづくりに着手するのが遅かった、と言えるだろう。大会自体のプランニングのまずさが影響している部分もありそうだ。パナソニックと並びトップ・スポンサーに名を連ねたトヨタとブリヂストンが、いまだ十分なグローバル・アクティベーションの権利を得ていないことでもそれが分かる。

各ブランドはスポンサーシップを獲得するため、少なくとも1億5000万米ドルほどを費やしている。それを考えれば、投資に見合った見返りを確保しようと、すでにプレッシャーがかかっているに違いない。大会期間中に選手が五輪スポンサー以外の企業広告に出ることを規制する「ルール40」が緩和されたことも、それに拍車をかけている。五輪スポンサー以外のブランドも、大会から広告効果を引き出そうとかなり早い段階から周到な戦略を練り始めるだろう。

少なくとも東京大会の1年半前までにはアクティベーションを始められるよう、今からブランドがプランニングに着手すべきなのは異論の余地がない。「出遅れるということが、スポンサーにとって最大の過ちなのです」。コカ・コーラでスポンサーシップを担当し、現在はエデルマン・ジャパンのマーケティング・アクティベーションのヘッドを務めるガブリエラ・マンドレア氏はこう語る。「4年後はまだ先、と思えるかもしれませんが、実際あっという間ですから」。

ブランドが陥りやすい罠

五輪開催期間の17日間にすべてを賭けようとしても、決してうまくはいかない。観客はブランドのことなど、全く眼中にないからだ。リオ大会を見た野口氏は、「スポンサーや企業、製品、ビジネスなどに関心を払ってもらえる余地は全くありません」と言う。「重要なのは、大会前と大会後。スポンサーとして何を残せるか、でしょう」。

さらに、ブランドは「無難な道を選ぶ」という過ちも犯しがちだ。東京大会の公式スポンサーは、リオより20社多い80社まで増えることが予想される。スポンサー企業にとって、五輪の舞台が厳しい競争の場になることは必至だ。

多数のスポンサーがひしめき合う中、五輪を利用したブランディングやそれに関連したメッセージの発信は、「単に上っ面を撫でているにすぎない」とマンドレア氏。リオ大会では、多くのブランドが選手たちのパフォーマンスを称えるコンテンツに終始した。この種のコミュニケーションはどれも似たり寄ったりで、ファンにとっては無用な雑音の一部になりがちだ。

スポーツは極めてドラマチックだが、選手の画像を用いるだけでは明快にブランドを語ることはできない。ブランドとスポーツや選手との関係性を表現するには、常に創意工夫が欠かせない。「今後4年間、スポーツ選手が登場する広告が溢れるでしょう」と言うのは、マッキャン・ワールドグループジャパンのチーフ・ストラテジー・オフィサー、ジョン・ウッドワード氏。「そういう広告は役員会議の席上で見ている分には素晴らしく感じるでしょうが、テレビで見れば凡庸なだけです」。

新たなチャンスを生かす

リオ大会がこれまでで最もハイテクな五輪だったとしても、東京はそれを凌ぐことだろう。居心地良いテレビ広告の枠からブランドは飛び出さざるを得なくなり、ソーシャルメディアやストリーミングチャネルなど、多様な手法を使った視聴者へのアピールが求められるようになる。バーチャルリアリティ(仮想現実)のような技術も、かなり高い確率で駆使されるだろう。

リオ大会ではストリーミングの総時間数が27.1億分に及んだというNBCユニバーサルの報道が示すように、視聴者の楽しみ方は明らかに従来型のテレビからストリーミングにシフトしている。ブリヂストンとトヨタが協賛するOTT(Over the Top)インターネットテレビ「オリンピックチャンネル」も、大会そのものをカバーするだけでなく、五輪やスポーツのもつ力を広く伝播する新たな手段として加わってくるだろう。近い将来、日本を含む多くの市場で第5世代の移動通信システム(5G)が導入されることから、複数のデバイスで視聴することは「第二の本分」、つまり日常的な習慣になると予想される。スナップチャットでは、リオ五輪に関する「ライブストーリー」に約5,000万人の視聴者が集まった。

「これからの五輪中継は、開催国のテレビ局に制約される度合いが減り、オンライン上の視聴者の動向に左右されるようになるのでは」と語るのは、CSMスポーツ・アンド・エンターテインメントの日本担当事業開発ディレクターであるサム・ピアソン氏。リクシルの野口氏も、「テレビに偏らず、デジタルのアクティベーションにも大いに注力すべきです」と語る。

