ベインキャピタルによる国内広告3位のアサツーディ・ケイ(ADK)の買収は、紛れもなく大きなニュースだった。たとえあなたが日本の広告・マーケティング業界に興味がなくても、あるいはADKの名を聞いたことがなくても、この出来事は今後注視していくべきだろう。
ADKの名に馴染みのない人のために改めて記しておくと、同社は日本有数の企業だ。社員は3500人以上を数え、年間総売上は30億米ドル(約3400億円)以上。日本のほぼ全ての主要企業と取引があり、優秀なスタッフに恵まれ、メディアバイイングやコンテンツ制作の能力も高い。どのような基準に照らし合わせても、一流の広告代理店と言える。
ADKは、WPPと長く不幸な資本・提携関係にあった。そこでADKの経営陣は、会社再編のためWPPと袂を分かち、ベインに被買収を働きかけるという英断を下した。そうすれば、将来競争力のある会社に生まれ変われると踏んだのだ。来るべき再編で、ADK経営陣は自分たちや社員の多くの仕事内容(あるいは肩書き)が大きく変わることを覚悟している。
明白なのは、ベインが民間投資会社であることだ。そしてその目的は、過小評価されている企業を買収して再生し、価値を高めた上で売却し利益を得ること。ベインにはADKとその社員を半永久的に保有したり、ADKの資産の一部を自社の事業に取り込んだりといった考えは毛頭ない。
ありふれた言い方かもしれないが、今回の動きは広告界にとって「激震」だった。ベインは最近では東芝メモリの買収を主導し、現在はシマンテックやトイザらスなどの再編に取り組んでいる。ADKを再建して売却すれば、多額の利益を生むと見ているのだ。
この買収劇がなぜ注目に値するのか。それには次のような相当の理由がある。
1. 広告界の未来に明るい兆し
ベインはジャンルを問わず、可能性を見出せば企業買収を仕掛ける。広告代理店に潜在的価値を認めたことは、業界全体にとって朗報だろう。
広告界の多く(あるいはほとんど)の人々は、中長期的にどのように生き残れるかという不安を抱いている。そんななか、ベインは多額の資金とリソースを注ぎ込み、より強靭で競争力の高い広告代理店のビジネスモデルをつくろうという賭けに出たのだ。
2. ベインのADK再建計画は、他の広告代理店の改革にとっても有意義
ベインが成功するか否かにかかわらず、その動きからは目が離せない。広告界トップは業界が直面している課題を認識してはいるものの、競争力向上のための本格的な改革には取り組まず、小手先の修正しかしてこなかった。その原因は旧態然とした業界の体質であり、自衛本能でもある。また彼ら、特に持ち株会社の経営陣は、財政的リスクを冒して新たな試みに挑もうという柔軟な姿勢はほとんど持ち合わせていない。
ベインは今後、我々のお手本となるようなリスクをとっていくだろう。
3. 広告界にもたらす新たなアイデア
ADKを「デジタル重視」の代理店にするというベインのビジョンは漠然としているし、陳腐にも聞こえる。だがその点は、少し大目に見てもいいのかもしれない。
今後ベインは、次のような興味深い決断をする可能性がある。例えば、様々なコンテンツプロバイダーとの提携や、新興のデータアナリティックス、または業界関連のアウトソーシングの会社への異例とも言える投資。また、年功序列ではなく業績だけによる評価で社員のモチベーションを上げること。更に、トップレベルの外国人スタッフも含めた、あらゆるレベル(経営陣にとどまらず)での新しい人材の登用。ベインはADKがコンテンツ制作・ビジネスに力を入れ、投資していることをはっきりと評価している。この点もどうなるのか、興味深い。
4. 国際的な広告代理店ネットワークの運営と競争を再定義
海外で思うような成長が果たせなかったことが、WPPとの提携関係におけるADKの不満だったようだ。しかし同社の国際的ネットワークにおける不備は、長い目で見れば利点だろう。つまり、海外展開を一からスタートできるからだ。他の広告代理店グループは、多角化に不向きな事業を数多く抱え込んでいる。良くも悪くも、利幅が確実に縮小していくビジネスやビジネスモデルに足を突っ込んでいるのだ。
ベインは積極的に、より大きく創意に富んだリスクを取る可能性がある。ADKをクライアントにとってより価値のある存在にし、競合他社よりも高い利益を上げる代理店にしていくだろう。
もしこうした手法で、たとえ部分的であれベインが成功を収めるのなら、広告界全体は大きな変革に見舞われる。他の民間投資会社やその類似企業はベインの成功に続こうとするだろうし、失敗した場合でも他の投資会社はそこから学び、新たな挑戦をするに違いない。
もう既にMDCやIPG、オムニコムといった全ての持ち株会社は、間違いなく買収のターゲットになっている。WPPを率いるマーティン・ソレル卿の後継者として、我々はベインのデイビッド・グロスロー氏のような人材を頭の中に入れておくべきだろう。
広告界が自ら変革を起こさなければ、業界外の人間がそれに着手する。たとえ業界内の人間が急いで事を進めたとしても、時既に遅しなのかもしれないが。
(文:バリー・ラスティグ 編集:水野龍哉)
バリー・ラスティグは、東京を拠点とするビジネス・クリエイティブ戦略コンサルティング会社「コーモラント・グループ」のマネージング・パートナーです。