10万人の従業員を擁する世界最大のエージェンシーグループ、WPP。6月末に開かれた投資家向けオンライン説明会で、経営陣は以下のように語った。
「WPPは他の主要エージェンシーと比べ、ESG(環境・社会・ガバナンス)戦略で優位性が高い」。「レスポンシブルマーケティング(責任あるマーケティング)は、クライアントと優秀な人材を集める上でますます重要になっている」。この日の議題は、「計り知れない需要がある」ESG戦略一点に絞られた。
リードCEOはCampaignのインタビューに応え、「具体的な数字を上げるのは難しいが、気候変動や人種平等、プライバシー保護、レスポンシブルマーケティングといった分野でのクライアントとの協働は莫大な収益の可能性を秘めている」と言及。
「我が社のクライアント上位30社との仕事は、そのほとんどがESGが中核。自動車メーカーならば電気自動車だし、食品メーカーならば製品ラインアップの適正化。それらすべてがマーケティングに関係しているわけではありませんが、企業が消費者とコミュニケーションをとる上で、ESGはますます重要な要素になっています」
社会正義の実現
あらゆる主要分野にクライアントを持つWPP。だが、「価値観を共有しない企業からの仕事の依頼はこれまで断ってきた」とリード氏。
「例えば、エネルギー業界の企業との協働はなかなか難しい。それでも、化石燃料を減らしてサステナブルな資源を活用するエネルギーの転換事業ならば、我が社にも果たせる役割があります」
「レスポンシブルマーケティングという視点は、常に考慮されねばならない。マーケティング活動や取り扱う製品が社会に及ぼす影響を企業は無視してはなりません。こうした方針は我が社にとってますます重要になっている」
そんななか、事業の根本的な変革を模索するブランドはますます増える傾向にある。
「自社製品に責任を持ち、それらがどのように使用されているかまでフォローするクライアントが増えています。我が社のレスポンシブルマーケティングと相まって、社会的に好ましくない仕事の依頼は減っていくでしょう。それでもそうした仕事を頼まれれば、ノーと言わざるをえません」
ESGは、多くの課題をあぶり出すきっかけにもなった。その要因は、「WPPもこの業界も政治や社会、環境といった様々な分野で変革の中心にいたから。コロナ禍で、悪い方向に変わったケースが多いですが」。
「気候変動、人種平等、プライバシー保護、レスポンシブルマーケティング……どの課題でも、我々は中心的役割を果たしてきた。クライアントも同様です。だからこそESGは我々にとって重要であり、正しく機能させる必要があるのです」
業績向上とESGは矛盾せず
クライアントがESGを重視する理由は何か。リード氏はそれを3つ挙げる。まず、「価値観を共有する企業との協働を望んでいる」。次に、「製品が成功するための助言を求めている」。その好例として同氏は、ユニリーバとワンダーマントンプソンが開発した障がい者向けデオドラント製品を挙げる。これは、今年のカンヌライオンズのイノベーション部門でグランプリを獲得した。そして3つめは、「自社の活動や指針を消費者に明確に伝えたいから」。
さらにESGは、人材面においてもWPPにとって重要だ。「誰でも価値観を共有する企業で働きたいと考えるので、ESGを真剣に考慮する。そして我が社は、クライアントに最高のサービスを提供するため、最も優れた人材を確保しなければなりません」。
「クライアントも我が社の動きを注視しています。うちのチームには多様性がある。多様性は最近、クライアントが特に重視するポイントです。そして、協働の結果が社会にどのような影響を与えるかも考慮する。例えば、環境面。我が社がネットゼロ(温室効果ガスの排出量から除去量を差し引いてゼロにすること)を誓約した理由も、そこにあります」
「ビジネスパフォーマンスの向上とESG戦略は矛盾しない。むしろ密接な相関関係があります。ESGに適した活動をすればするほど、業績は上がる。その理由は、これまでご説明した通りです」
