Campaign Asia-Pacificはこれまで、ダイバーシティ(多様性)とインクルーシビティ(包摂性)の報道に注力してきた。もちろんそれは、毎年6月のプライド月間にLGBTQIA+の特集を組むことではない。
今年7月には、アジアのテック業界で働く二人のLGBTQIA+のインタビューを掲載した。ゲイとトランスジェンダーを公にする両氏は、職場での経験や企業が包摂的環境をつくるための提言を積極的に語ってくれた。
この記事が掲載されると、複数の読者から「こういうストーリーをもっと読みたい」というリクエストが編集部に寄せられた。LGBTQIA+に対する企業の取り組みではなく、様々な個人の体験談を扱ってほしいというのだ。企業の方針の骨格を成すのは、やはり従業員一人ひとりの意見だろう。彼らと協働して立案することで、効果的な取り組みは初めて実現する。
そこで我々はアジア太平洋地域で働くLGBTQIA+へのインタビューをシリーズ化し、その実像をより的確に描くことにした。初回の舞台はタイだったが、今後は異なる国々に暮らす人々にスポットを当てていく。
一部のアジア諸国では、LGBTQIA+の権利は深く根付いた文化的価値観に左右される。このシリーズ企画にも様々な反応が寄せられるだろう。もしあなたや、あなたの周りの方々が自分の経験や意見をシェアしたいというのであれば、是非ご連絡をいただきたい。我々は常に、あらゆる方々の声を求めている。
今回ご紹介するのは、日本に住むフィル・ハウエル氏。動画配信のアドテク企業SpotXでオペレーションディレクターを務める同氏はゲイで、愛やセックスについてオープンな考えを持つ。これまでのほとんどを米国で過ごし、日本には2年前に移住した。LGBTQIA+として、二つの国での生活や職場環境の違いについて語ってくれた。
Q:テック業界で働くLGBTQIA+としての経験を教えてください。性的指向のせいで、これまで職場で不快な気分にさせられたことはありますか?
そうしたことは全くありませんでした。差別を受けなかったのは非常に幸運だったと思います。私が社会に出て仕事を始めた頃、上司にLGBTQIA+が何人かおり、彼らは自分たちの性的指向を公にしていました。私はまだ隠していましたが……。管理職である彼らのオープンな姿勢を見て、私もカミングアウトすることに不安を感じず、自信を持つことができました。
Q:テック業界は他の業界よりも包摂的だと思いますか? もしそうであれば、なぜでしょう?
アドテク業界で働いてきて、私はあらゆる国籍・民族・年齢・性的指向・社会層の顧客や同僚と関わってきました。そうした点では、この業界は実に多様な人々を包摂していると言えるでしょう。ただ、私は他の業界で働いたことがないので比較はできません。
Q:アジアでは、ダイバーシティという概念の中でLGBTQIA+が十分尊重されていると思いますか? ジェンダー不平等の問題は改善されつつある印象を受けますが、それはあくまでもダイバーシティの一側面に過ぎません。
私がこれまで長年暮らしてきた米国と比べれば、アジアではLGBTQIA+のためにできることがもっとあるように感じます。おそらく一番重要なのは、ダイバーシティという概念を一般の人々の間にもっと浸透させることでしょう。民族や国籍、宗教的理由などで実質的な差別を受けている少数グループはまだたくさんいますから。
Q:LGBTQIA+として、これまで職場で不快な思いをした経験は?
ありません。性的指向に関するジョークでも、純粋に楽しいものであれば全く気にしません。私は怒りっぽい性格ではありませんし。悪意さえなければ、誰でも私の性的指向について話す権利があると考えています。
Q:違う会社から仕事のオファーを受けたら、その会社のLGBTQIA+に対する姿勢を確認しますか?
いいえ、それは優先課題ではありません。新しい仕事を提示されたら、もっと考慮すべき重要な点が他にあると思います。私のアプローチは消極的かもしれませんが、会社の方からLGBTQIA+に関する考えを話してくれるのであれば、もちろん聞きたいと思います。
Q:日本でLGBTQIA+として生活することをどのように感じますか? また、APACの他の先進的な国、例えば台湾などと比較するとどうでしょう?
