この7月、アパレル通販サイト「ゾゾタウン(ZOZOTOWN)」が発表した完全オーダーメイドのプライベートブランド(PB)「ゾゾ」。長年イノベーションを欠いていた業界にエキサイティングで新たな方向性を示したことは、あらゆるファストファッションブランドに対する「挑戦状」だ。
ドットマーカーとスマートフォンのアプリを駆使し、顧客の体型を正確に採寸する「ゾゾスーツ」はPRに打ってつけで、衝撃的ですらある。自宅にいながら手頃な値段で購入できるオーダーメイドの服こそ、アパレルのマスマーケットの未来 −− ゾゾを生んだ「スタートトゥデイ」はそう信じて疑わない。
7月31日現在、同社は112万8333着のゾゾスーツを出荷した。その需要は男性用スーツにとどまらず、Tシャツやジーンズも含まれる。だがそのコンセプトの浸透は聞こえほど容易ではない。明確な課題は、ファストファッションの典型的な利用客がTシャツやジーンズ(現在、ゾゾスーツで購入可能)のフィット感にどれだけ気を配るかだろう。
「確かに、オーダーメイド服の素晴らしさをもっと広めていく必要があります」。半年前にLINEから転職したスタートトゥデイのコミュニケーションデザイン室室長、田端信太郎氏はこう語る。同氏自身、「自分のユニフォームのようになった」オーダーメイドのジーンズとTシャツを愛用する。
「今は将来的な顧客へのマーケティングメッセージの作成を行っています。服が体にフィットするというだけでは、幅広い需要を喚起できない。体にぴったりとフィットした服はクールでセクシー、そしてスマートに見えるということを広めていかねばなりません。それが我々の現在の課題です」
オーダーメイドの利点を何よりも物語るアイテムは、ゾゾが日本で提供するビジネススーツだ。2万2千円(200米ドル)以下で購入できるスーツは、典型的サラリーマンが通常のリテーラーで買う(往々にして体に合っていない)既製スーツよりも魅力的な選択肢。「フォーマルスーツは製造が最も難しいアイテムの1つ。計測スーツによるデータでゾゾの潜在力を実証していくことが得策と考えています。将来的にはオーダーメイドのアイテムを更に拡充していきます」と同氏。
オーダーメイドを「スタンダード」に
アマゾンとユニクロも、オーダーメイドサービスに手を出し始めている。アマゾンは昨年4月、オンデマンドの生産システムで特許をとり、3Dのボディースキャナーを活用した計測法の研究を始めた。ユニクロも、顧客が一定の範囲内でフィット感や長さなどを指定できる、いわゆる「テーラーメイド・フィール」のシャツを販売している。
今の段階で、両社の取り組み方はゾゾほど熱心ではない。田端氏曰く、「ゾゾは根本的な価値観を変える」。すなわち消費者が、体にフィットした廉価な服を『持っているといい』から、『優先して買いたい』という感覚に変わるというのだ。オーダーメイドの普及でこれまで得られなかった膨大な個人データを集積できるのも、ゾゾやアマゾン、ユニクロに共通する利点だろう。
ユニクロの親会社ファーストリテイリングの田中大執行役員・プロジェクト推進シニアバイスプレジデントは昨年のプレス向けイベントで、「ユニクロは製造プロセスを“順次”から“リアルタイム”に変える。究極的には消費者が求める製品だけを作っていきます」と述べた。
「全てが顧客から得られる情報に基づいたものとなり、プランニングは極めて迅速になる。月単位の生産サイクルは週単位になります。顧客の変化に対応した製品の微調整も行います」
それは、実現困難な壮大なビジョンだろう。田端氏は、「製造業の経験がほとんどない企業にとって、オーダーメイドはもちろん、服の生産は想像以上に困難だった」と話す。「ユニクロに対する敬意は、以前よりもずっと深くなっています」。
消費者に寄り添った最近のアプローチでは、デジタルアシスタント「UNIQLO IQ」がある。消費者が気に入った洋服を選ぶのをサポートする一方、その嗜好に関するデータを集積するシステムだ。パーティー(Party)社とともにこのサービスを開発したイナモト&カンパニーの設立者、レイ・イナモト氏はこのサービスが「ユニクロのビジネスの基幹になるかもしれない」と話す。
ゾゾにとってオーダーメイドの服作りは、ゾゾタウンの中核ビジネスである幅広いファッションブランドを揃えた小売業に取って代わるものではない。データに基づき消費者に最適な商品を供給できることで、小売業を補完する意味合いを持つ。
