人気テレビアニメシリーズ「鬼滅の刃」は凄惨なシーンで始まる。主人公の少年・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が炭を売って家に帰ると、家族が鬼に惨殺されている。数分後、家族唯一の生き残りである妹の禰豆子(ねずこ)が鬼に変身し、炭治郎を襲うのだが、やがて禰豆子は炭治郎を守るようになっていく。
色鮮やかな色彩とともに、日本の鬼退治や奇妙なモンスター、驚異的なロボット等が世界の市場に躍り出たことで、アニメの市場はかつてないほど好調に推移している。2020年にテレビから映画館の大スクリーンへ飛び出した「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」は、瞬く間に日本のアニメ映画史上最高の興行収入を記録し、最終的には日本で404億円、世界で5億400万ドル(約700億円)の興収を達成した。
アニメの成功と規模を映画興行と比較してみよう。2020年、米国での映画興行収入は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによる自宅待機と営業停止により、80%減となった。同年、日本の映画館における興行収入全体は45%減となったが、日本のアニメ市場の縮小は3.5%にとどまり、市場価値は約213億ドル(約2兆9500億円)と見積もられた。
言うまでもなく、パンデミックは現実逃避の手段として、映像コンテンツへの新たなニーズを喚起した。そして「鬼滅の刃」のファンは、パンデミックの渦中にあった日本の興行を救っただけでなく、100年の歴史を持つアニメ業界をニッチな産業から一般的な産業へと押し上げる原動力となった。
アニメの輸出:アニメの力を利用する
電通のコンテンツビジネス・デザイン・センター チーフ・プロデューサーとしてアニメ事業を率いる新居祐介氏は次のように語る。「(アニメは)広告の定番となっただけでなく、さらに需要は加速しており、人気アニメタイトルとの連携に関心を示すブランドも増えている。アニメのキャラクターは、インフルエンサーやセレブ、アスリートと同じか、それ以上の人気を集めるようになった」
「ポケモン」から「パワーレンジャー」まで、数十億ドル規模のポップカルチャーの熱狂を享受するファン層は、日本だけでなく世界中に広がっており、ブランドも無視できない力になっている。新居氏によると、若い世代にとって、アニメはすでにサブカルチャーからメインストリームへと移行しており、日本のアニメが本格的に世界へ進出するための舞台は整ったという。
多数のライバルが厳しい競争を繰り広げるデジタル市場において、アニメは実写ではなしえない無限の可能性をもたらす。年間240億ドル(約3兆3300億円)というアニメの金鉱に新たに取り組んだのは、コカ・コーラだ。漫画「BLEACH」の最終章をアニメ化した番組「BLEACH 千年血戦篇」の2022年の放映に合わせて、キャラクターを使ったコラボキャンペーンを展開し、「コカ・コーラ ゼロシュガー ソウルブラスト」の限定販売を開始した。
東京に拠点を置くヴァーチューAPACのグループ・クリエイティブ・ディレクター、クリス・ガーニー氏はこう語る。「日本が長い間培ってきたものに、ようやく世界も追いついてきている。アニメと漫画はサブカルチャーの枠を破りつつあり、日本のアニメには海外の文化人が認識しているよりはるかに多くの魅力がある」
「BLEACH」の主人公である黒崎一護は高校生で、霊を見る能力を持ち、死神代行として、霊を現世から死後の世界へ送るのを助ける。この連載漫画とアニメシリーズへの熱狂的な支持は20年以上続いている。そのことを尊重し、ヴァーチューは今回のキャンペーンでファンファーストのアプローチをとった。BLEACHは、久保帯人氏が2001年から2016年の長期にわたり週刊少年ジャンプに連載した人気漫画であり、その最終章のアニメ化を長年待ち望んでいたファンは、キャンペーンの根底にあるキャラクターの自己実現の旅というモチーフとアニメの関連性から、何らかのインスピレーションを得ることができるだろう。