最初に日本で仕事を始めたときには、自分の性的指向を日本人の同僚に打ち明ける心構えはできていませんでした。人と知り合って間もない頃は、私は自分の性的指向を積極的に話すことはしません。同僚にはよく個人的に理解してから話したのですが、それまでと何も変わりませんでした。新しい多くの友人たちにも打ち明けましたが、否定的な反応は一切ありませんでした。
私の日本での経験が、他のアジア諸国でどれだけ生かされるかは疑問です。人口の面から見れば、アジアの他の国々には日本よりも多くのイスラム教徒がいます。宗教上の多数派の人々は社会政策に強い影響力を持ち、LGBTQIA+への差別解消を妨げるような空気を生むことがあります。LGBTQIA+運動の指導者たちが継続的な活動を行い、性的指向の異なる人々の権利を奪うような宗教・文化的側面を変えてほしいと願っています。
Q:APACには他国よりも寛容にLGBTQIA+のコミュニティーを受け入れている国々があると思いますか? であるならば、その理由は何でしょう? また、日本がそうしたレベルに達するには何が必要だと思いますか?
先ほど話が出たように、LGBTQIA+への寛容度で際立っている国々は台湾を初めいくつかあります。結婚や経済面での平等を実現する政策をその国が積極的に取り入れているか否かが、先進性の良い判断基準になるでしょう。私は台湾を訪れて、そこに住むゲイカップルとじっくり話し合ったことがあります。彼らは台湾政府から結婚証明書を授与されていました。彼らと話をして、台湾は平等を実現しようと大きな一歩を踏み出し、その努力を続けている印象を受けました。日本を含め、アジアの多くの国々ではまだそうした動きは見られません。ですから、これらの国々は先進的とは言えないでしょう。もっとも、文化・社会的概念が政策に常に反映されるとは限りませんが。
日本がアジアの先進的な国になるには、LGBTQIA+のリーダーや影響力ある人々が他者を尊重し、規律ある取り組みを継続的に行っていくことでしょう。さらに言うなら、結婚や経済面での平等の実現に注力し、LGBTQIA+が差別から守られる法的保護を確立させる必要があります。
Q:LGBTQIA+に対する認知は広がっています。これまでどのような面が進展したと思いますか(例えば、メディアでの露出の増加など)? また、足りない面は何でしょう?
『ル・ポールのドラッグ・レース(Ru Paul’s Drag Race、ドラッグクイーンがホストをする米国のテレビショー)』などはLGBTQIA+のコミュニティーにとって進歩の象徴だと思います。あの番組はメジャーになって、あらゆる階層の人々の間で人気が出た。エンターテインメント −− 特に、LGBTQIA+が直面する課題や苦悩をよく考慮したもの −− を通じて文化に影響を与えることは、寛容な社会をつくるためのポジティブな方策でしょう。もし一般の人々がLGBTQIA+に対して寛容ならば、目指すゴールは平等の確立です。しかし、LGBTQIA+の声を紹介するのは往々にしてマイナーなメディアに限られてしまう。社会を本当に進歩させるのであれば、LGBTQIA+のリーダーたちは様々なオーディエンスに届くメディアで意見を発信するよう努めるべきです。
Q:企業がより包摂的な環境をつくるために、どのようなアドバイスをしますか?
まず第一歩は、オンラインでのメッセージを増やすことだと思います。特に重要なのは、企業のメインのウェブサイトですね。オンラインのメッセージはその企業の第一印象になりやすいので、ポジティブなメッセージを早い段階から発信することが肝要です。企業が自社サイトで定期的にダイバーシティをテーマとして取り上げれば、就職希望者に企業文化を理解させることができ、多様な人材を集めることにもつながるでしょう。
Q:それぞれの国や職場でLGBTQIA+の平等性を高めるために、政府や企業が果たせる役割はもっとあると思いますか?
両者とも重要な役割があり、互いに影響し合いますが、政府の役割の方が大きいと思います。政府がつくる法律が企業の取り組みを義務化し、公正さの実現を確かなものにしますから。それに比べれば、企業の権限は政府ほどではありません。
国の政策が及ぼす影響は職場にとどまりません。同性と結婚できたり、特定のグループに経済的恩恵を与えたりできるのも政策です。こうした点で企業は直接的な役割を果たせません。それでも企業はLGBTQIA+の従業員に寄り添った職場環境の改善や、政策の推進ができる。しかし、こうした変革の実現に責任を持つのはあくまでも政府です。
LGBTQIA+の方々の経験は、皆それぞれ異なるでしょう。Campaignは、様々な声を広く募集しています。特定の国々ではLGBTQIA+に関して語ることは微妙な問題なので、匿名の投稿も心から歓迎致します。編集部へのお問い合わせはこちら、記事に対するフィードバックはこちらからお願い致します。
(文:ジェシカ・グッドフェロー 翻訳・編集:水野龍哉)