Gideon Spanier
2018年9月12日

WPPリード氏:「クライアントが、クリエイティブエージェンシーの『本質的な』変化を導いている」

WPPの新しいCEOは、クライアントのニーズの変化によってクリエイティブエージェンシーの役割が「本質的に」変わりつつあるとし、同社がどのように対応しているのか、例を挙げて説明してくれた。

マーク・リード氏
マーク・リード氏

マーク・リード氏によれば、オグルヴィ、JWT、Y&R、グレイといったWPPの主要エージェンシーの業績向上は「ビジネス上の優先課題」だ。

だがクリエイティブエージェンシーがAOR(指定広告会社)のような、リードエージェンシー(経営やマーケティングの根幹を担う中心的なエージェンシー)としての地位を獲得するのは難しくなるだろうと話す。

「クリエイティブエージェンシーがリードエージェンシー的な役割を担ってきた、などと言われますが、正直なところ、本当にこれまでそうだったのかは疑わしいですね」

だが、どんなエージェンシーがリードエージェンシーやAORであるべきかという点で、「今日のクライアントは違う見方をしていると思う」とも語る。

ワンダーマン(Wunderman)でグローバル・チーフ・エグゼクティブを務めたリード氏は、クライアントのニーズに対し、どんな点でWPPのクリエイティブエージェンシーの役割が縮小あるいは変化してきたのか、例を挙げて説明してくれた。

リード氏の、クリエイティブネットワークの将来性についての弱気な見方は、投資家向けのプレゼンテーションの場でも主なテーマであった。そこで彼はエージェンシーを取り巻く環境や、エージェンシーを統合し、同じビル内にWPP傘下のエージェンシーをまとめ、クライアントのオフィスに人員を送り込むことのメリットについて詳細に語った。インハウス(クライアントの社内)のクリエイティブやマネジメントコンサルタント業界からの脅威についても触れた。

投資家は、クリエイティブエージェンシーが直面する問題を問う

WPPの業績報告によれば、クリエイティブエージェンシーはメディアエージェンシーと比較すると、特に北米で「依然として厳しい」環境にある。メディアエージェンシーは今年上半期、「大幅に業績が向上」した。おそらくこれは、メディアバイイングの透明性に関する疑念が薄らいでいることを示している。

アナリストたちは壇上のリード氏とポール・リチャードソン氏(WPPグループのファイナンスディレクター)に対し、クリエイティブエージェンシーとメディアエージェンシーが財務実績において「両極化」したことについて、たびたび質問を投げかけた。

WPPグループは、クリエイティブとメディアの両エージェンシーを、広告・メディア投資管理部門にひとまとめにしているが、同部門の今年上半期の純売上高は0.8%減だった。2017年にも、同じような下落をしている。

リチャードソン氏はこう語る。「(クリエイティブ)ネットワークとメディア(エージェンシー)の間には違いがあり、地域により大きく異なります。特に競争の激しい地域では、それが最も顕著だといえます」

メディアの収益が伸びている一方でクリエイティブのそれが落ちているが、リード氏によれば、その動向は「プラス1とかマイナス1といった程度では表せないもの」なのだとか。

クライアントは、従来のクリエイティブとは別のものに予算を振り向けている

リード氏によれば、従来からのブランド主導のクリエイティブは、一部の広告主にとって重要度が低いものになってきている。彼らはより広範な顧客体験や、eコマースや顧客関係管理などといった関連分野に目を向けている。

つまりブランドは、テレビCMのようなブランド主導の広告に使う予算を減らしてきているのだ。

「これは単に、広告のボリュームや価格の問題ではないでしょう」とリード氏。クライアントは、代理店に支払うマージンの引き下げばかりを考えているわけではないという。

「もっと本質的な問題です。クライアントの考えはこうです。『10ドルで実施しているものを、6ドルで行うようにしたらどうだろうか。テレビ広告費を20%削り、広告も3分の1削るのなら、エージェンシーに払うお金だって3分の1削ってもよいのではないだろうか』」

リード氏によれば、WPPは市場展開のやり方を変えることで一定の成功を収めてきた。最近シェルが、グローバルクリエイティブアカウントの見直しを行ったが、そこで引き続きアカウントを獲得した点にも触れている。

「クリエイティブピッチの視点から見て面白いのは、この事業がJWTによる、ほとんど広告事業と言ってもいいものであったことです」とリード氏。

「我々は、ブランド主導のアプローチをとるJWTから、もっと顧客体験を軸としたアプローチをとるワンダーマンに、エントリーポイントを変えたのです。これがクライアントの共感を呼び、クライアントが今後求めるものをWPPグループがどう提供できるか、示すことになったのではないでしょうか」

クライアントの予算が新しい領域に振り向けられている別の例として、WPP傘下の他エージェンシーが持つ、アマゾンやアリババのようなeコマースプラットフォームの知識が、メディアコム(MediaCom)のマース(Mars)のグローバルメディアアカウント獲得につながった、とリード氏は語る。

クリエイティブエージェンシーの役割は、本質的に小さくなっている?

