Staff Reporters
2022年3月18日

エージェンシー・レポートカード2021:Dentsu X

昨年、電通インターナショナルAPACメディアCEOに就任したプレナ・メロトラ氏の管轄下に入ったDentsu X。経営体制は簡素化したが、専任のリーダーなしで飛躍は遂げられたのか。

ベトナムで行われたゼネラリのキャンペーン。新型コロナウイルスの感染者多発地域に医療従事者を派遣した
ベトナムで行われたゼネラリのキャンペーン。新型コロナウイルスの感染者多発地域に医療従事者を派遣した

エージェンシー・レポートカード2021

電通インターナショナルのグローバルCEO、ウェンディ・クラーク氏が目指すのはマネジメントの効率化だ。昨年、Dentsu Xも体制が簡素化し、グローバルやリージョナル(地域)担当の経営陣により大きな権限が与えられた。だが、その任は重すぎなかったのだろうか。

カテゴリー 2021 2020
業績 C+ B
イノベーション C B-
DEI&サステナビリティー C+ C+
クリエイティビティー&エフェクティブネス C+ C+
マネジメント C+ B-
評価基準について

業績 (C+)

調査会社レクマ(Recma)によると、Dentsu Xの昨年のアジア太平洋地域(APAC)における売上高はほぼ半減(2020年の3億8400万米ドルから43%減、2億2000万ドルに)。それでもレクマは7月、Dentsu Xを3年連続で「最も急成長したグローバルメディアエージェンシー」に選出した。2020年は3桁の売上高成長率を記録した同社だが、昨年はその勢いを維持できず、APACの業績は他の地域に及ばず。売上増の主因となるグローバル、あるいは地域レベルの新規事業獲得もままならなかった(2020年はグローバルの新規事業を2件獲得)。調査会社R3による『APACニュービジネスリーグ』メディアエージェンシーのランキングでは、2021年12月時点で7位に甘んじた。

2020年に事業拡大をしたわけではないようだ。昨年は4市場で5つのローカルクライアントを失った。それでも、クライアントの維持率は95%という高い数字を記録。「クライアントの損失は事業成長で埋め合わせた」と同社は述べる。

昨年の業績を牽引したのはインド、インドネシア、台湾、タイの4市場。レクマはインドのDentsu Xを「最も急成長したエージェンシー」に選出した。同社の過去3年における売上高成長率は、平均で40%に達する。昨年のAPACにおける主要クライアント10社のうち、4社 −− インド準備銀行、OPPO、スズキ、サンヴィ・ビューティー&テクノロジーズ −− はインドが獲得。特に強みを発揮したのは既存クライアントとの事業拡大と、統合的サービスが求められるピッチだった。統合的サービスはDentsu X全体の特長でもあり、グローバルクライアントの半数以上は1つか2つのサービスラインに統合されている。

APACでハブの役割を果たすのは、約450社のクライアントを持つ台湾だ。中には、他のどの市場よりも取引関係が長い企業も含まれる。主要クライアントは獲得しなかったが、昨年はジャガー・ランドローバーとの業務を拡大し、CRM(顧客関係管理)とコンサルティング業務を獲得。新規クライアント主要10社では、インドネシアが2社、タイが1社を獲得した。共に既存のクライアントは全て維持。さらに中国、香港、ベトナムが1社ずつ。だが他市場では目立った動きはなかった。全体で見ると明暗がはっきりと分かれ、電通グループの2021年12月期連結決算によると、シンガポールやインドネシア、オーストラリアが高い成長率を示した一方、インドや中国、タイはマイナス成長だった。

経営陣は自らを「キーパー(守護者)」と呼び、新規事業獲得よりも「現在のクライアントとの関係性を格段に重視する」。クライアントの選び方についても同様で、その姿勢がピッチの獲得率80%という好結果につながっているのだろう。だが、6%というオーガニック成長率は巻き返しを図るのに物足りないし、全社的努力も十分とは言えない。市場による業績のばらつきも考慮し、このカテゴリーは格下げとした。

収益の多角化という点では、既存のクライアント相手に好結果を出している。従来のメディアにとどまらず、データやテクノロジー、アナリティクス、さらには彼らが呼ぶところの「ソリューションデザイン」、すなわち統合型ソリューションの提供までサービスを拡大。このソリューションデザインの割合を総売上高の20%以上にできれば、今年は飛躍の年になるのではなかろうか。昨年も一昨年も、それはままならなかったが。

