戦略上のビジネス変革、リーダーシップの再編、クリエイティブでの大きな成果……アジア太平洋地域(APAC)では様々な出来事があり、良い面も悪い面も目立った昨年の電通。
大きな変革の1つが、クライアント重視と業務の円滑化を図る「One Dentsu」モデルの推進だ。だが、電通クリエイティブAPACのチューク・チャンCEOなど重要な人材が離職。グローバルオペレーション −− 日本、南北アメリカ、EMEA(欧州・中東・アフリカ)、APAC −− の統合、多様なリーダーシップチームの育成等々、昨年は経済・社会・政治的課題に直面した。
だが、クリエイティブでは好実績を上げた。カンヌライオンズではAPACの「リージョナルネットワーク・オブ・ザ・イヤー」を2年連続で受賞、それ以外にも2つのグランプリを獲得。Campaign Asia-Pacific主催の「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー」でも数多くの賞を獲得し、クリエイティブの強さを示した。
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ビジネス成長 (C+)
2022年6月、DentsuMBと360i、アイソバーの統合により電通クリエイティブが誕生したが、グループの業績評価は難しい。Campaign AIによる最新のAPACランキングでは、昨年10月から12月にかけて7位から6位に上昇。APACにおける昨年の予想売上高は2億4600万ドルで、ピュブリシスグループのレオ・バーネットに次ぐ。だが同社の予想売上高は約3億9800万ドルで、100万ドル以上の開きがある。2022年の電通クリエイティブのランキングが4位だったことを考えると、全体的に業績は後退した。
日本を除くAPACのオーガニック成長率は8.2%減。にもかかわらず、昨年度のクリエイティブ分野の売上高は1%増で、CT&T(顧客変革&テクノロジー)の売上高はグループ全体の32%に達した。
地域別に見ると、経済的課題が依然解消されない中国ではクライアントの支出が減少。北東アジアでは韓国と香港が安定した成長を達成し、回復力の強さを示した。ジェニファー・タン氏のリーダーシップのもと設立された「グレーターノースクラスター」 −− 中国本土・香港・韓国・台湾を統括 −− は戦略の統合を掲げ、イノベーションの促進と市場対応の迅速化、ソリューションの向上を目指す。
オーストラリアとニュージーランドでは、経済の不確実性と競争の激化でクライアント支出と事業の減少に苦しんだ。それでも傘下の豪ゲーム会社SMGスタジオは昨年度、プラス成長を記録。主要クライアントも維持し、安定性の維持に貢献した。
課題継続にもかかわらず、昨年はクライアントの新規獲得で健闘。Campaign AIによると221件の新規獲得を果たし、オグルヴィの278件に次ぐ実績となった。日用消費財(FMCG)や自動車、製薬業界では引き続き強さを発揮し、中国とインド(コングロマリットのアディティヤ・ビルラ・グループやオートバイメーカーのヒーロー・モトコープ)では巨額の事業を実現。また豪州では、不動産会社インベスタやビシニティセンターズ(Vicinity Centres)、RMIT大学などのクリエイティブ事業を獲得した。
Campaign AIによると電通クリエイティブは昨年、APACで11社の主要クライアントを維持。豪州ではKマートやトヨタ、2021年からパートナーシップを続けるインドのバンガロール国際空港、上海のKFC(昨年のカンヌライオンズでは大成功を収め、アジアで唯一『クリエイティブコマース』部門で受賞)、日本のJRグループなどだ。
クライアントを失ったという報告はなし。ただし、2022年にはタイのトヨタとサントリー、マレーシアのコカ・コーラとホンダ、RHBなどでクリエイティブプロジェクトの変更があった。
APACにおける昨年のビジネスパフォーマンスは、将来の成長を見据えた課題への対処と、戦略の修正が特徴。2024年は生産性の向上を期待できるが、現時点の評価は昨年同様「C+」とする。
イノベーション (B+)
昨年はAPACでいくつかの重要な取り組みを行い、成果を達成。イノベーションとクリエイティビティーへの強いコミットメントを示した。革新的プロジェクトやパートナーシップが評価され、「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)2024」ではイノベーションアワードのファイナリストに。その代表的プロジェクトがDentsu Lab Tokyoの「Project Humanity」だ。これは2022年に「All Players Welcome 」としてスタート。障がいを持つ人々を受け入れるインクルーシブな環境を生み、社会問題の解決にクリエイティビティーを活用しようという取り組みだ。このプロジェクトでは、眼球の動きだけで操作できる3つの革新的な音楽ツールを公開。カンヌライオンズ の際には難病ALSと闘うクリエイター、武藤将胤氏がこのツールを使い、DJとしてライブパフォーマンスを披露した。
