多くの人たちが、メタバース経済はどのくらい「リアル」なのか、マーケティング業界にどのような現実的影響を与えるのかを議論しているなか、TBWAアジアでは、最新のクライアントの一つから、これまでにない仕事を依頼され。メタバースというスペースでエージェンシーの役割がどう進化できるのかを目の当たりにしている。
非上場のベンチャー企業であるアルタヴァ・グループ(Altava Group)は、アジアで起業し、アジアに本拠を置いているが、米国やヨーロッパでも事業展開をしており、他に類を見ないくらいメタバースに熱心な企業だ。
創業者は、シンガポールで事業展開する、韓国ソウル出身のビデオゲーム開発者、アンディ・クー氏だ。アルタヴァの狙いは、「メタバースでラグジュアリーファッションとそのリテールを民主化すること」だ。そのために行っていることは、ブランドのバーチャル体験のカスタマイズ(フェンディのバーティカルサマーカプセルコレクションのために制作したバーチャル試着アプリや、ブルガリの宝探しゲームなど)や、ファッションや音楽、ライフスタイルアイテムなどの多様なNFTを販売するデジタル・マーケットプレイス「アルタヴァ・マーケット(Altava Market)」の開発などだ。また、これと連携してソーシャルコマース・プラットフォームとしても機能する、ゲームの新アプリ「アルタヴァ・ワールズ・オブ・ユー(Altava Worlds of You)」の開発も行っている。
この新アプリは最近韓国でリリースされたばかりだが、2021年12月末には中国で、2022年1月には東南アジア(マレーシア、インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン)でも提供が開始され、その後グローバルに展開される予定だ。アプリではプロフィールと好みのアバター(自分と似ていても似ていなくても構わない)を作成し、それを各自のクリプト(暗号通貨)ウォレットやアルタヴァ・マーケットに連携できる。それによって、ユーザーはNFTのファッションアイテムを購入したり、アプリ内でそれを試着したりできる仕組みだ。このプラットフォーム上で新しい「バージョンの自分」となって人と交流するのもいいし、既存のソーシャルメディアチャネル上で共有してもいい。
ユーザーは、自分のアバターに合わせて、シューズやバッグ、洋服をあれこれ試したり組み合わせたりしながら、そのままアプリ内でバーチャル版製品を購入することもできるし、ブランドのネットショップに移動して「現実世界」の実物を購入することもできる。
デジタル・マーケットプレイス上で、バーチャルのファッションアイテムを販売するのはアルタヴァだけではない。ライバルはいくらでもいる。ザ・ファブリカント(The Fabricant)のような新進のデジタル・ファッションハウスもブランドと提携し、バーチャルアイテムを無料配布し、自分のバーチャルスタイルを試着できる仮想空間を提供している。また、それ以外にも、さまざまなバーシャル・ファッションアイテムを販売するデジタルファッション小売企業がある(常にではないが、実物より安価なことが多い)。ドレスト(Drest)のようなゲーム的要素を持ったマーケットプレイスも存在する。
アルタヴァの差別化要因の中核は、さまざまなブランドで構成されたアセットと独自のテクノロジーを持っていることだ、と同社は説明する。
「私たちにはラグジュアリーブランドが集結した巨大なデジタルライブラリがある」と、アルタヴァ・グループで米国担当責任者を務めるカリーナ・チャー氏は言う。「何年もかけて蓄積してきたデジタルアセットは1500に迫っている」という。現在40のブランドがアプリで利用できる。
チャー氏が「何年もかけて」と語るように、同社の歴史は、このスペースに参入して間もない他の企業よりもはるかに長い。アンディ・クー氏が最初の会社を創業したのは2007年で、その会社はアバターをカスタマイズできるソーシャルゲームを主な事業としていた。そしてクー氏は、ユーザーがアバターを着飾るためにどれほどお金を費やしているかに気がついた。それで2012年からは著名デザイナーのファッションを導入しようと熱心に取り組み、ファッション業界に精通する人材を社員に迎え入れるなどしてきた。アルタヴァの前身企業アンマテリアリティ(Unmatereality)で中心的な役割を果たしていたプラットフォームアプリ「エイダ(Ada)」は、現在「ワールズ・オブ・ユー」に継承されている。
アルタヴァによれば、ハイファッションとの接点は有効だった。同社がラグジュアリーファッションブランドと交渉した際、真のセールスポイントとなったのは、その技術だった。ソフトウェア技術者が、細部にまで配慮し、異なる布地や素材がさまざまな条件下でどう動くのかという点に徹底してこだわった結果だ。この技術は今、同社アプリで販売されている各ファッションアイテムにも活かされている。