ヴァーチューAPACの戦略責任者、フイウェン・トウ氏はこう語る。「キャンペーンの狙いは、この大人気アニメシリーズの記念すべき放送開始に合わせて、ソウルブラストへの期待と欲求をかき立てることだ。このキャンペーンは複数のフェーズで構成され、Z世代の熱狂ポイントに即し、彼らのファッションやストリートカルチャーを援用しながら、アニメシリーズの象徴でもあるエネルギーの爆発を表現するものだ」
キャンペーンのアニメーションは、非常に特殊なスキルを持つアニメーターによって、ほぼすべてが手描きで描かれ、制作には2~3カ月を要した。また、ソウルブラストの缶をスキャンすることでAR体験を楽しめる仕掛けもあった。
コカ・コーラの大中華圏およびモンゴル支社でクリエイティブディレクターを務めるシャーロット・スン氏はCampaignに対し、「狙いは、(コカ・コーラのキャンペーンのフレーズである)『Real Magic』を皆の手にもたらし、最高の真の自分を引き出せるようにすることだった」と述べている。
ガーニー氏の説明によると、ブランドが「アニメの流行に乗っかる」のではなく、日本のルーツやキャラクターの個性、そしてそのバックグラウンドを、ソーシャルメディアや屋外広告で、シリーズ動画を用いて表現したかったのだという。「狙いは、説得力のあるストーリーと体験を織り交ぜながら、商品とブランドの魅力を増幅させることにあった」
アニメ対アニメーション
ファッションブランドのロエベは2022年1月、スタジオジブリとのコラボレーションにより、「千と千尋の神隠し」にインスパイアされたアパレルとアクセサリーの最新コレクションを発表した。このコレクションは大成功を収め、転売サイトでは法外な値段で商品が取引されることになった。アニメの人気は凄まじく、リセールサイトのグレイルド(Grailed)などで、服やバッグの製品が高額取引されただけでなく、イーベイでは、ロエベの「千と千尋の神隠し」のショッピングバッグまでが数百ドルで出品された。
パロット・アナリティクスのデータによると、アニメはもはやオタクな趣味ではなく、ビデオゲームと同様、430以上の制作スタジオで構成される一大産業だ。過去2年間で、アニメの需要は118%増加している。
ヴァーチューAPACのトウ氏はこう語る。「私のようなアジアのミレニアル世代は、アニメをたくさん見て育ち、『NARUTO -ナルト-』や『BLEACH』に強い影響を受けて育った。しかし、アニメを世界に広めるのは簡単なことではない。西洋のアニメーションに比べ、アニメは質感や複雑さ、ニュアンスに富んでいる。適切に制作された作品なら、すべてのフレームが視覚的に魅惑的で、芸術作品のように感じられる」
しかし、その魅力は芸術面に留まらない。「ハローキティ」「マリオ」「ポケモン」「ドラゴンボール」などは、ありとあらゆるものから、魅力的なキャラクターや魅力的なストーリーを生み出す力がある。
ガーニー氏はまた、「職人気質」にも言及している。それによって、日本のクリエイターは細部にまでこだわる傾向が強くなり、作品を単なる良いものから素晴らしいものへと昇華させるのだと考えられる。
アーティストの村上隆氏は、アニメについて異なる捉え方をしている。同氏によると、日本は世界で最初のポストアポカリプス(終末世界)社会であり、原子爆弾が2度投下されたことで国民が負った深い傷は、世代を超えてトラウマになった。そして、その苦しみを代弁し、和らげるために、漫画やアニメなどのポップカルチャーが利用されてきたというのだ。
ブランドがアニメを好む理由
ガーニー氏はCampaignに対し、カラーリング、クリーンアップ、プロダクションといった映像技術面では、アニメはより少ない人員でより多くのことができるため、キャンペーンがはるかにコントロールしやすくなると言われているが、予算、時間、複雑さを削減できるというのは幻想だという。