昨年の「Project Humanity」はNTTとパートナーシップを組み、さらに進化。筋電センサーを使って筋肉の電気信号をデータ化、武藤氏がメタバース内の自分のアバターを動かすまでになった。同氏のアバターがパフォーマンス中に手を上げたり歩いたりして、オーディエンスとリアルタイムで「物理的」インタラクトを実現。電通曰く、この技術は世界初。デジタルの力で武藤氏の自己表現力を大幅に向上させた。
また、電通ネクスト(電通クリエイティブの一部)は昨年7月、ブランドのエンゲージメント刷新を目的とした「Mixer &Lucie」をAPAC全域でローンチ。Mixerは統合的な調査結果を踏まえ、市場戦略を迅速化し、製品開発のインサイトを提供する。電通ジャパンのサポートで開発されたLucieは、パーソナライズ化された対話システムで利用できる、カスタマイズ可能なアバターをフィーチャー。リテールにおけるAI主導の顧客エンゲージメントを実現した。いずれも顧客体験の向上と、ブランドレレバンス・収益性の確保を目的とする。
世界市場では、アマゾンウェブサービス(AWS)との提携を通してイノベーション能力を拡大、ブランドをサポートする生成AIのスケールアップを図る。「Amazon Bedrock」「Amazon SageMaker」を導入、生成AIの能力を強化し、クライアントへのより先端的なソリューションの提供を目指す。
こうした取り組みは、イノベーションと革新的思考 −− 特にテクノロジーとクリエイティビティーの融合 −− に的を絞った電通のAPAC戦略を象徴。今年の評価は「B+」とする。
DEI&サステナビリティー (B+)
DEIとサステナビリティーは一昨年、優れた成果を上げ、昨年も大きな進化を遂げた。
電通が発表した「ダイバーシティ&インクルージョン・レポート2023」によると、世界の従業員7万2000人のうち女性従業員の比率は54%で、女性管理職は37%(2022年)。だが日本に限ると、女性管理職はわずか13.8%になる。それでもこの数字は日本の業界の平均値9.8%を上回る。
昨年は、日本におけるLGBTQ+に対する取り組みを評価する「プライド指数」で2年連続の「ゴールド」を獲得。初めて「レインボー認定」も受けた。企業としての影響力の大きさも考慮された結果だろう。また、同性婚の合法化を提唱する「Business for Marriage Equality」への支援も続ける。
その他特筆すべき取り組みは、LGBTQIA+コミュニティーの人々の経験を理解しようという「Walk In Our Shoes」(インド)。シンガポールでは「LGBTQIA+ employee resource group」を立ち上げ、DEIの実践にコミットメント。またAPAC全域を管轄する「Internal Advisory Councils」(IAC)をエグゼクティブスポンサーの支援で設立、ジェンダーやLGBTQIA+、障がい者、神経多様性、人種などの多様なインクルージョン、メンタルヘルスをはじめとする健康・福祉をテーマに掲げる。
電通のDEIにおける取り組みは、ジェンダーや性的指向といった枠にとどまらない。昨年7月、障がい者のインクルージョンを促進する非営利団体「Disability IN」によって「Best Place to Work(最高の職場)」に認定された。最も厳格な指標である「Disability Equality Index(DEI、障がい者平等指数)」への適応で、ビジネスへの長期的利益、社会的利益の創出を目指す。
また、「Over 50s Learners Program」では様々な年代層が仕事に従事するエイジインクルージョンを推進、終身学習を提唱する。さらに、高度人材向けのバーチャル学習プログラムでは女性のキャリアアップを支援。昨年9月に始まった第3回プログラムの参加者は、全て女性だ。これと並行した電通(日本)のプログラム「Time」も女性のキャリア形成を目標に掲げ、すでに70人以上が参加。これらプログラムは年齢や性別を問わず、多様な人材を育成する電通のコミットメントの一環だ。
昨年5月、電通は新たなグローバル管理体制の下、サステナビリティー戦略強化のために「サステナビリティー委員会」を設立。議長を務めるのは電通グループ取締役代表執行役副社長でグローバルチーフガバナンスオフィサーの曽我有信氏。日本のチーフサステナビリティーオフィサー(CSO)を務める北風祐子氏、海外担当CSOアンナ・ラングリー氏など、社内有数の人材が委員を務める。
この委員会は、役員の報酬体系にESG(環境、社会、ガバナンス)のパフォーマンス指標を取り入れるなど、電通のサステナビリティー戦略の進捗を監視することが任務。電通は2030年までにCO2排出量の46%(2019年度比)削減と100%再生可能エネルギーへの転換、女性リーダーの比率を45%にすることを目標に掲げる。
DEI&サステナビリティーへの取り組みは、ジェンダー平等からエイジインクルージョンまで、様々な分野で包括的かつ真摯に実行。その価値観は成果物にも反映されている。よって評価を「B+」とする。
クリエイティビティー&エフェクティブネス (B+)
