Gabey Goh Jenny Chan
2016年5月19日

アジア・マーケット点描 ~ タイ:モバイル革新時代

政治も経済も、久しく明るいニュースがないタイ。だがソーシャルとモバイルが築く新たな時代は、確実に到来したようだ。

アジア・マーケット点描 ~ タイ:モバイル革新時代

確かに今、「微笑みの国」は苦境に立たされていると言えるだろう。
民主主義を実現させるはずの総選挙が延期された影響もあり、世界銀行はタイの経済成長率が2015年の2.5%から2016年には2%に下がるとの見通しを立てている。消費低迷につながる高い家計債務や、輸出の伸びの低迷もその要因だ。
1月にはさらに、「政策の不確実性は民間投資を圧迫するだろう」との声明を発表した。

「ハバス・ワールドワイド・バンコク」社で東南アジアの統合事業開発ディレクターを務めるサニー・ヘルマノ氏は、昨今の状況でタイの企業はマーケティング関連への支出が減っている、と指摘する。
「タイの広告代理店のトップたちと話をすると、誰もが意気消沈しているのがわかります。皆が様子見の姿勢で、何を購入して何をするかということに、極めて慎重になっています」
同社でも従来型の長期契約より、プロジェクトごとの単発契約が増えているという。
彼曰く、最も痛手を被っているのは中小企業だ。より少ない予算でより大きな効果をもたらすデジタルの潜在力を顧客に理解してもらいたいと、多くのB2B(企業間取引)クライアントが同社に相談に訪れるという。
「バンコクでは新製品を市場で売り出す場合、派手な広告と大規模なイベントを展開するのが一般的です。この手法は今でも変わりませんが、ブランドは予算の節減を重視し始めていて、デジタルの活用にますます注目していますね」

ソーシャルが生み出す可能性

タイの都会で生活する人々すでにはソーシャル・メディアに十分馴染んでいて、その利用時間は世界的平均よりも長い。
最も人気が高いプラットフォームはFacebookで、「ソーシャルベイカー」社によればバンコクは世界の都市で最もFacebookが普及しており、その率は104%超に達するという。
また「eマーケッター」社によれば、その65%の人々がブランド情報の検索にFacebookを利用する。
さらに「TNS」社の調査では、タイ人の74%が日常的にインスタント・メッセージを利用しており、これは世界平均の55%を大きく上回る。その主要アプリはLineで、ユーザー数は3,300万人、総人口の半分に匹敵するのである。

これらのソーシャル・プラットフォームはタイの消費者にとって自己表現の場となっているが、彼らのキャラクターはむしろ保守的な色彩が強い。

「Facebookにいろいろと書き込みをしても、現実の行動はともなわないことが多いのです」と言うのは、「マッカン・ワールドグループ・タイランド」社のCEO、ユピン・ムンツィング氏。

モバイル・ソーシャルの可能性をより広げると期待されているのが、携帯電話第4世代(4G)サービスの開始だ。
これを大きなチャンスと捉えている企業の一つが、「サヌーク・オンライン」社。同社はタイ最大のコンテンツ・ポータルサイトの一つで、月間ユーザー数は4,000万人。その80%がリピーターである。
2010年、中国の「テンセント」社はサヌークの株式49.92%を1050万ドルで取得した。サヌークは現在、テンセントのモバイル・メッセージング・アプリ「WeChat」をタイで展開し、インターネット広告、モバイル付加価値サービス、eコマース、カジュアルゲームといった様々なネット関連事業を手がけている。

サヌークのCEOであるクリッティー・マノリーハクル氏は、「ブランドは市場の変化に敏感に対応します。今でも従来型メディアとオンライン・メディアの両方に予算を使ってはいますが、今後は後者の割合が高くなるでしょう」と言う。昨年はオンライン・メディアへの予算が62%伸びて、2億8,250万ドルに達するだろうと見込まれた。

サヌークは無料音楽配信サービス「Joox」やレストラン検索「iPick」といったモバイル・アプリを始めとする事業拡大を行っている。
さらに、コンテンツの価値を理解できるブランドとともに、消費者が抱える問題を解決していくチームを立ち上げた。
「例えば、昨年はある一流スポーツウェア・ブランドとともに、デスクワークの時間が多い人々はどうしたら体形を維持できるか、というテーマのビデオを制作しました」
「我々は消費者の関心に応える広告戦略にも取り組んでいかなければなりません。ですから弊社の広告オペレーション・チームは、プログラマティック・バイイングに関する豊富な知識を持ち合わせているのです」

成長するEコマース

ソーシャルとモバイルのカップリングは、オンライン・ビジネスに特有のメリットを与えた。
「ユーロモニター」社のリサーチ・アナリスト、アニサ・ンガンディー氏は、「消費者の購買行動の変化によって、『Lazada』、『WeLoveShopping』、『iTrueMart』といったネット販売に特化した小売事業者の業績は、マルチ・チャンネルの事業者を凌ぐようになるでしょう」と予測する。
Lazadaは数年前に登場したばかりだが、アジア市場でiOSとAndroidの両方のアプリを打ち出した先駆的なeコマース事業者の一つ。今やその売買の半分以上が、モバイルを通して行われている。

タイのeコマース分野には他にも、モバイル専業のディスカウント・マーケットプレイスである「Shopee」、レストラン予約アプリの「Eatigo」、配車アプリの「GrabBike」(Grabに商標変更)といった新規参入が相次いでいる。
ユーロモニターによれば、インターネット小売業はファッションと家電を中心に2015年には30%の成長を果たし、13.3億ドルの規模となった。「DHL」社の予測では、タイのeコマース市場は2020年までに現在の3倍以上、39.4億ドルになるという。

「MRM」社のラタコーン・ポサラム氏は、「少なくともソーシャル・メディアに通じた若者たちの間では、eコマースはとどまることなく、ボーダーレスに拡大していくでしょう」と見る。
「タイの消費者はもともと社交好きです。その需要を満たしてくれるソーシャル・コマースが発展する土壌が、すでにあるのです。今はLineやInstagram、Facebookなどが、人々のインターアクションや対話の入り口になっているようですね」

(編集:水野龍哉)

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