「もしもブランドが、アニメのキャラクターや玩具の剣を商品に貼り付けるだけなら、従来のようにタレントを起用してキャンペーンを行うよりもちろん簡単だ。しかし、アニメを用いるなら、コンテンツそのものへの情熱をもち、何カ月もかけて、現地のアーティストやIP部門と高度なコラボレーションする必要がある」とガーニー氏は語る。
「アニメキャラクターを些細に眺めていると、そこに感情、動き、喜び、怒り、涙などが読み取れる。それこそが、アニメの美しさであり、魅力なのだ」
手描きアニメの芸術性は、マーケティングに成功をもたらすビジネスモデルへとつながった。電通の新居氏は、日本のアニメが持つ力とスケールを確信している。
「注目を集めることは、マーケティングにおいて常に高いハードルだが、アニメをうまく利用することで、個々のタイトルごとに既に存在するコミュニティーで、ブランドは存在感を示すことができる。また、キャラクターを適切かつ真摯に展開するなら、多くのオーディエンスにブランドメッセージを効果的に伝えることができる」と新居氏は付け加える。
マーチャンダイジング、ゲーム、その他の収益源を確保するなど、「鬼滅の刃」のようなタイトルが開拓したビジネスエコシステムは、今やディズニー、ネットフリックス、プライムビデオをはじめとするストリーミング大手のビジネスにも影響を及ぼすまでになっている。
ネットフリックスは2021年、同社のプラットフォーム上で、全世界の加入者の半数以上が何らかのアニメコンテンツを視聴していたことを明らかにした。加入者数の伸び悩みに直面し、成長のためにアジアに目を向けた同社は、東京でアニメ制作専門のクリエイティブチームを雇用し、「ゴジラ」や「トランスフォーマー」シリーズを含む40の新しいアニメタイトルの制作を進めており、日本のアニメ制作会社スタジオコロリドと複数作品で契約したほか、世界配信の計画もある。
ネットフリックス日本法人のコンテンツ部門担当バイスプレジデント、坂本和隆氏はこう語る。「今年に入ってから、約100カ国でアニメ作品がトップ10にランクインしており、日本だけでなく世界でも人気を博している。日本のネットフリックスユーザーの約9割がアニメを視聴しており、全世界のネットフリックス加入者の半数以上が、何らかのアニメコンテンツを視聴している」
アマゾンやディズニーなどの競合プラットフォームも、豊富なアニメタイトルを提供しており、同様の調査結果を報告している。
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントは2021年8月、AT&Tからアニメストリーミング企業クランチロールを11億7500万ドル(当時のレートで約1300億円)で買収した。大手スタジオがこぞって大量のアニメコンテンツをかき集めている。もはや業界は、飽和状態になっているのだろうか?
電通によると、実際のところ、消費者はまだまだ大量のコンテンツに飢えており、ブランドのチャンスは依然として広がり続けているという。
「人気の上昇度は比類なく、日本からの供給量も揺るぎない。漫画とゲームだけでなく、世界各国でのアニメタイトルの配信によって、アニメソング、コスプレファッション、アクションフィギュアなども売れている。何より素晴らしいことは、子供からティーン、大人にまで、どんな人にも、自分に合うアニメがあるということだ」と新居氏は言う。
中国、韓国、米国のベンダーが消費者の需要に応えるために台頭してきたとしても、この確固とした漫画コンテンツの供給がある限り、今後も日本の優位性は揺るぎないだろう。
NPDグループの調査によると、米国市場において、漫画のタイトルは、スーパーヒーローコミックやグラフィックノベルよりも高い市場シェアを占めているという。コミックとアニメには、共に過去からの豊富なアイデアの蓄積という共通点があり、そして新しいヒット作を生み出そうと、すべての大手スタジオがそこへの関与を高めつつある。こうした現状を俯瞰しながら、ふと、ある思いが脳裏をよぎった。これは新たな時代の始まりなのではないか、と。