Jerry Daykin
2021年2月18日

550万ドルのスーパーボウルCMが理にかなっている理由

デジタルの代替手段がいくつもあるのに、スーパーボウルでCMをオンエアする理由が本当にあるのだろうか。これに対し、グラクソ・スミスクライン(GSK)コンシューマー・ヘルスケアのジェリー・デイキン氏は説得力のある理由を5つ挙げた。

550万ドルのスーパーボウルCMが理にかなっている理由

2021年のスーパーボウルのクリエイティブに関して、広告主は慎重な道を歩んだ。大半の広告主は、世界中に広がる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の現実を重く受け止めすぎることも、不適切に無視することも望まなかった。

その結果、現実逃避という手段が選択され、ノスタルジアと著名人の大量投下で私たちの注意を引き、手際よくこのジレンマを回避していた。

私見では、パラマウント・プラス(Paramount+)のCMがその代表格だった。人気番組のストック映像と新たな映像を融合し、パラマウントのトレードマークである雪山の頂で、セレブリティたちや人気キャラクターを俳優のパトリック・スチュワートが出迎えるという、正気とは思えないくらいの傑作クリエイティブに仕立て上げられていた。

しかも同社が買ったのは、スポットCM枠一本だけではなかった。このCMは連作になっており、試合の中継が終わるまでずっと視聴者を楽しませてくれた。

スーパーボウルの開催日は広告クリエイティブにとっても特別な夜であるが、広告メディアの観点から、常に際立っているのはその価格だ。2021年の相場は、30秒枠で約550万ドル(約5億8300万円)だった。

英国の相場からすると、立派なブランドの1年分のメディア予算に匹敵する金額を、1回限りのスポットCMに投入するというのは、少し異常に思えるかもしれない。もちろん、そう考えるのはあなただけではない。

2021年は、マーケティング関連のツイッター投稿やメディア記事が、これまで以上にある疑問に焦点を当てているように見えた。その疑問とは、500万ドルにはもっと別の使い道があったではないか、というものだ。

CMの代わりに、その予算で大々的なデジタル展開ができたのではないかという論調がある。あるいは、スポットCM枠を購入する理由は、トップがその巨大なエゴを満たしたいだけなのではないかという説もある。

確かに、オートリー(Oatly)のCEOが自ら主演した同社のCMは、後者の自己満足説を裏付けているようにも見える。とはいえ、スーパーボウルの広告がメディアとして完全に理にかなっていると言える根拠はいくつもある。以下で簡潔に説明しよう。

1. 視聴者への圧倒的なユニークリーチ

プランニングに基づく議論を行うには、メディアプランニングを理解することが必要だ。

広告をインプレッション単価(CPM)に変換し、それを他と比較してしまうと、最高の人気番組がもたらす最大の利点を見落とすことになる。

第1に、こうした番組には圧倒的なユニークリーチがある。さまざまな広告枠に表示された広告の1億インプレッションとは訳が違う。さまざまな広告枠に広告露出を分散した場合、フリークエンシーはかなり高くなり、実際にリーチした人数ははるかに少なくなる。一方、人気番組の場合には、一度で実人数1億人へのリーチを実現することができる。

第2に、このオーディエンスの規模を見れば、中にはテレビ視聴やメディア消費が少ない人も含まれていることが想定できる。「ジェパディ!」の再放送を見ている人のような、獲得が容易なオーディエンスだけにリーチしているわけではない。広告を見せるのが非常に難しく、それゆえに価値がある人々にも届くのだ。

普通の日にこうしたライトな視聴者にリーチするには、プライムタイムのCM枠を幅広く購入するしかなく、テレビをよく見る人が何度もCMに接触するという非効率なインプレッションを積み上げることになりかねない。

そもそも米国には、購入できるインプレッションは大量にあるものの、1億人以上にリーチできるメディアチャネルはテレビ以外にあまりない。フェイスブックとユーチューブを別にすれば、あなたは整合性のないプログラマティックのデータをつなぎ合わせるしかないだろう。

南オーストラリア大学アレンバーグ・バス研究所のレイチェル・ケネディ教授が2020年に行った計算では、スーパーボウルCMは単純計算を遙かに上回るリーチを獲得できており、マスブランドであれば十分納得できる結果が出ている。これを拒む理由はないだろう。