アクティベーションの観点からすれば、競技種目にサーフィンやスケートボードが加わったことはオリンピックの魅力を高め、ブランドが若い世代を取り込む新しいチャンスとなる。パラリンピックに関しても、「東京はパラリンピックを2度開催する最初の都市となる。注目度は通常の大会よりグッと高くなるでしょう」と野口氏。バーリー氏も、「パラリンピックとオリンピックが同等の重みを持つようになるのではないでしょうか。そうなれば、ブランドにとってより人間味に溢れ、より心に響くストーリーを訴えかけていく機会となります」と語る。

「障害のある人とない人が共生する社会を築くために、日本はまだやるべきことがある。パラリンピックは、その点でまたとない機会になるでしょう」と言うのはモーガン氏。ただし、「社会問題や持続可能性と結びつけることは確かに強力なメッセージになりますが、それが機能するのは以前からそうした理念を持ち、すでに取り組みの成果を出しているようなブランドに限る。何の裏付けもなく志の高さをアピールしても、空虚に響くだけです」と戒める。

さらに、2020年東京大会はこれまで以上に開かれたものになるだろう。「ルール40」の緩和によって、スポンサーもそうでない企業も、選手に「ブランド大使」の役割を期待できるからだ。例えば、スポーツ用品ブランドのアンダーアーマーはリオ五輪の公式スポンサーではなかったにもかかわらず、契約を結ぶ水泳のマイケル・フェルプス選手を大会前から存分に活用し、大会後には彼の活躍振りと人気に乗って大きな成果を手にした。「かつては困難だったことが、今は規制緩和によって可能になった」とバーリー氏。「[国際オリンピック委員会(IOC)]は間接的に、ブランドと選手との関係に『第2のカテゴリー』をつくりだしたのです」。

「だからと言って、素晴らしい成績を収める選手が出てきたらお金を積み、出来るだけたくさんの製品の広告に使おうとするようなやり方には断固反対です」

いかにして成功を収めるか

それでも業界関係者は、公式スポンサーの方がそうでない企業よりも強い影響力を及ぼすと見ている。だがそれは、スポンサー側に「挑戦者」に劣らず戦略的な知恵がある場合だけだろう。そして「公式スポンサーになれば、スポンサー料としてアクティベーションに3倍もの費用がかかることも意味するのです」とウッドワード氏。こうした状況で他社から抜きん出るためには、ニッチな分野を見出し、それを確保することがカギとなるだろう。

リクシルの場合、それは「ユニバーサル社会」の実現へ向けた取り組みを意味し、パラリンピックを重視する理由でもある。日本のブランドは、P&Gが展開している「ママの公式スポンサー(Thank you, Mom)」キャンペーンを参考にするとよいのではないか。スポーツという題材を巧みに用い、人々の心を掴むようなメッセージを作り上げたことで、他社との差別化に成功している。コカ・コーラも同社と五輪の歴史を詳しく取り上げたプロモーションをリオで展開し、ブランド体験という切り口で好例を示した。

「製品だけではなく、ブランドの何たるかを表現し、独自性に溢れたテーマが必要なのです」とウッドワード氏。これは国内、海外どちらの市場をターゲットにしても当てはまることだ。もちろん、ターゲットとする市場に合わせた戦略は欠かせない。だが、日本国内で起きたことが時には海外にまで伝わることも忘れてはならない。「ゴールドパートナーのアクティベーションの権利は国内に限られるかもしれませんが、訪日客が日本で良い体験をすれば、口コミでブランド・メッセージを広めてくれる効果が期待できる」とバーリー氏。例えば、パナソニックは通常は企業間取引(B2B)に重点を置いているが、このような取り組みが五輪前や開催中に訪日客に及ぼす影響を見過ごしてはならないだろう。

「安倍首相がマリオに扮してリオ五輪の閉会式に登場したのには、意表を突かれました」と言うウッドワード氏。「でもそれは、日本のブランドが海外の消費者と積極的にコミュニケーションをとろうとしている姿勢の表れとして、好意的に感じられました」。

「世界の人々の日本に対する理解がより深くなりつつあると感じたし、それこそ今、日本という国や日本の企業に求められていることなのです。公式スポンサーにとっても、真の日本の姿を知ってもらうのは素晴らしいことでしょうから」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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