欧州では、脱炭素化に反する企業とそれらをクライアントに持つエージェンシーに対する「サブバータイジング」(subvertとadvertisingをかけ合わせた造語。企業・政治広告を皮肉って新しいメッセージを送ること)の動きが強まっている。標的となっているのはシェルやBP(ブリティッシュ・ペトロリアム)、英国航空、そしてオグルヴィやメディアコム、VCCPなどだ。
広告業界への圧力は年々高まり、昨年11月、英国では業界3団体の主導で「アド・ネットゼロ」という取り組みがスタート。数百社が参加し、2030年までに温室効果ガス排出量をゼロにすることを目指す。具体的には広告制作やメディアプランニング、メディアバイング、メディアディストリビューション、広告賞イベントなどのプロセスを見直し、広告の力を活用して消費者の選択・行動をより持続可能なものにしていこうというもの。
こうした動きが欧州で活発な一方、APACでは気候変動に対する全体的な取り組みは行われていない。広告主やエージェンシーは個々の対策で持続可能性を高めようとしているのが現状だ。「APACの規制は欧州よりも遅れているので、ガイドラインの制定を待っていては有効な策は打ち出せない」と話すのは、グレイ・シンガポールのコンスタンチン・ポポヴィッチCEO。「経済活動を担う責任あるプレイヤーとして、すべてのエージェンシーが自発的に目標を掲げ、アクションを起こさねばなりません」
コロナ禍で移動が制限され、多くのエージェンシーはリモートで様々な制作を行うようになった。これは環境という視点から見ればポジティブな変化だ。だが、「コロナ後」にはまた旧来のやり方に戻ってしまうのだろうか。それとも持続可能性への意識が高まり、さらなる新しいスタイルを生み出すのか。
APACの広告・マーケティング業界は気候変動対策にどれだけ真剣に取り組む用意があるのだろうか。業界を牽引する4名のリーダーに尋ねた。
COP26で示されたように、気候変動対策にはグローバルな協力が不可欠です。アド・ネットゼロのような取り組みは、APACでも起こり得るのでしょうか?
スージー・グールディング:マレンロウ 環境担当ディレクター
アド・ネットゼロをAPACでやれない理由はありません。広告業界はここAPACでも英国と同じように機能しています。忘れてならないのは、我々のオフィスやクライアントのいくつかは、地球上で最も深刻な気候危機に直面している国々にあるということ。この事実を鑑みれば、我々は英国以上に熱意を持たねばならないでしょう。
まずは広告制作のプロセスを見直し、排出量を減らすやり方を確立することが第1歩。コロナ禍で人が移動できなくなっても、我々はビジネスを通常どおり行う術を学びました。これはコロナから受けた好影響です。
エージェンシーにとって、持続可能性を語るだけで実行性が伴わないと見られるのは大きなビジネス上のリスクです。世界の多くの主要ブランドは大々的な気候変動対策を公約にしました。今後はそれを共に実現できる、志を一にするエージェンシーをパートナーに選ぶでしょう。私は、この業界にはモラルがあると信じています。ですから、持続可能性に関しても正しい情報をクライアントに開示させることができるはず。これは、排出量の多いクライアントとは仕事をしないということではありません。グリーンウォッシュ(上辺だけ環境保護に熱心に見せる姿勢)のサポートをするのではなく、ステークホルダー(利害関係者)も含めて真摯な対話をし、対策を実行に移すことが必要です。
アリスター・マクイーワン:BBCグローバルニュースAPAC ビジネス開発担当シニアバイスプレジデント
持続可能性への取り組みは、すべての業界が注力しなければならない課題です。BBCでも、我々の部署が世界規模で取り組んでいます。今年前半、BBC会長のティム・デイヴィーが2030年までにネットゼロを実現するため、「極めて強固な脱炭素化(deep decarobonization)戦略を開始する」と発表したのをご覧になった方も多いと思います。
BBCグローバルニュースのコンテンツスタジオ「BBCストーリーワークス」では、今後数カ月ですべての制作プロセスにネットゼロを導入する予定です。最近では「アルバート(Albert、テレビ番組・映画制作における排出量削減を目指す環境団体)」に認定された初のコンテンツ制作を実現しました。ネットゼロ・キャンペーンもAPACや米州で展開していきます。
こうしたアプローチを日常化し、持続可能性を高める変革を推進する。他の幅広い業界とも連携し、排出量の測定やトラッキングを行い、現状の把握や必要な変革、また環境への影響をどのように相殺できるかといった課題への理解を深める。もちろん、BBCスタジオでの業務やキャンペーンにも適用します。目標は、BBCストーリーワークスをネットゼロのブランドとして確立させることです。