「長い目で見れば、オーダーメイドの服作りはプラットフォーム的なものになるでしょう」と田端氏。「5〜10年のうちに、集積した顧客の体型に関するデータを外部のファッションブランドに公開する可能性もあります。現時点でその予定はありませんが、集めたデータがより幅広い役割を果たすことは間違いありません」。
ハバス・ワールドワイド・ジャパンのスティーブン・コックスCEOは、「ファストファッションブランドのパーソナライズ化は非常に理にかなっている。便利であるはずのサービスをより便利にするからです」と話す。
「消費者は、ゾゾスーツに代表されるような新たなテクノロジーを実感することに喜びを感じるでしょう」。同氏はまた、日本のコンビニエンスストアが1日の時間に応じて商品の構成を変えるのは、「小売の最も基礎的レベルでも、消費者がある程度のオーダーメイドを望むようになったことを示す」と指摘する。「ショップの数が少なく、より拡散している日本以外の市場でこのサービスはより潜在性が高い」。
ファストファッションにおけるオーダーメイドサービスが成功する鍵として、同氏は2つの要素を挙げる。それは「オーダーのプロセスの簡易さ」と「簡素で迅速、かつクオリティーの高いサービスの供給」。「新たなバリアを作るようなことをしなければ、このサービスはたくさんのバリアを壊すことができます」。
「ブランドのパイオニア」として
「流れる水のように、確実な配送サービスを行う」 −− ウーバーはこうした方針を打ち出しているが、ゾゾのそれも多分にウーバーを想起させる。田端氏は「ゾゾを単なるファッションブランドではなく、電気や水道のように広義のインフラストラクチャーとして成長させたい」と話す。
マーケティング畑で15年間働いた田端氏がスタートトゥデイに移った理由は、創業者である前澤友作氏の(日本では稀有な)ビジョンの大きさと起業家精神に魅了されたからだった。元パンクミュージシャンで、43歳にして億万長者である前澤氏。秀でたアートコレクターという一面も持ち、国内外の文化人と強いつながりを持つ。
同氏の個性とソーシャルメディアでの存在感は、「ゾゾというブランドを確立する上で重要な役割を果たした」と田端氏は考える。「PBの宣伝では大規模な広告が将来、一定の役割を果たすでしょう。しかしその礎となるのは、前澤の著名人とのつながりを生かしたソーシャルメディアです」。
世界市場と「パーソナライズ化」
10月からゾゾは、消費者ブランドとしてだけでなくコーポレートブランドとしてスタートトゥデイに取って代わる。ブランドの売上目標は創設から3年目で2千億円。そのうち40%を海外市場に当て込むが、まだ未知数の部分が多い。来年3月末までに計測用のゾゾスーツ1千万着の発送を予定するが、それ以外に「具体的な戦略はまだないのが正直なところ」。オーダーメイドの服がイメージさせる無駄の削減や環境への好影響が、「サステナビリティを重視する人々が多い市場で差別化に役立つでしょう」。
これまで同社はロサンゼルスとベルリンにマーケターを駐在させてきたが、今後はさらに増やしていく予定。「特に東南アジア市場には強い関心を払っています」。その目標は「70億超の人々のためのユニバーサルブランド」だが、人口規模で重要な中国とインド以外、「どの市場を優先するか選択が難しい」。
「こうした市場でゾゾはまだ知名度がありません。日本に親近感を持っている東南アジア市場を優先するべき、という人々もいます。確かにそれは間違っていませんが、我々は世界全体を同時に視野に入れています。世界戦略はまだスタートを切ったばかりですが、成果から学び、その後に優先市場を決めていきます」
「ゾゾが『日本発』であることは重視していません。我々はユニバーサルなブランドを目指しているので、『日本』を強調するつもりはありません」。ユニクロや無印良品の世界的な成功は「ある程度良いケーススタディ」だが、「同じジャンルで捉えられたくはない。ゾゾを他分野の企業の新たなビジネスモデルにすることが目標です」。
「21世紀は大量生産が廃れていくと考えています。あらゆる製品が、パーソナライズ化された需要から生まれるようになるでしょう。そうした将来を鑑みれば、ゾゾというブランドはパイオニアになれる。我々が先鞭をつけることで、他の業界が後に続くでしょう。コスメティックや食品、医薬品などといった分野で、パーソナライズ化されたユニークなサービスが生まれてくると思います」
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)