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2. 詐欺と無縁、かつビューアビリティも高い

筆者はデジタルマーケティングの大ファンで、その力を認めているが、同時にその脆弱性も真っ先に認めている。

スーパーボウルの広告枠を購入することの利点のひとつは、CMがオンエアされたとわかることだ。自分の目で確かめられるだけでなく、CMを見て喜んだ友人や同僚からのメッセージがスマートフォンに次々と届く。

詐欺師を見くびるべきではないものの、スーパーボウルのCM枠の偽物をつかまされたという話はまだ聞いたことがない。

「ほかの所に予算を使うべきだった」という議論の多くは、デジタルを指しているようだ。デジタルにはテレビと同じような直接購入も存在しているが、ほとんどはオープンマーケットであり、詐欺や不正のリスクも潜んでいる。

プログラマティックTVやコネクテッドTVの選択肢は、より厳密なターゲティングやコントロールをもたらしてくれるが、早期導入におけるリスクにも目を光らせた方がいい。

もちろん、大部分のケースにおいて広告は安全に掲出されているが、価格の比較の際は、インプレッションやはるかに小さな効果にばかり注目している。しかしそれらは、スーパーボウルのように重要な生中継が生み出す、30秒間ずっと続く「ビュースルー」には及ばないだろう。

テレビの大画面にビューアビリティの問題はない。スクロールして通り過ぎることも、スキップをクリックすることもない。画面に映し出されたすべてが見られている。

メディアプランニングでは多くの場合、より多くのオーディエンスと高い頻度で接触することが良いとされる。だがブランド構築においては、人々の心理変容のために接触時間を長くすることも重要だ。

3. 注目を集める

確かに、視聴者はCMのタイミングでテレビから離れる。スナックを補充したり、トイレに行ったり、身近なところで何か変わったことはないかとスマートフォンをチェックしたりする。

ケネディ博士の計算はこうした行動の傾向を考慮したものだが、スーパーボウルには若干の例外があるとも言えるだろう。

マーケターほどには広告に興味を持たない人がいるのは事実だが、スーパーボウルのCMは紛れもなく壮大なショーの一部だ。

ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は2021年の中継で、史上最高のスーパーボウル広告というコーナーを用意し、画面上のプレゼンターが歴史に残る名CMを何度も流した。

歴代の傑出した広告によって、視聴者はCMに期待を抱くようになった。つまり、スーパーボウルの中継でCMが始まると、人々はむしろ身を乗り出したのだ。

ブランドにとっては、期待に応えなければならないというプレッシャーとなり、これほどの舞台で失敗すると影響は計り知れないものになる。だが、もし素晴らしいクリエイティビティを発揮できれば、CMを見てもらえることは間違いないだろう。

4. アーンドメディアと口コミ効果

人々はただ見ているだけでなく、遠く離れた家族や友人と話したり、最高の瞬間を共有することもある。

スーパーボウル広告の大ヒットのいくつかが口コミから生まれていることは(奇妙なことに大半の費用対効果の計算には含まれていないが)、周知の事実だ。

これはもっと予算を投じるべきだという意味でもあるが(有料メディアでの関連支出がわからない限り、どの広告がユーチューブで最も再生されたかという比較には意味がないが)、PRとアーンドメディアにはかなり効果を期待できるだろう。

スーパーボウル広告の予告編は、メインストリームとなっている文化的な仕掛けがある場合や、著名人が前面に出ている場合は特に、試合当日の昼間のテレビ番組でも主役になっている。

米国のテレビ局は、CM料を取ることなくこれらを視聴者に見せることに加え、広告とその出演者を細かく分析するためのコーナーまで用意している。

近年、スーパーボウル広告にセレブリティが台頭しているのは、こうした各局での紹介によって波及効果が得られることも一因になっているのだろう。

テレビ広告を買うことはマーケティング戦略としてあまりにアナログだと思うのであれば、テレビ広告がデジタルでも広く共有されていること、近年、上手く制作されたスーパーボウル広告が単なるスポットCMよりはるかに大きな役割を果たしていることを思い出してほしい。

一部の広告は、それ自体が話題となり、口コミで広がり、娯楽にもなっている。

レディット(Reddit)は2021年、これを本当の意味で最大化するため、一部の都市でわずか5秒のCMをオンエアし、レディットがどれほどクレバーであるかについて、オンライン上での会話を盛り上げようとした。

