創立から19年、いまだ日本で最も話題性が豊富な企業の一つである楽天。最近では明るいニュースと暗いニュースの双方が行き交った。まずは前者。インターネット通販大手の同社はライバルのアリババやアマゾンを押しのけ、ナイキと並びFCバルセロナのメイン・グローバルパートナーの座を獲得した。期間は4年で、契約金は約2億6,000万米ドル。加えて、グローバルイノベーション・アンド・エンターテインメントパートナーにもなった。
楽天の広報担当者は、このスポンサーシップを通してFCバルセロナのファンに「これまでスポーツの世界では考えられなかったような革新的サービスやエンターテインメントを提供していく」と語る。
その一方で同社に対し、アマゾン同様、絶滅危惧種の動物から作られる製品を出店者が販売しないよう求める声があらためて高まっている。楽天は現在、法規制の範囲内で同サイト上での象牙製品の売買を認めているが、環境保護団体はFCバルセロナに対し、これを全面的に禁止するための圧力をかけるよう要求した。
こうした一連の動きは、楽天が目指すグローバル戦略のスケールの壮大さとともに、同社に注がれる世間の目の厳しさや事業上の課題を浮き彫りにした。楽天のグローバルブランドとしての確立を担うマーケターにとっては、まだ懸案が山積しているということだろう。
ラフル・カダヴァコル氏はこの2月、インドの大手IT企業ウィプロから楽天に移り、グローバルマーケティング担当のエグゼクティブディレクターとなった。東京・二子玉川にある楽天本社を拠点に、FCバルセロナとのスポンサーシップ交渉ではキーパーソンとして活躍。社内では幅広い事業に関与し、日本企業に勤める典型的な外国人マーケターと比較すると、より多くの役割を担っていると言えよう。
同氏が楽天への転職を決めた理由の一つは、「ミッキー(楽天の共同創業者兼CEO、三木谷浩史氏)のように先見の明があるリーダーの下で仕事ができること」。三木谷氏自身マーケティングに深く関わり、ラフル氏をはじめとするスタッフに十分な自由度を与えつつも、その活動と事業上の目標とは確実に合致させる。ここで言う「活動」に広告はほとんど含まれず、純然としたプロモーションも一切含まれていない。
楽天が今年実施したプロジェクトの一つが、英国・ベルファストでの「楽天ブロックチェーン・ラボ」の開設だ。同ラボはブロックチェーン技術(デジタル通貨ビットコインの基盤となる技術)に特化し、フィンテックやeコマース分野への応用を研究する機関である。また、ドローンによる配送サービス「そら楽(そららく)」を開発し、4月にローンチしている。
ラフル氏は、革新的コンセプトやベストプラクティスを日本から海外へ、あるいは海外から日本へ、市場横断的に展開していく役割を担う。詳細は明かせないとしつつ、日本発の「型破りなメディア」を世界に向けて発信するプロジェクトを目下手掛けているそうだ。
こうした様々な取り組みの主たる目的は、もちろん、楽天のコーポレートブランドの確立にある。それがまだ長い道のりであることはデータが示す。アジア全域におけるブランドへの消費者意識をCampaignとニールセンが合同で調査する「2016年アジア・トップブランド1000」で、楽天は総合277位だった。因みにアマゾンは42位。楽天が最も成功している市場の一つは台湾という結果も出た。ラフル氏はその理由に、楽天のプラットフォーム上で様々なサービスがシームレスにリンクし合い、「消費者の生活に組み込まれて機能している」ことを挙げる。
競合他社がすでに地位を築いている市場で、後発のブランドを確立させることは容易ではない。楽天の強みを生み出すため、ラフル氏は自身を含めたスタッフの仕事を「端的に、新しいアイデアを生み出す機会」と見ているという。役職にかかわらず、誰もがブランドにとって有益な革新的コンセプトを提案できるよう推奨しているのだ。組織には「垣根」がつきもので、楽天も例外ではない。だが同社には多様性を重んじる風土があり(東京本社のスタッフの国籍は5~60に及ぶ)、トップダウンよりも横のつながりを重視する。それゆえ、異なる部署のスタッフが集まって一つのプロジェクトに取り組むことは「比較的やりやすい」とラフル氏。その例が、同社が推進する「プロジェクト6」だろう。アイデアのある社員が自ら選んだ6人のスタッフでチームを作り、新規事業を立案、優れた企画には事業化のための資金が与えられる仕組みだ。
このような点から楽天は、「日本的」とは正反対の「グローバルな企業」であり、厳格な管理体制ではなく「強固な基盤を持つ進歩的な企業」とラフル氏は述べる。成長のカギは、新しい発想を受け入れる姿勢にある。「まだ改善の余地があるかと問われれば、もちろんあると答えます。常に向上していくことが大切。(スタッフは)じっと指示を待つだけではなく、変革の推進者になって道を切り開いて行くことができるのです」。
同氏は、今後のマーケティングに「ボット」の活用を強く推奨している。楽天ベンチャーズはこの8月、企業向けに「チャットボット」の開発支援をしている米国のデクスター社に出資を行った。
「楽天の使命はグローバルイノベーション・カンパニーになること。サービスレベルやユーザー体験を向上させるため、我々のエコシステムに組み込める新しいテクノロジーを常に追求しています。ボットは企業やマーケターが消費者や消費者の志向への認識を広め、より深く理解するために有効なツールです。ボットを活用することでパーソナライズされ、かつ差別化されたより良いサービスや、より的を絞ったお薦めの情報が提供出来るようになる。マーケティング的見地からすると、キャンペーンやメッセージの質を向上させることに役立つのです」
「データやユーザー体験は、マーケティングとは切っても切り離せません。消費者の声に、私たちブランドはどれほど真剣に耳を傾けているでしょうか。ボットはリスニングとラーニングの幅を広げることに大きな役割を果たし、マーケターが様々なノイズの中からシグナルを拾い出すことを手助けしてくれるのです」
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)