オグルヴィやJWT、Y&R、グレイは過去に激しい競争を繰り広げてきたが、これからはもっと協力し合うべき、とリード氏。これもまた、クリエイティブネットワークがリードエージェンシーやAORであることを謳歌する日々の、終わりが近いかもしれないことを示唆している。

では、シェルやユニリーバの例をふまえると、クリエイティブエージェンシーの役割は本質的に小さくなっていくと見ているのだろうか。

「イエスともノーとも言える」とリード氏。「クリエイティビティーやアイデアは、クライアントにとって重要なもの。素晴らしいアイデアを持った強力なクリエイティブエージェンシーは、これからもとても重要な存在でしょう。しかし今後クライアントが興味を持つのは、それだけではないのです」

「クリエイティブエージェンシーがリードエージェンシー的な役割を担ってきた、などと言われますが、正直なところ、本当にこれまでそうだったのかは疑わしいですね。でも(どんなエージェンシーがリードエージェンシーやAORであるべきかという点において)、今日のクライアントは違う見方をしていると思います」

WPPはさらなるエージェンシー統合に動くが、クリエイティブ同士や、クリエイティブとメディアの統合はしない

この1年半でかなりの数の子会社を整理したWPPは、傘下のエージェンシーの統合をさらに予定している。

WPPには400のエージェンシーブランドがあるという指摘は、会社の運営方法を反映するものではないと話すリード氏だが、「抱える企業やブランドの数が多過ぎるようです。事業の統合の方法を考える必要があります」

リード氏は、クライアントにとって利用しやすいWPPになるべきとし、ワンダーマン経営時の経験を生かすことができそうだと話す。

「(ワンダーマンで)成功を収めることができた理由のひとつは、クライアントに対し、どのようにクリエイティブなものを作ることができるかを提示しただけでなく、それを見せるプラットフォームを作るのに必要な技術も示すことができたからです。いろいろなブランドを扱いましたが、それで混乱することはあまりありませんでした」

どのような統合を計画しているのかという質問に対しては、「クリエイティブエージェンシー同士、あるいはメディアエージェンシー同士を統合するというのは、良い考えだとは思えません」と語った。

クリエイティブ部門とメディア部門の資産を統合するのも良いこととは思えない、とも。独立した強力なメディアネットワークを維持する一方で、メディアコム、マインドシェア(Mindshare)、ウェーブメーカー(Wavemaker)、エッセンス(Essence)といったWPPのメディアエージェンシーは「互いに離れていくのではなく、もっと距離を縮めるべき。テクノロジープラットフォームやツール、(持ち株会社であるGroup M内での)取引などをシェアする必要があるからです」と語る。

「事業の成長が見込めるよう、グループの構造を考えるのが好きです。それは、持てる能力を違った形に組み合わせ、ブランド内のすべてのサービスにクライアントがアクセスできるようにすることかもしれません」

リード氏は「どの部門のどんな統合になるのかを推測」するようなコメントは控えるとした。

ワンダーマンとJWT、VMLとY&Rのような組み合わせは「考え得る中でも最高の素晴らしい組み合わせ」と語るのは、ピボタルリサーチグループのシニアリサーチアナリスト、ブライアン・ウィーザー氏だ。

「100年続いている名前だからといって、もうそれが、必ずしも何か特別な意味を持つというものではないのです」

WPPは将来、数百というより「数十」のエージェンシーから構成されるようになると、ウィーザー氏は見ているとか。「何もかもがピュブリシス・ブランドになってしまった、ピュブリシスのような道を辿る事はないでしょう」

機敏でクライアントとの距離が近く、ミレニアル世代の人材を引き寄せる存在に

リード氏は4月に暫定的な代表に就任して以来、WPP傘下のエージェンシーが同じビルにオフィスを構えて協力関係を深めることや、クライアントのオフィスに人員を置いてブランドとの距離を縮めたり、機敏に動けるようになることの大切さを説いてきた。

こういった新しい仕事の場は、ロンドン中心部の「ソーホーのように魅力的というわけにはならない」かもしれないが、違うマインドセットを必要とするという。アクセンチュアのように新規参入してきた人々なら、躊躇なく楽しんでやり遂げるような類のことだという。

WPPなどのエージェンシーグループは、アクセンチュアなど大手コンサルティング会社によるマーケティングサービス市場参入の脅威にさらされているが、コンサルティング会社の動機や能力については懐疑的だ。

「彼らにとって重要なのは、3.5倍の賃金で人員をクライアントのオフィスに常駐させ、クライアントから離れなくなること。コンサルティング兼インハウスをひそかに進める、ということなのです」とリード氏。

インハウス、つまりブランドが自分たちでマーケティングや広告事業に取り組むのは最近のトレンドだが、それがWPPにリスクをもたらしているとは考えない。

「クライアントが、安いからという理由でそうしているとは思いません。自分たちの方が、良い仕事ができると考えているからでしょう」とリード氏。特にデジタルメディアバイイングにおいては、「それが本当にその通りかどうかは、時が経てば分かるでしょう」とのこと。

「果たしてどのくらいの数のクライアントが、技術要素を駆使し、数多くのテクノロジープラットフォームを統合させながら、プログラマティックメディアビジネスをうまく運営していけるものでしょうか」

また、「彼らはいつだって新しく人を雇い、事業を始められます。でも、その新しい人材にキャリアパスやキャリア開発を提供し、新たな雇用に結びつけることができるかどうかは不明ですね」とも。

「WPPは人材獲得において、グーグルやフェイスブックと厳しい競争を強いられているとお考えですか? ではもしあなたが、WPPほどの魅力が無い、別分野のビジネスをやっているとしたら、いかがでしょうか?」

(文:ギデオン・スパニエ 編集:田崎亮子)

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