広告業界はメディアターゲティングと最適化の問題については非常に長い時間を費やしているが、クリエイティブメッセージについては「まるで足りておらず」、少なくとも「同程度には」考慮する必要があると、WPPの最高経営責任者(CEO)を務めるマーク・リード氏はCampaignに語った。
リード氏はWPPの年次決算発表の場で、クリエイティブ部門へのさらなる投資の必要性を説明し、2名の幹部人事を明らかにした。マッキャン・ワールドグループからWPPに加わりグローバル最高クリエイティブ責任者(グローバルCCO)に就任するロブ・ライリー氏と、フェイスブックを離れてWPPとその傘下のホガース(Hogarth)で、グローバル制作責任者という新たな役職に指名されたデイブ・ロルフ氏だ。
リード氏はWPPのクリエイティブの不振を率直に語ってきた。2020年12月のインベスター・デーでは、グレイ(Grey)、JWT(ジェイ・ウォルター・トンプソン)、オグルヴィ、Y&Rという歴史ある広告エージェンシーネットワーク4社がいずれも2015年から2019年にかけて減収に苦しんだことを明かした。そしてメディアバイイング部門のグループエムが成長するなかでも、クリエイティブへの再投資を優先してきたという。
リード氏は、ライリー氏の招聘を意義深いものだと表現した。「私は彼をパートナーだと考えている」とリード氏。「会社全体の重要な決定を行う幹部会議の場には、クリエイティブのコミュニティが参加しているべきということを示す人事だ」
マッキャンで2014年からグローバルクリエイティブチェアマンを務め、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ(State Street Global Advisers)による「Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)」キャンペーンの制作に協力したライリー氏は、5月にWPPに加わり、前任のジョン・オキーフ(John O’Keefe)氏が2020年4月に退社してから空席になっていたグローバルCCOに就任する。
WPPの3月の投資家向け説明会で、予想されるライリー氏のインパクト、とりわけ北米のクリエイティブ事業への影響力について問われ、リード氏はこう答えた。「ロブ(・ライリー)は重要な存在になるが、一個人が解決策となるわけではない。彼が重要になるのは、クライアントのために仕事の質を高め、採用する人材の質を高め、既存の人材を育成するといった場面だろう」
競争が激化するデジタルコンテンツ制作
ロルフ氏が就任するグローバル制作責任者は新しい役職だ。リード氏によると、広告主がクリエイティブやeコマースアセットの短納期化を求めるなか、同氏の就任は「優れたクリエイティブアイデアを実現するには制作部門が重要であること」を反映しているという。
デジタルコンテンツ制作における競争の場は拡大しており、ホガースは、ピュブリシスグループのプロディジアス(Prodigious)、S4キャピタルのメディアモンクス(MediaMonks)、アクセンチュア・インタラクティブといったライバルとの競争に直面している。
WPPの制作部門であるホガースは適応を進めており、すでに「多数の大手テクノロジー企業と多くの仕事をしている」とリード氏は述べ、仕事の質がどう変わってきたのかを説明した。
「クライアントからいつも言われるのは、新しいチャネルすべてに対応するためには、クリエイティブ資産をもっと増やす必要があり、テレビや印刷物の広告をバナー広告に再利用するだけではもはや十分ではないということだ」
「そのチャネルにふさわしいコンテンツをどのように制作するのかを考える必要がある。フェイスブック、インスタグラム、アマゾン向けの制作には、それぞれのプラットフォームに関する個別のスキルと理解が求められる」
リード氏はこう続ける。「我々はメディアターゲティング、プログラマティックメディア、最適化には膨大な時間を費やす。だが私が思うに、消費者に向けたクリエイティブメッセージをいかにパーソナライズするかについては、同じくらい力を入れるべきなのに、その考慮がまったく不十分だ」
リード氏は、グーグルがサードパーティCookieの利用停止を進め、またアップルがトラッキングに対し新しいプライバシー規制の導入に動いていることから、パーソナライズには限界があるかもしれないことを認めている。
それでも同氏によると、そうした動きは「正しい方向」であり、なぜなら「消費者のプライバシーは尊重する必要があり」、また「そうすることで長期的に、データドリブン広告の健全なエコシステムの維持を可能にする」からだという。
そのためには、「必ずしもパーソナライズされているわけではないが、より関連性の高い」メッセージを作る必要があるとリード氏は指摘する。「関連性を高めるにはさまざまな方法があるが、個人データはその一部にすぎない。メッセージのターゲティングについては、長年にわたりアナログメディアから学んだ方法がたくさんある」
クリエイティブエージェンシーについては「楽観視」
WPPは2020年の決算で、パススルーコスト(取引先に移転される費用)を除く年間売上を8.2%減らした。これにより、パンデミック期間の大手代理店グループの成長率に関して、インターパブリックとピュブリシスグループに次ぐ第3位になったが、ハバス、オムニコム、電通は上回った。
WPPは、クライアントのためのクリエイティブトランスフォーメーション企業としての地位を再構築している。傘下のクリエイティブエージェンシーの売上内訳は明かさなかったものの、2018年のVMLとY&R、同年のワンダーマンとJWT、2020年11月のグレイとAKQAという3件のグループ内合併により、改善の兆しが見られた。
WPPの最高財務責任者(CFO)を務めるジョン・ロジャース氏によると、VMLY&Rは2020年第4四半期に成長に転じ、ワンダーマン・トンプソンは合併したエージェンシーの中で2020年に第2位の好業績だったという。