イノベーション (C)

イノベーションに関して言及すべきことは少ない。既に一部で運用されていたプロダクト「Dコマースメトリックス」(ラザダやショッピーなどのeコマースプラットフォーム、ブランドランキングの最適化などに活用)をAPACで正式にスタートさせ、新たにリアルタイムの最適化機能を加えた。台湾では、ショッピーと独占的パートナーシップを締結。また、プランニングプロセスとして「モチベーション・アンド・アテンション・プランニング」を提唱、消費者の購入動機の調査研究を進めた。だがこのデータがまとまったのは今年1月で、昨年の業績への影響はなし。「今年のDentsu Xは違う」と同社はいうが、この研究によって同じカテゴリーのブランドをタイプ別に分類できるようになるかもしれない。

主要なイノベーションの1つはエイギョウ(営業)モデルだ。社内の責任者、あるいは営業担当者を1人選んでクライアントの窓口とし、そこから電通のあらゆるサービスを提供、統合的ソリューションを実現する。このモデルはオーガニック成長の促進に大きく貢献したとDentsu Xはいうが、他エージェンシーにおけるアカウントマネージャーとの違いは見出しにくい。こうした点を考慮し、イノベーションも格下げとした。

DEI&サステナビリティー (C+)

DEI推進に関しては、電通インターナショナルの全てのエージェンシーがグローバル、及び地域レベルの目標を達成しようとグループ一丸で取り組む。現在のところ、電通唯一の公約は上級管理職のジェンダーバランスを2025年までに均衡にすることだ。だがAPACでは、2021年に女性上級管理職の比率を34%まで引き上げる目標が達成できず、32%にとどまった。職場環境全体ではジェンダーバランスが均衡になりつつあり、女性の比率は48%。Dentsu Xはジェンダーにとどまらないデータセットの評価を始めたというが、まだシェアや目標設定をする段階ではないという。

グループ全体の活動や取り組みは印象的だ。電通は昨年、DEIを推進するAPAC担当チーフエクイティーオフィサーを任命。また、インクルージョンとダイバーシティーをテーマとする委員会も設立した。これは各市場のダイナミクスや課題をグローバルエグゼクティブに直接訴えかける場でもあり、年に2度開催される。さらに管理職のKPI(重要業績評価指標)にはダイバーシティーやジェンダーに関する測定基準を導入。昨年第1四半期には全ての従業員に反人種差別主義とアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)、インクルージョンに関する教育プログラムへの参加を義務付けた。APAC独自のプログラムとしては、共通の関心を持つ従業員同士をオンラインで結ぶプラットフォームを開設。最初の月には400人の従業員が交流の機会を持った。

サステナビリティーに関してもグループレベルで取り組みが行われている。電通インターナショナルの取り組みは包括性で定評があり、この分野で業界をリードする。一昨年、同社はRE100(使用電力の100%を再生可能エネルギーでまかなう目標を掲げる国際的イニシアティブ)の認証と、2030年のネットゼロ達成を目指す「SBT(サイエンス・ベースト・ターゲット)イニシアティブ」の外部検証を受けた初のエージェンシーとなった。また、ブリストル大学コンピューターサイエンス学部や複数のメディアエージェンシーと提携、デジタルメディアコンテンツの温室効果ガス排出量を測定するツールの開発をスタート。さらにこれらの組織・企業と共同で、メディア関連の絶対排出量を2019年度比で46%減らす目標も掲げた。デジタルメディアの排出量を減らす研究に余念がなく、昨年は「電通サステナブル・ビジネス・ソリューション」をグローバルに提供、クライアントのサステナビリティー向上を目指す。

もしグループで評価するのなら、DEIでは高いランク(ジェンダーバランスの改善はまだ必要)、サステナビリティーではトップランクとなるだろう。だがDentsu Xに関しては、単独のデータと取り組みから判断してC+とした。

同社は「社会的価値の提供は、創業以来の主要な成長要因」(他の要素はクライアントの価値と消費者価値)と述べ、具体例をいくつか示した(下に記したイタリア保険大手ゼネラリの取り組みがその1つ)。だが、グループのサステナビリティー目標や、メディア戦略によるクライアントの脱炭素化にDentsu Xがどう貢献しているかというインサイトは示されないまま。また、同社独自のDEIの統計値も示されず、社内の改善状況も不明だ。我々は以前も、DEIはDentsu Xの改善すべき分野だと指摘した。よって10点満点中DEIは4ポイント、サステナビリティーは1ポイントの減点とした。

