英・広告代理店バートル・ボーグル・へガーティ(BBH)の共同創業者で、ワールドワイド・クリエイティブディレクターとしても活躍したへガーティ卿。今年で78歳になる広告界の重鎮は、「流動的な労働力を活用するため、エージェンシーブランドはカルチャーをもっと強化すべし」と説く。
労働者階級出身であることから、「ダイバーシティーはクリエイティビティーの根幹で、どのエージェンシーにとっても必要不可欠」というのも持論だ。
「大規模なプロジェクトに対応するため、今では多くのエージェンシーがハイブリッドなアプローチを試み、多くのフリーランサーを生かそうとしている。だからこそ、エージェンシーが個性的なカルチャーを確立させることがこれまで以上に重要なのです」
「今後は労働力がますます流動的になる。『じゃあ、エージェンシーブランドは意味がなくなるのか』とよく聞かれますが、答えはむしろその逆。エージェンシーが強固なカルチャーを持つ必要性はさらに高まる。フリーランスの人々は自分の働き方や考え方、プレゼンテーションの仕方などを尊重してくれるチームと働きたいと考え、仕事先を選ぶからです。エージェンシーは彼らとの関係を維持しつつも、その関係性はずっと流動的になるでしょう」
「『エージェンシーカルチャーはもう終わりだ』と嘆く人がいますが、それは違う。これまで以上に強靭で、パワフルかつ明快なカルチャーが求められているのです」
「クラブ」としてのエージェンシー
へガーティ卿は2011年に出版した自著で、「エージェンシーは『クラブ』のように捉える必要がある」と述べた。今もその考え方に変わりはない。
「エージェンシーはクラブとして考える方がいい。エージェンシーの社員はクラブの運営に関わる中心的メンバー。そして、フリーランサーはクラブを自由に行き来するその他のメンバーです。こうしたメンバー同士が関係を築くことが重要で、ジーニーがやっているのはまさしくそういうこと。どうやって適切な人材を探し出すか、またどの企業と仕事をすればいいかという彼らの課題を解決するため、クリエイティブ人材とクライアントとの関係を深化させるのです」
ジーニーには出資をし、チェアマンも務める。最新のテクノロジーをマッチメイキングに応用する同社の強みは、スピード感と効率性だ。
「よく言われるように、人類は有史以来3つのことに夢中になってきた。1つは、『明日起きることを知りたい』という欲求を満たす未来の予知。残りの2つは、スピードとアクセスです。ジーニーはこの2つをクライアントに提供している。競争社会で生きる我々は、より優れた人材をいち早く獲得したい、そして自分に利をもたらしてほしいと願うものです」
昨年、ジーニーの業績は急成長を遂げた。さらなる成長を目指して、先週11日にはより幅広い分野の人材へのアクセスを円滑にした新システム「ジーニーOS」の運用開始を発表した。
旗艦モデルであるジーニーが自動化された人材エージェントで、顧客はサービスを利用した分だけ支払うのに対し、ジーニーOSは定額制。企業の様々なデータや人材のバリエーションを現在進行形のダッシュボードで示す。人材はプロダクションや社会活動の分野までカバー。ゆくゆくはジーニーも、企業がフリーランサーに支出した総額で色分けする定額システムに移行する予定だ。
昨年、ジーニーは1万3000件以上のマッチングを成立させ、フリーランス人材を探す際に生じる様々な業務を6500時間以上も短縮させたという。ジーニーOSはすでにサーチ・アンド・サーチ(ピュブリシス・グループ)、バーチュー(Virtue、米メディア・バイスの広告制作会社)、72&サニー(広告会社)、バーグハウス(アウトドアブランド)などが導入している。
人材の多様化こそがカギ
全てのエージジェンシーにとって極めて重要なのがダイバーシティー、と唱えるへガーティ卿。言うまでもなく、人材の多様性は様々な経験や考え方を注入し、組織に「豊かさ」を実現する。「ダイバーシティーはクリエイティビティーの根幹」という同氏の信念に基づき、ジーニーもネットワークの多様化を図る。
同社共同創設者のニック・グリム氏は、「職場のハイブリッド化を目指すクライアントには、従業員の25〜30%をフリーランサーにしなさいと助言します。彼らが重要な役割を果たすようになることで、職場でのごまかしが効かなくなり、真のダイバーシティーが生まれる」
「ジーニーはあらゆるデータをトラッキングします。従って企業がジーニーを通じてフリーランサーのネットワークを構築すれば、その多様性を我々は社外に発信できる。職場でダイバーシティーを確立し、フリーランサーが極めて重要な役割を担うことは、ビジネスを成功させる上で欠かせない要素です」
ジーニーが抱える人材は、年齢、ジェンダー(女性は37%)、人種(非白人は20%)、LGBTQI+(自認する者は16%)、障がい者、教育(国公立教育を受けた者は65%)など様々な面で多様性を持つ。「こうしたデータがこのプラットフォームの具体性・実用性を表している」と同社スポークスパーソン。
へガーティ卿はこうも述べる。「我々は決して完璧な人材を探そうとしているわけではありません。私はいつも街に出て、有望な人材の発掘に努めてきた。その結果、様々な場所で面白い若者たちと出会うことができた。中には、広告がどのように機能するのかまったく知らない者もいました。でも、それで良かったのです。彼らには変な広告の知識を吸収してほしくなかった。我々にとって未知の社会層とつながっていた彼らは、業界に新鮮なアイデアとアプローチを持ち込んだのです」
そして、過去の逸話を披露する。「あれは1980年代前半のことでした。当時採用していたクリエイティブチームを連れて、ソーホー(ロンドンの繁華街)のレストランへランチに行った。その時のことは決して忘れません。テーブルについてメニューを渡すと、彼らは困惑した表情でお互いを見合い、私にこう言ったのです。『これでどうすればいいのですか?』。何と、彼らはメニューの読み方を知らなかった。それまで一度もレストランで食事をしたことがなかったのです。私は思いました。彼らは素晴らしいものの見方を教えてくれた、と」
(文:ファヨラ・ダグラス 翻訳・編集:水野龍哉)