ワイデン+ケネディ(W+K)東京のMDを務めていたジョン・ロウ氏がポートランド本社に新設されたポストに栄転した。後任は同社ロンドン事務所でナイキの欧州・中東・アフリカ市場担当アカウントディレクターを務めていたライアン・フィッシャー氏だ。
2015年3月に東京事務所MDとなったロウ氏はグループのブランドディレクターに就任。同社にとってナイキに次ぐクライアントとなるサムスンを担当する。「本社が再編となり、社内にたくさんの“ポッド”ができた。そのために新設されたポストです。ポッドとはエージェンシーの中のミニ・エージェンシーのようなもの。各々にP&L(損益計算書)があります」と同氏。
ロウ氏の在任中、W+K東京は売上も社員(現在は75名)もほぼ2倍に伸びた。具体的な売上高は社の方針によって公表されていない。核となるクライアントはナイキだが、最近ではアウディとイケアも獲得。資生堂とスポティファイのブランディングも担当した。韓国での仕事量も増えており、「来年の総売上高は25%ほど増える見込み」(ロウ氏)だとか。
フィッシャー氏はW+Kに12年間在籍。2014年FIFAワールドカップの際にはナイキを率い、その準備のためブラジルで2年間を過ごした。「2020年東京五輪へのアプローチを考えれば、今が新たなリーダーシップへの移行に適切な時期」とロウ氏。
W+K東京は現在、五輪スポンサー企業とは協働していない。だがフィッシャー氏は「五輪はエキサイティングなビジネスチャンス」と話す。「向こう半年で各企業は五輪に向けて何をするのか、あるいは何もしないのかという結論を出すでしょう。ブラジルで五輪とW杯を迎えた経験から言えば、多国籍企業はスポンサーであるなしにかかわらず『存在感を見せねばならない』と考えるはず。非スポンサー企業にとっても、大会までの期間と大会後の半年が極めて重要になります」。
フィッシャー氏は日本での仕事経験はないが、ロンドン事務所に参画後すぐにホンダを担当した。それを契機に日本と日本文化への強い興味が芽生えたという。この業界に入る多くの欧米人がそうであるように、同氏も日本の美学やものづくり、デザインに対する感性に魅了された。「広告だけではありません。普段身の回りにある全てのものが、世界のどの国よりも綿密に考えられている。その背景や、ものに対するデザイン哲学を是非理解したいのです」。
同氏は仕事の上で、W+Kのモットーである「毎朝、バカになって出社すべし(Walk in stupid every morning)」という言葉を信奉する。「『禅の心は初心者の心』という教えに共通するところがあります。私がMDとして東京に来たからといって、全ての答えを用意できているわけではありません。好奇心を持つことが最も大切。旺盛な探究心を持ち、自問を続けていきます」。
「肩書きや序列はまったくどうでもいいこと。最も肝心なのは仕事のクオリティーです。私がここに来た使命はビジネスを伸ばすためではありません。素晴らしい仕事をするため。そのための最善の手段はコラボレーションです。スタッフが成長し、才能を開花させ、そして新たなアプローチを見つけられるよう彼らに“スペース”を与えることです」
ロンドンでは、他分野で活躍する若い才能を発掘するW+Kのプログラム「ケネディーズ」を先導した。また実験的なプロダクトを開発するなど、新たなベンチャービジネスも牽引。「非常に困難でしたが、実に興味深いものでした。プログラムの主眼は学習すること。完成させたプロダクトから何を学べるのか。今は新しいプロダクトを市場に導入する過程にあります。著作権をどうするのか、ハードウェアやソフトウェアはどうつくるか、どのように市場で売り、コミュニティーをどうつくって育てていくか……そうしたこと全てに取り組んでいます」。
若手の育成もプロダクトの開発も、最も優秀でクリエイティブな人材を業界に呼び込み、惹きつけておく術を把握する上で重要だという。「今の23歳以下の若者たちにとって、選択肢は『ほかのどのエージェンシーで働くか』ではなく、『どのスタートアップで働くか』です。すなわち『グーグルか、フェイスブックか』。我々のプログラムに参加する者は『W+Kか、チームラボか』なのでしょうが」。
ロウ氏は、「日本でのW+Kのイメージはどちらかというと一定ではない」と話す。「ですから事業拡大で人材の採用が容易になりました」。ワーク・ライフ・バランスの改善も掲げており、過去4年で社員の時間外労働を50%削減したという。
「クオリティーという点で、我々は社員からより多くのものを引き出しています。労働時間を短縮しつつも、生産性が上がった。事業を拡大し、同時にクオリティーの高い仕事をするために社員を馬車馬のように働かせる必要はありません。その両方を我々は達成してきましたが、東京事務所は必ずしもそうではなかった」
ケネディーズへの女性の応募者は、前年の20%から今年はほぼ半数近くまでになった。募集ツールの作成に女性コピーライターを起用し、より直接的に女性をターゲットとした結果だ。「全てのプロセスをより親しみやすく、受け入れられやすいものにしました」。
一方で、今の日本では多くの人々が個人、あるいは少なくとも小規模のグループで働くことを好むようになったことも理解する。「最も優れた作品は個人やフリーランサー、あるいは2〜4人の小さなチームが生み出しています」とロウ氏。その例として東京のプランニング・ブティック「ワトソン・クリック」や、著名なパーティー(Party)を挙げる。「彼らはいまだに小規模ですが、非常に誠実で、仕事のクオリティーの高さを目標に掲げています」。
そして同氏はこのように締め括る。「才能豊かな人々は、自分の思うがままに働きたいと考えるものです」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)