Surekha Ragavan
2022年5月12日

マーケターは、インハウス化になぜ積極的か

メディアとマーケティングの未来を考えるCampaign主催のイベント「Campaign360」。初日のテーマの1つが、デジタルマーケティングのインハウス化だった。

マーケターは、インハウス化になぜ積極的か

今年は対面形式で開かれたCampaign360。会場となったシンガポールのラッフルズホテルに集まった参加者の大きな話題だったのは、「大退職時代(Great Resignation)」 −− あるいは、「素晴らしいチャンスの時代(Great Attraction)」と楽観的にとる向きもあるかもしれない −− だ。

マーケティングのインハウス化をテーマにしたディスカッションで司会を務めたR3プリンシパル・共同創立者のシュフェン・ゴー氏は、マーコム(マーケティングコミュニケーション)業界の労働市場におけるギグエコノミーが2020年に約20%に達したと言及。ブランドの53%が外部エージェンシーとは別に機能するインハウスチームを持っているという統計も紹介した。それでもほとんどのブランドは社内外のチームを併用する「混合型モデル」で、「全ての機能をインハウス化しているクライアントはまだいません」。また、インハウスチームを持つブランドの97%はデジタル機能をインハウス化しているという。

ヒューレット・パッカード(HP)のアジア担当CMO(チーフマーケティングオフィサー)シュウ・ティン・フー氏は、同社のインハウス化は「コロナ禍が起きる直前、全社的なデジタル変革を目標に始まった」と発言。同社のCFO(チーフフィナンシャルオフィサー)は「この変革をデジタルチームの機能とマーケティング価値を向上させる機会と捉えています」

HPのインハウスチームはメディアバイイングと検索、そして一部のパフォーマンスマーケティングを担う。だが、多様な考え方が求められるブランド戦略とクリエイティブは「まだ大部分を外部エージェンシーに依存している」(フー氏)

シンガポールの大手スーパーマーケットチェーン「フェアプライス」とそのアプリ「NTUCリンク」のチーフカスタマーアンドマーケティングオフィサーを務めるアルヴィン・ネオ氏も、インハウス化は「コロナ禍の数カ月前から始まり、今はパフォーマンスマーケティングに注力している」と発言。同社はハバスをメディア指定代理店としているが、パフォーマンスマーケティングのほぼ100%をインハウスで行い、複数年計画を立てて着実に向上させているという。 販促用品や店舗も含めたデザインはほぼ全てがインハウス。コンテンツとソーシャルメディアはグッドスタフ(Goodstuph)社と提携し、内外で分担しているという。

では、業務のインハウス化と外部委託はどのように選別しているのか。ネオ氏はまず、そのサービスがブランドにとって核心的なものか否かを判断するという。例えば、eコマースはコロナ禍では必然的に主要なサービスとなり、迅速な対応が業績に直接反映する。スピード感が要求される機能だからこそ、同氏は外部エージェンシーではなく、インハウスチームで処理する決断をした。

「外部のエージェンシーだと課題への答えを出すのに2日はかかる。インハウスチームなら即応でき、数時間、あるいはひと晩で解決できます。効率化のためにインハウスチームを立ち上げましたが、クオリティーと迅速性の面でも有効性が見出せた」(ネオ氏)

マーケターがインハウス化に積極的な理由の1つが、コストの効率性だ。だが昨今の人件費の高騰で、インハウス化が以前のような効率化につながるのだろうか。

アセンブリー(エージェンシー)のAPAC担当マネージングディレクター、リチャード・ブロスギル氏は「コストを重視して枠組みを作るのは間違った発想」という。「マーケターは経理担当者を一時的に満足させられるかもしれないが、将来的にはさらなるコスト削減を求められる可能性がある」。さらにインハウスチームを立ち上げる際のスタッフ養成のコストや、外部エージェンシーにサポートを依頼するコストも否定できないという。

それでも、消費者がブランドに高度なデジタルエクスペリエンスを求めるようになった今、「インハウスの利点は十分に理解できる。ブランドも自社データの保有が必要になってくるでしょう」

「データ管理能力はインハウスチームを立ち上げる場合、重要な基盤になります。それによってカンバセーションマーケティング機能と透明性が向上する。メディアサプライチェーンの管理も可能になります」

ただし、人材に関する課題も生じるとネオ氏。「専門的技能を持つスペシャリストを会社に連れて来れば、最初の2年間は満足のいく仕事をしてくれる。しかしひと通りのことを吸収してしまうと、新しいアイデアがなかなか出てこなくなるのです。マンネリ化は避けられず、向上心も衰え気味になる。これは彼らに対する批判ではなく、現実です」

フェアプライスのようなブランドにとっては、メディアバイイングは中心的事業ではない。それゆえスペシャリストが離職してしまう可能性も想定しなくてはならない。逆に彼らを長い期間使いこなせれば、業績伸長に大いに役立つ。

この問題に対処するため、ネオ氏はそれぞれのチームに「マスターコンダクター(主任指揮者)」を立て、資金や人材、ROI(投資利益率)などを管轄させた。インハウスチームはどうしてもスタッフの入れ替わりが激しいので、これらコンダクターはネオ氏にとって今や欠かせぬ存在だ。

フー氏は、「異なる技能を持つスペシャリストたちを1つにまとめ、共通の目標に向かって駆り立てるには企業の『文化』が極めて重要」と述べ、こう締めくくった。「私は魔法の杖を持っているわけではありません。我々がもっと向上できるモデルを常に追求していきたいと思っています」

(文:スレーカ・ラガヴァン 翻訳・編集:水野龍哉)

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