ブランドは、フォース・フォー・グッド(社会正義を推進する力)になるべきだとする議論がかつてないほど高まるなか、P&Gでマーケティング部門の最高責任者を務めるマーク・プリチャード氏は、時々何が大事かを明確にする必要性を感じているという。
「社会正義を推進する力になるには、成長を推進する力も必要だ」と、プリチャード氏は3月1日、スパイクスアジアの聴衆に語りかけた。「なぜなら、社会正義を推進するだけで成長しなければ、単なる慈善事業になってしまう。慈善事業はもちろん素晴らしいことだが、私たちは営利企業なのだ」
プリチャード氏は。以前にも同様のことを語っていた。ビジネスで成長できるブランドこそが、コミュニティや公平性、インクルージョン(包摂性)、環境などを改善し、消費者が期待するような好循環を生み出すことができるというのだ。
だが、これを実現するにはクリエイティビティが重要だと、プリチャード氏は、Campaign Asiaのマネージングディレクター、アティファ・シルクとの対談で述べ、マーケットで大きなディスラプション(創造的破壊)が起きている時代には特にそう言えると強調した。
プリチャード氏はこの対談の中で、リニアメディアの衰退、デジタルメディアの急拡大、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)、メタバースなど、さまざまなテーマについて語った。OTTストリーミングサービスの台頭は、ブランデッドコンテンツの「ゲームを変えた」とし、P&Gスタジオズでは、今の時代に即した「新しい映像作品」を制作しているという。またeコマースも、P&Gが「本格的に参入したばかり」の分野だが、メディアとコマースの融合によって全世界の事業の14%がeコマースを通して行われるようになったと明かした。
「今後数年間、数多くの大きな変化が見られるようになるだろうが、その基盤となるのはクリエイティビティだ。クリエイティビティが企業を動かし、ブランドを動かす」と、プリチャード氏は指摘する。
「ディスラプションは至る所で起きている。ディスラプションに対処する最適な方法は、先んじて取り組むことだ。その上で、建設的な方法で取り組むことで、市場の創出やカテゴリーの拡大が起こり、イノベーションとクリエイティビティが実現する。私たちは常にこう考えている。そしてそのために、消費者が求めていることに焦点を当て、従来よりもクリエイティブなやり方で物事を実現する方法をいつも探している」と、プリチャード氏は続けた。
困難はチャンスに変えることができると言うプリチャード氏は、潜在的な問題を優れたマーケティングに転換した、アジアのクリエイティブの事例を数多く取りあげた。例えばベトナムでは、商品名の「head and shoulders」が現地の人にとっては発音しにくいことを逆手に取って、現地の人のさまざまな発音例を紹介するキャンペーンを展開し、インドネシアで実施した同様の自虐的キャンペーン(以下の動画)に続いて、ブランドエクイティと認知度を大幅に向上させることに成功した。またインドでは、「ジレット」が、若年男性向けにゲームに役立つツールを提供することで、新規のオーディエンス層にリーチし、「パンパース」が、アプリの「Pampers Baby World」をリリースし、子育て情報を提供することで、子育て初期の親たちに商品をダイレクトに販売する取り組みを始めているという。
サステナビリティとDEI(多様性、公平性、インクルージョン)の進展を後押しする
だが、公平性やインクルージョン、そしてサステナビリティに関する期待が高まるなかで、社会正義と成長の両方のニーズに確実に応えるためには、クリエイティビティとイノベーションが非常に重要であることが一層明らかになってきたと、プリチャード氏は見ている。
真の意味でのサステナビリティを実現するには、「サステナブルでありながら、圧倒的な優位性を持つ」製品を作り出すしかないと、プリチャード氏は話す。なぜなら、消費者は環境に優しければ性能を犠牲にしてもいいとは考えないからだ。洗剤ブランドの「アリエール」の冷水洗剤ポッドはその最たる例で、温水でなく冷水でも効果のある洗浄酵素によって冷水での効果的な洗濯を可能にし、エネルギー使用量を90%削減した。また、併せてプラスチック包装材を減らす取り組みも行っているという。
しかし、サステナブルな包装への移行であれ、公平性やインクルージョンへの取り組みに関するメッセージであれ、消費者が最も懸念しているのは、大手消費財メーカーの動きが必ずしもスピーディーではないということだ。プリチャード氏もほんの数カ月前、P&GのDEIへの取り組みについて、「まだやるべきことは多い」と率直に語っていた。
さらに、プリチャード氏はスパイクスアジアでの対談で、P&Gがメディアとクリエイティブのサプライチェーンの中でどのように公平性を推進しているのかについて説明した。P&Gの社内では、男女比が「ほぼあらゆるレベルで」50対50に近づいており、エージェンシーにも同様の取り組みを期待しているが、ほとんどは「かなり適正な状態にある」という。一方、クリエイティブ部門はまだやるべきことがあると、同氏は話す。北米や南米では、クリエイティブ部門の女性割合を50%にするという目標はすでに達成されているが、アジアではまだ、35%が目標であり、今年中にこの目標を達成した上で、最終的には50%を目標にしたいという。また、P&Gの各ブランドがこの目標を実現できるよう、エージェンシーも支援してくれていると称えた。
「こうした取り組みを行い、クリエイティブ部門やメディア部門などのサプライチェーン全体で平等が実現すれば、私たちが目指している正確な描写も可能になる」と、プリチャード氏は期待する。「私たちは、広告の中で女性や少女を正確に描きたいと考えている。性別、アイデンティティ、人種、民族、性的指向、宗教、年齢などに関係なく、すべての人々を正確に描きたいと考えている」と話す同氏は、その例としてアリエールの「Share the Load」キャンペーンを挙げ、また、衛生用品ブランドの「ウィスパー」が、生理への偏見をなくし、少女が学校に通い続けられるようにすることを称賛するキャンペーンについても言及した。
「これはビジネスにとっての正義だ」と、プリチャード氏は話す。「人々が自分自身を見つめられるようになり、ブランドが自分のことを理解して正確に描写し、決してステレオタイプに囚われず、キャラクター化したり、矮小化したりしていないことがわかれば、彼らはそのブランドを信頼するようになる」
だが、話を最初のテーマに戻したプリチャード氏は、表層的な表現に取り組むだけでは、ブランドが消費者と本当の意味でつながることはおそらく困難だろうと指摘した。
「クリエイティビティは、あらゆるものを次のレベルに引き上げてくれる。それが、私たちがエージェンシーのパートナーに求めていることであり、自社のブランドチームに求めていることだ。そしてアジアで、そのような取り組みが実現しているのを見て、私はとても嬉しく思う」と、プリチャード氏は締めくくった。