「グリーンウォッシング」と批判されないために
広告業界がやっていることは「グリーンウォッシング」や「パーパス(存在意義)ウォッシング」 −− 上辺だけ環境保護やブランドパーパスに熱心な姿勢を装い、会社の信用を高めようとしている −− と批判する識者もいる。リード氏は、「実際の行動こそが鍵になる」と話す。
「パーパスの第一歩は社会正義の実現で、それが何よりも重要。エネルギー企業ならば、エネルギーの転換に取り組んでいるかどうか。食品メーカーや小売りチェーンならば、健康に良い食品を数多く扱っているか、という姿勢です」
「同時に、消費者が企業活動を詳しく把握できるよう、企業は社会正義を実現するステップをすべて公表すべきでしょう」
「ソーシャルメディア全盛の今の時代、グリーンウォッシングを見逃すことは非常に難しい。このひと月ほどの間、ブリュードッグ(英クラフトビールメーカー)で起きていることを見れば明白です」(同社は従業員への執拗なハラスメントで、元従業員から告発を受けた)
「正しい活動を積極的に行っている企業は、その製品の品質に反映されているように、コミュニケーション力にも長けているはず」
だが、多くのビジネスリーダーはESGに関する効果的なコミュニケーションを模索しているという。
「企業の多くのCEOたちは、ESG戦略の全体像をどのようにステークホルダー(利害関係者)に効果的に伝えるか四苦八苦しています。我が社がこの点でサポートする機会は、ますます増えている」
他社との相違点
米投資情報大手モーニングスターがESG調査会社サステナリックスのデータをまとめた評価によると、WPPは世界5大エージェンシー(他にオムニコム、ピュブリシス 、IPG、電通)の中でESGに関するリスクが最も低いという。
WPPは「使命」として、「人と地球、クライアント、コミュニティーのより良い未来のため、クリエイティビティーの力を活用する」と明言している。
そのために実行しているのが、経営陣によるケーススタディーや英米における従業員の人種・民族別データの公表。後者では、特に経営陣に有色人種の人々が少ないとして、ダイバーシティー向上のため賞与の公平な分配を行うとしている。
アナリストの高評価
英投資銀行ヌミスセキュリティーズは、「ESGの観点からするとエージェンシーへの全般的な評価は高い。環境への関心・取り組みや環境負荷の低さが文化として取り入れられ、人が中心の組織になっている」と報告する。
だが、「クライアントを個別に見ると、人種・民族構成で改善の余地がある。WPPを初めとするエージェンシーは、クライアントと協働してこの点を改善していかねばならない」と続ける。
バークレイズ銀行のアナリストも、WPPに対して好意的だ。「投資家の間ではESG評価が高い。残された課題は、ESGに反する製品(例えば、大量にガソリンを消費するSUV車)の宣伝をやめるような誓約ができるかどうかでしょう」
「WPPの経営陣は、クライアントの変革実現に最後まで寄り添うとしている。例えば、WPPの最大のクライアントであるフォードは車の電動化の途上にあります。WPPはクライアントと価値観を共有するだけでなく、消費者の選択肢を狭めないという課題にも取り組んでいくことになるでしょう」
「一般的に言えば、消費者がハイブリッド車やEV車の恩恵をよく理解した上でガソリンをたくさん使うSUV車を選ぶのであれば、そうした製品を宣伝することも致し方ない。これは個人の自由か、環境に良い車を選ぶべきかという理念の問題になってくる。ただしWPP経営陣は、ESGスコアを高め、短期利益は求めないという論理的決断をしています」
多くの企業や団体が今、ESGをどのように前進させるかという課題に取り組んでいる。英スーパー大手セインズベリーは先月、ESGをテーマとした投資家向けイベントを開催した。また、英国の広告業者団体IPAは先週、事業成長をテーマとしたカンファレンスでESGに関する調査結果を発表している。
(文:ギデオン・スパニエ 翻訳・編集:水野龍哉)