クリエイティビティー&エフェクティブネス (C+)

昨年、Dentsu Xはゼネラリ保険独自のセールスポイントをアピールする秀逸なキャンペーンを行った。コロナ禍がベトナムでも蔓延するなか、Dentsu Xはゼネレリがベトナム国内の医療機関と密接な関係を持つことに着目。そこでゼネラリの名を冠した14台のミニバスを用意し、国中の感染者拡大地域に医師と看護師を派遣するアクティベーションを行った。地域の選別にはソーシャルメディアへの動画投稿やラジオも活用。こうして7000回にわたる健康相談と診療を実施した。その結果、ゼネラリ・ベトナムは顧客ロイヤルティを測定する「ネットプロモータースコア(NPS)」指標でスコアが20%上昇。リレーショナル(相対的)NPSでは「世界で最も推奨したい保険会社」になった。企業の社会的価値とブランド認知度を高めたキャンペーンの好例と言えよう。

Dentsu Xが言及した他のキャンペーンはKPI(重要業績評価指標)の面では貢献したが、イノベーションでは目新しさはなかった。豪州では人気テレビ番組「SASオーストラリア」と提携、ランドローバーディフェンダーを番組に巧みに登場させたり、日本ではレンジローバーのラジオ番組を放送したり。ゼネラリへのアプローチは素晴らしかったが、これは例外。よってランクは昨年と同じとした。

マネジメント (C+)

Dentsu Xの経営体制は複雑だったが、昨年8月、電通シンガポールでクリエイティブグループのマネージングディレクターを務めていたフィル・エイドリアン氏の昇進(同氏は電通インターナショナルAPACクリエイティブ担当CEOに)で簡素化した。これまで我々は −− そしてきっとクライアントも −− Dentsu Xがなぜシンガポールでクリエイティブに分類されるのか理解に苦しんだが、APACのメディアサービスを統率するプレナ・メロトラ氏の管轄下に入ったことで疑問は解消。だが、シンガポールには今もDentsu Xの幹部がいる。7月に電通インターナショナルのクライアントプレジデントに就任したジェイソン・ウーリー氏で、シンガポールを拠点とするグローバル及びローカルクライアントを担当する。また、5月にはグローバル・クライアント・アンド・ブランド・プレジデントとしてサンジェイ・ナゼラリ氏が就任。経営陣の簡素化を進めるクラーク氏の意向だ。

従業員の離職に関する情報は提供されなかった。2019年から20年にかけて、APAC管理職の異動はさして激しいものではなかったが、2020年はいくつかの市場で刷新。その一方で、人材育成の取り組みは著しく減った。新たなグローバルな取り組みとしては、全従業員のスキルアップを目指すプログラム「X5」、世界に点在する従業員同士の関係性を高めるワークショップ「B-Side」の設立など。後者は個人的な関心事やクライアント、キャンペーンなどの情報を交換する場で、70カ所のオフィスに勤める300人以上の従業員の結束を図る。

だが、こうした取り組みは「教科書通り」という印象は拭えない。従業員を第一に考え、福利厚生や離職といった課題に積極的に取り組もうとする姿勢は特に感じられない。電通は傘下のエージェンシーの統合に躍起で、3つのサービスライン(メディア、クリエイティブ、CXM)を支える経営陣の中から特定のエージェンシーの管理職を解雇した。こうした措置で、他のエージェンシーが「イノベーションの遅れはほかの分野で埋め合わせられる」「DEIやサステナビリティーの解決は厄介事」といった考えを持ち、改革の速度を緩めないだろうか。昨年のDentsu Xはイノベーションが進まず、人材への取り組みでも特筆すべきものはなかった。新規事業の減少も鑑み、マネジメントも格下げとする。

消費者インサイト 40%
クライアントインサイト 40%
ソリューションデザイン 20%

インサイト
アイデア / クリエイティブ
エンターテインメント
Eコマース
事業変革

味の素
本田技研工業
ネスレ
タイ石油公社
レキットベンキーザー
インド準備銀行
トヨタ自動車

A-: この困難な時期における弊社の実績の証は、ビジネス成長と共に、クライアントや従業員から受けた高い評価にほかなりません。

(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)

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