昨年、電通クリエイティブはAPACで印象的なパフォーマンスを行い、広告賞でも存在感を発揮、業界における強さとリーダーシップを高めた。カンヌライオンズではAPACの「リージョナル・ネットワーク・オブ・ザ・イヤー」を2年連続で受賞。日本の電通は「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー」、さらにファーマ部門とインダストリークラフト部門でグランプリを受賞。グループとしては5つのゴールド、5つのシルバー、17つのブロンズを受賞し、合計29の賞を獲得した。インダストリークラフト部門グランプリの「My Japan Railway」は、JRグループの鉄道サービス開始150周年を記念して制作されたものだ。
Campaign Asia-Pacific主催「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー2023 / グレーターチャイナ」では17の賞を獲得(2022年は5つ)。台湾での「デジタルエージェンシー・オブ・ザ・イヤー」、グレーターチャイナでの「B2Cマーケティングエージェンシー・オブ・ザ・イヤー」や「コンテンツマーケティングエージェンシー・オブ・ザ・イヤー」、「クリエイティブリーダー・オブ・ザ・イヤー(津布楽一樹氏)」などだ。
そのほか目立った作品は、インドのテック企業Vedantu と制作した「The Everything Book」。これはネットワーク集約装置を備えた教材用ツールで、インドのどんなに離れた遠い地域も高速インターネットでアクセス。オンライン学習を可能にし、教育格差を埋めることが目的だ。本にはインドの異なる芸術様式で描かれた4つのストーリーが掲載され、オンライン教育の無限の可能性を示す。
KFCが中国で展開した「Re:Store」は、若者に人気のプラットフォームQQを活用したバーチャルストア体験。最新のゲームエンジンUnreal Engine 4が使用され、伝統的な中国の工芸と先端技術を組み合わせた。ターゲットはZ世代の若者で、メタバース空間の中で友人たちと遊んだり、カーネルサンダースとやり取りができたり。さらに商品を注文して、現実世界でのデリバリーも可能にした。
最後は、日本で生み出されたた「The Wellbeing Index」。ハーバード大学、オックスフォード大学、東京大学、日本経済新聞、そして日本の電通が共同開発したもので、国民の幸福に焦点を当てて国の成長を測る新たな手法だ。GDP(国内総生産)と並行した活用が期待される。
電通クリエイティブにとってはあらゆる面で堅調な年で、評価は「B+」とする
マネジメント (C)
昨年、電通はAPACのみならず、グローバルレベルで重要な変革に着手した。新たに導入した指針「グローバル・プラクティス」に適合するため、マネジメントとリーダーシップは大きく変容。リーダーシップは「ワン・マネジメントチーム」の下に統合された。APACの変革を担ったのは、APAC のロブ・ギルビーCEO。ビジネス変革の促進と運営・業務の円滑化、そしてグループ全体でクライアントとの関係性を深め、長期的安定の構築を目指す。
新体制を率いるのは社長兼グローバルCEOの五十嵐浩氏。複雑に分かれていた事業は2つの組織 −− 電通ジャパンネットワーク(DJN)と電通インターナショナル(DI) −− に集約された。グローバル業務を統合し、クリエイティブ、メディア、顧客エクスペリエンス管理(CXM)の各領域で統合的かつエンドツーエンドのクライアントソリューションを提供することがテーマだ。
この新しい体制の下、ジーン・リン氏がグローバルプラクティスを担うグループプレジデントに。佐々木康晴氏はグローバルチーフクリエイティブオフィサー、ウィル・スウェイン氏はメディアのグローバルプラクティスプレジデント、ピートスタイン氏はCXMのグローバルプラクティスプレジデントに任命された。
さらに、年末にもいくつかの大きな動きが。地域で名を馳せる電通クリエイティブAPAC のチューク・チャンCEOが離職。同氏は2019年末にグレーターノースCEOとして電通に参画、22年から同職にあった。また、2022年8月に電通クリエイティブ初のチーフクリエイティブオフィサーとして参画したマンディ・ファン・デル・メルヴェ氏とアビッシュ・ゴーダン氏も離職。2人はわずか1年余りで、豪州のサーチ&サーチに転職した。
加えて、ある情報筋によると、機能性を高めるため中国でも大幅な人員整理が予定されているという。その規模は中国全土で350人に上ると見られ、これは中国の総従業員数の15%に相当する。
豪州のアイプロスペクトでマネージングディレクターを務めていたポール・マーフィー氏、マークルAPACの前CEOジョン・リチオ氏も離職した。
昨年12月、経営陣の再編について尋ねられたAPACのロブ・ギルビーCEOは、「いま重点を置いているのは迅速性とデリバリーの向上、専門性の強化、そして何よりも全ての事業でクライアント中心主義を推進すること。新たな体制は従来のサービスラインに置き換わるものです」と語っている。
広告業界の異動は決して珍しいことではなく、多くのエージェンシーでマネジメントの変革が起きているが、電通の場合、上級管理職の大幅な再編が大きな打撃になったと言える。よって、評価は昨年同様「C」とする。
エンターテインメント
アーンドクリエイティビティー
*得意分野に関する回答はなし。
アディティヤ・ビルラ・キャピタル
*主要クライアントに関する回答はなし。 自社評価に関する回答はなし。 |