チャー氏は「アイテムのハイ・フィデリティ3Dレンダリングには写真と見まがうようなフォトリアリズムがある。私たちの技術が優れているのは、他社にはないマルチレイヤーシステムを採用しているからだ」と語る。「他社の場合はたいてい、たった1枚のスキンでしかない」
TBWAアジアで、アルタヴァ担当チームを率いるメリッサ・ヒル氏は、「これはファッションの話なので、ディテールがものを言う」と述べ、アルタヴァの細部へのこだわりの一例として、ファッションイベント「メットガラ」向けの「ボーグ(Vogue)」誌のプロジェクトを挙げた。このプロジェクトでは、プレシャス・リーやジョアン・スモールズを含む6人のモデルのリアルな3Dアバターを作成し、読者がレッドカーペット上のモデルたちを360度どこからでも見られるようにしていた。
ブランドがメタバースで、消費者とどうエンゲージしたいのかを正確に把握している者はほとんどいない。だからこそアルタヴァは、並行して複数のブランドと提携している。体験をカスタマイズしたいブランドもあれば、メタバースで客に試着してもらい、物理的な商品をより多く売り上げ、返品をできるだけ減らしたいと考えるブランドもある。ユーザー(男性も多く含まれる)とバーチャル製品の組み合わせに関するデータに、価値を見いだすブランドもある。また、NFT市場で自分たちのブランドがどのくらい通用するのかに関心を抱くブランドは多い。
TBWAアジアのイノベーション部門を率いるテッサ・コンラッド氏は、「彼らの取り組みが非常に優れているのは、本来マーケティングがそうであるべきかたちで、メタバースを構築している点にある。つまり全方位に開かれているのだ」と述べ、「ファネルではない。入り口はNFTでもいいし、メットガラで採用されたテクノロジーでもいい。それらに興味がなく、ただゲームを試してみたいというだけでもいい。エントリーポイントはたくさんある。それでも相互接続性は形成され、そのまま拡大し続けるのだ」と説明した。
未来を構築
TBWA側から見れば、アルタヴァのようなクライアントがもたらしてくれる継続的な成長と学びの機会は、コンペで勝利を収めることや、アプリのマーケティングを受託するといった商業的側面よりも価値が高い。TBWAでは、アルタヴァの異業種企業とのパートナーシップ推進支援だけではなく、同グループが持つテクノロジーやトークン、NFTなどの広範な技術要素やアプリのさまざまなコンポーネントの研究も行っている。
コンラッド氏によれば、クリエイティブ制作はテスト&ラーン形式で進められ、「ビッグアイデア」を掲げたキャンペーンは実施しないようだ。バナーと連動しながら、有料のソーシャルコンテンツとオーガニックコンテンツでファンを惹きつけると同時に、データを駆使して価値を確実に高めることを目指していくという。アルタヴァをサポートするなかで関係性が高まれば、同社自体のスキルも向上し、向上心に満ちた若者を中心に優秀な人材が維持できるのではないかと、コンラッド氏は期待を寄せている。
「私たちのビジネスモデルを進化させる絶好のチャンスだ。シナジーを求める際に、イノベーションを本格的に推し進めてくれるクライアントに出会えることは希少な機会だ」とコンラッド氏は話す。また、アルタヴァとメタバースに関して話し合う内部チャネルは、メタバースの絶え間ない変化が始まって以降、やり取りが最も活発なグループのひとつになったという。「おかげで、常に気を引き締め、考えることを迫られている」
TBWAがアルタヴァとの取り組みで大きな期待を寄せているのが、ファッションを「民主化したい」というアルタヴァの願いを反映した自律分散型組織(DAO)を立ち上げることだ。この計画は、誰がアプリを使い、そこで何をしているかを基にした顧客情報を得るだけでなく、テクノロジー、ゲーミング、ファッション全般にわたるコミュニティを構築することにある。それは、我々がアプリ制作とアルタヴァの事業成長に参画する機会を増大するだろう。そこでは、ブランドやインフルエンサー、ファッションアイテムなどの扱いがすべて投票にかけられ、「コミュニティの評議会」で議論され、決定されることになる。
TBWAは、その他のクライアントとの連携でも興味深い機会を得られそうだ。コンラッド氏は「NFTやテスト&ラーン、バーチャルインフルエンサーなど、私たちとメタバース関連の仕事を検討しているクライアントは数多くある」と話す。また「我々は、アルタヴァ・ワールズ・オブ・ユーが、それらのクライアントのローカル市場でリリースされる際、それをクライアントにとって素晴らしい場にする方法についても積極的に議論している」と述べている。
「彼らが構築しているのはまさに未来であり、心から楽しみだ」とコンラッド氏は語り、「Web 3.0がやってくる」と言い添えた。