他の企業では、顧客エンゲージメントを高めるため、スポットCMの中でコンテストを開催するという定番を実施する事例もある。CM中に出てくるマウンテンデューのボトルの数を当てたら、100万ドルや、宇宙旅行のチャンスなどがもらえるコンテストだ。

筆者はこうしたエンゲージメント指標のファンではないが、影響の全体像を見ないスーパーボウル広告の分析は的外れだという事実に変わりはない。これは試合そのものに向けられる視聴者の数だけでなく、それを上回る影響も十分にあり得るということだ。

5. 名声の長期的な価値

結局のところ、ブランドマネージャーやCMOが、会社が有名になるために何かをしたいと考えているとしたらどうだろう。それがマーケターである私たちの仕事ではないか?

確かに、500万ドルでインベントリ(広告在庫)を購入するなら膨大なクリックとパフォーマンスを達成できるが、同じ金額をスーパーボウル広告に投じるなら、そうしたパフォーマンスの観点でも、大きな競争優位性を獲得できる。

レス・ビネー(Les Binet)氏とピーター・フィールド(Peter Field)氏の仕事を大まかに理解するだけで、長期的なブランド構築はビジネスの成長に不可欠な部分であり、名声は最終的に、その原動力として有効であることがわかるはずだ。

明確に示すのは難しいかもしれないが、スーパーボウルのスポットCMで見たブランドには、最高のバナー広告で大量に露出しているブランドよりも、高い品質と価値が感じられるという一定の共通認識があるのではないだろうか。

あなたは、あなただけがジープ(Jeep)のスーパーボウルCMを見たわけではなく、友人や隣人もみんな同じ広告を見たことが分かっている。あなたが今、ジープを所有しようとしても誰も疑問を挟まないだろう。

もちろん、すべてのブランドにこうした贅沢をする余裕があるわけではないが、それを正当化できるほど十分に規模が大きく、大衆に広くリーチしているブランドであるならば、間違いなく理にかなった施策だと言える。

そのことは広告主自身が一番よく分かっている。

P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)は世界最大のブランド広告主であり、スーパーボウルの常連だ。容赦ないほど測定と効果を重視した上で、スーパーボウルに戻り続けているのは、それが有効だとわかっているからだ。

明らかにパフォーマンスを重視しているブランドのいくつかもスーパーボウルを重要な活動の場としている。

ターボタックス(TurboTax)、ファイバー(Fiverr)、ウーバー、ドアダッシュといったオンラインビジネスはグロースハック戦略を駆使するデジタルネイティブ企業の典型だが、いずれもスーパーボウルに広告を出している。

各社とも洗練された広告主で、試合中と翌日のトラフィック増加によって投資を回収するだけでなく、パフォーマンスの点でも競争し、スーパーボウルに広告を出さなかったライバルを打ち負かすことで、恒常的に利益を上げている。

長期的にも短期的にも、マーケティングとはそういうものだ。

英国の広告主の大部分にとっては、スーパーボウルのCM枠を購入するかどうかを迷う必要がないので、これまでの話はやや机上論に聞こえるかもしれない。だがどの国のどの市場であれ、その国で放映される人気イベントに当てはめて考えることはできるだろう。

大きなスポーツイベント、「Xファクター」のファイナルステージ、料理番組「グレート・ブリティッシュ・ベイク・オフ」など、テレビをあまり見ない人を含む桁外れの視聴者が同じ時間を共有する番組であれば、CPMの合計よりはるかに大きな価値がある。英国のクリスマス広告が必ず、クリスマスシーズン最大のライブ番組で放映されるのはそのためだ。

もちろん、デジタル広告を買わないと言うつもりも、550万ドルの予算を別のチャネルで賢く使ってもそれ以上の価値はもたらさないと言うつもりもない。ただ、あなたが思うほど単純な比較で、メディアプランニングを決定することはできないのだ。


ジェリー・デイキン(Jerry Daykin)氏はGSKコンシューマー・ヘルスケアのEMEA地域担当シニアメディアディレクター。オートメ―テッド・クリエイティブの番組「アドバタイザーズ・ウォッチング・アズ(Advertisers Watching Ads)」のスーパーボウル特別編で司会を務めた。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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