プラシャント・クマール:エントロピア(アクセンチュアインタラクティブ・グループ) 創設者、共同経営者
気候変動対策には全世界が1つになって取り組まねばなりません。誰もが、それぞれの役割を果たさねばならない。そんななか、気候危機に無責任な企業の資本コストを引き上げるESGファンドのやり方は、最も効果を発揮している対策の1つでしょう。2番目に強い影響力を持つのは、テスラのイーロン・マスクです。電気自動車の未来を開き、ガソリン車を過去の遺物にした。これは実にインパクトが大きい。規制当局がアクションを起こしたことも、ポジティブな変化です。
次に目指すべき課題は、各産業界の旧態依然とした考え方を変えることでしょう。つまり、耐久性・持続性の低い製品をつくり出して利益を求めるような企業を法律で規制する。消費者が製品の購買を繰り返せば、それだけ地球は傷つくのです。製品に関する最低限の基準をつくり、イノベーションを装って地球を破壊しているカルテルを取り締まることが大切です。
ローラ・カントー:フードパンダ・シンガポール マーケティング兼サステナビリティ担当ディレクター
アド・ネットゼロは実にタイムリーです。こうした目標や規制があれば、ブランドはマーケティングや広告に持続可能性を取り入れる手法を継続的に模索するようになる。しかしAPAC内では、政府の規制や環境への意識、デジタル化の浸透などが国によって実に様々です。こうした複雑な状況を鑑みると、アド・ネットゼロのような取り組みを実現することは欧州より難しいでしょう。
アド・ネットゼロのような取り組みはAPACで大きな支持を得るでしょうか? APACの広告業界では気候変動対策への強い意識を感じますか?
マクイーワン:
英国を拠点とする英国広告協会(AA)の取り組みが、APACで大きなムーブメントになるかどうかはわかりません。しかしAPACでも一般のオーディエンスや消費者が、ブランドを選ぶ際に持続可能性への取り組みを判断基準にするようになってきたことは確かです。今年5月に我々が行った調査では、APACの消費者の79%が「持続可能性への取り組みや誓約がブランドを選ぶ際の需要な要素」と答えました。これは実に明快なメッセージです。
この数値は世界平均と同じレベルです。しかし、こうした意識を持つ消費者の過半数が、自動車やテクノロジー、金融といった分野の主要ブランドがどのような取り組みを行っているか明確に把握していない。ですから大切なのは、消費者へのメッセージと行動の強化を継続していくことです。79%の消費者は「持続可能性を高めるための調査にブランドは出資すべき」と答え、83%は「ブランドが消費者を啓発していく必要がある」と答えています。
クマール:
広告業界は大きな経済社会の1つの機能にすぎません。そして、気候変動対策に対しても国によって「感受性」が異なります。それでも、持続可能性に対してあらゆるエージェンシーが並々ならぬ熱意を持っていることは間違いありません。もちろん、マーケターもよりいっそうこのテーマに注力し、持続可能な取り組みやブランド構築への出資を増やしていかねばなりません。
グールディング:
現時点ではそうした意識を感じませんし、持続可能性への取り組みを地道に行っているエージェンシーも一部です。アド・ネットゼロのような取り組みをAPACで大きな流れにするには、いくつかの対策が必要です。1つは、各エージェンシーに自社や市場に関する持続可能性報告書の提出を義務づけること。これは、各社のグローバルヘッドクォーターの規定に則った厳密なものでなければなりません。SDGsの明確な設定と測定が求められる国際基準に適合させることが肝要です。もう1つは、業界団体がイニシアティブを取って持続可能性を推進し、加盟企業に必要なサポートやガイダンスを提供すること。アド・ネットゼロと提携し、そのAPAC版をつくることも1つの策でしょう。
カントー:
企業は環境だけでなく、社会に与える影響についても責任を負わねばなりません。きちんと責任を負うことこそが、変革を生み出します。残念ながら、我々が目にするキャンペーンの多くは短期的なPRが目的で、長期的変革を促すものは少ない。APACでもこうしたムーブメントが起きて企業が気候変動により配慮し、透明性を向上させ、消費者が価値を共有できるブランドを見つけやすくすることが肝要です。
(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)