グレイとAKQAの「縁組」でAKQAグループが設立されたことについても、「当時、クライアントからかなり好意的な反応」を得たとロジャース氏は振り返る。ただし、WPPは決算報告の中では、それを単一のブランドとしてではなく、エージェンシーの「連携」として説明しており、実際、グレイはここ数カ月、グレイ・ロンドンのプレジデントやグレイ・アルゼンチンのCEOを含め、独自の人事を続けているという。
「AKQAグループの設立にあたっては、AKQAとグレイの両ブランドを保持することを一貫して言明してきた」とリード氏は述べ、両エージェンシーが新規ビジネスのピッチを共同で行っており、最近ではニューヨークに拠点を置くグレイの既存クライアントからAKQAが「ウェブ構築」を受注したと言い添えた。
「重視すべきはクライアントの獲得機会であり、事業やブランドの統合よりもはるかに重要だ」とリード氏は語る。
ロジャース氏はオグルヴィについて、「おそらくもう少し困難な状況にある」としながらも、デロイトデジタルから加わりグローバルCEOに就任したアンディ・メイン氏が「素晴らしい仕事をしている」とともに新たな才能も活かしていると評価し、「この事業が好転することを期待している」と述べた。
WPPの長年にわたる買収の歴史にまだ決着がついていないことを示す兆候として、同社は2020年の決算で、元はY&Rグループの子会社だったワンダーマンとY&Rの一部を含む複数のエージェンシーについて28億ポンド(約4246億円)の評価損を計上したことが挙げられる。2001年における39億ポンド(当時のレートで約6800億円)という買収額はWPPにとって過去最高となった。
リード氏はこの評価損計上を「過去のこと」として受け流した。
競合する代理店グループの中には、WPPのクリエイティブエージェンシーの売上額が5年連続で減少していることをリード氏がすべて明らかにした点に驚き、クリエイティブエージェンシー部門というよりもWPP自体を反映したものではないかと、Campaignに匿名で語った人物もいる。
「事実は事実だ」とリード氏は述べ、こう言い添えた。「私はクリエイティブエージェンシーの将来を非常にポジティブにとらえている。(グループ内のデジタル注力型企業との統合で)我々にもたらされたものは、広告だけでなく、ヘルスケア、コマース、マーケティング技術など、必要とするより大きな成長基盤であり、それらを統合したことで、アナログとデジタルの縦割りはもはや存在しない」
「よりシンプルで優れた事業になっている。成長を取り戻したところもあるし、(今後)1年で成長に戻るところもあるだろう」とリード氏は語る。
WPPはまた、過去2年のグループ内リストラのあいだ、ほぼすべての買収を中止していたが、さらなるM&Aの実施を検討していることを投資家らに明かしている。
ちなみに、ピュブリシスグループのCEOを務めるアーサー・サドーン氏は2月、2019年のエプシロン(Epsilon)と2014年のサピエント(Sapient)という2つの大きな買収の後、同グループのトランスフォーメーションは「完了」したとCampaignに語っていた。
一方のリード氏は、WPPのトランスフォーメーションの進捗を説明するよう求められた際、「我々のように、動きが速く変化する業界では、トランスフォーメーションが完了することはない」と答えている。
パンデミック以降に現れた4つの主要トレンド
リード氏はこの1年を振り返り、「パンデミックが(クライアントに)示したものの一つがコミュニケーションの重要性だ」と語る。
リード氏はメディア、コマース、パーパス、ローカリゼーションという4つの重要なトレンドを挙げ、これらはすべてWPPに利益をもたらす可能性があると述べた。
動画消費の観点で、ストリーミングはメディアに重大な変化をもたらしている。
「それらのサービスの多くは、広告主のスポンサードによるものではなく、サブスクリプションに基づいている。ただし、ピーコック(Peacock)やHuluなどのように、広告主が出稿するVODプラットフォームが増えることは見込めるだろう」とリード氏は語る。「メディア環境が強化され、競争が激化し、創造的破壊が広がり、選択肢が増えることは、WPPにとってもクライアントにとっても好ましいことだ」
コマースの観点ではeコマースが大きな変化をもたらしており、WPPはクライアント上位100社のうち70社以上とeコマース戦略に取り組んでいる。
パーパスも危機的状況下で優先度が高まっており、ブランドは「パーパスとESG(環境、社会、企業統治)の課題に取り組んでいることを伝える」ための支援を求めていると、リード氏は明かす。「思うに、企業は非常に多くのことに取り組んでいるのに、株主や顧客、さらには従業員からも、評価されているとは限らないと感じているのだろう」
リード氏はまた、「リージョナリゼーション(地域化)」から「ローカリゼーション(現地化)」への移行が進むと見ている。
リード氏は、「多極化する世界」の中で、米国と同様、中国をはじめ、インドやブラジルもすべて「それぞれの立場で非常に重要になりつつある」と説明する。「それはWPPに恩恵をもたらす。なぜなら、クライアントはこれらの市場に対してそれぞれのマーケティング戦略を持つ必要があるからだ」とリードは述べ、「ローカルとグローバルのバランスを取る」ことの必要性を説いた。
「リージョナルが廃れていく一方で、ローカルが復活している」とリード氏は言い添えた。
オフィスへの回帰
全世界で約10万人の従業員を抱えるWPPにとって、オフィスへの回帰も大きな課題だ。
同社はすでに、オフィススペースを最大20%、出張を3分の1削減する見込みだと述べているが、そこにはさまざまな含みがあるとリード氏は語る。
「我々は一歩引いて、テクノロジーがもたらしたすべての変化について考える必要がある。クライアントにとって最高の利益は何か。従業員を育成するとともに、従業員の活動を柔軟に管理できるようにするための最善策は何か」とリード氏は自問する。
「個人の生産性だけが組織の有効性の指標だとは思わない」とリード氏は付け加え、エージェンシーの文化と対面式のチームワークなども重要な要素だと示唆して、次のように締めくくった。
「バランスが重要になる、ということだ」