生活費の危機が社会を襲う中、富裕層はどんな生活をしているのだろうか?それは、クワイエット・ラグジュアリー(「静かな贅沢」)、あるいは「ステルス富裕層」と呼ばれるような、ロゴの目立たない、控えめな高級ファッションで身を包む生活だ。
宝くじに当たらなかった私たちが、暖房か食事かのどちらかを選ばなければならない一方、富裕層の人々もこの困難な時代の中では、世間の視線にも敏感にならざるをえず、自分たちなりにこの時代に合った生き方を模索している。
「静かな贅沢」のトレンドは、現在の経済情勢とそれに伴う格差拡大に対する富裕層の一種の防衛反応でもあるが、実際には、「サクセショ」のようなテレビ番組の成功、つまり大衆文化に起因している。例えば、ロロ・ピアーナの500ドルのベースボールキャップだ。これの人気はソーシャルメディアにも波及し、いつの間にか、「静かな贅沢」は静かでなくなり、社会的トレンドのひとつになりつつある。
「2つのマクロ要因が重なったことで、「静かな贅沢」が脚光を浴びることになった」と、シンクレア創業者兼CEOのキリ・シンクレア氏は言う。「つまり、現在の経済不況と持続可能性への意識の高まりだ。静かな贅沢は、およそファストファッションとは対極にあるものだ。職人技や上質な素材、エレガントなデザインなどに重きを置き、ロゴマークや派手な装飾を控え、時代を超えて愛されるシンプルなスタイルのことだ」。
そう、現在の経済状況が大きなプレッシャーとなっているため、富裕層の人々は、できるだけ富を誇示しないことを意識し始めている。
「2008年の金融危機の際にも、富裕層の多くは、ロゴが目立たずデザインも控えめな、ベーシックブランドを買い求めていた」と、エセック(ESSEC、国際ビジネススクール)シンガポール校のマーケティング学部教授、ソニヤ・プロコペックは言う。「富裕であることを隠し、富裕を目立たないようにするためだったが、新型コロナ感染症の危機から脱しつつある今も、当時の静かな贅沢とよく似た状況が生じているようだ」
控えめな贅沢は、ファッションだけにとどまらない
ファッションは静かな贅沢の最もわかりやすい形であるが、その他にも、ライフスタイルのあらゆる側面に「静かな贅沢」の応用がある。
「静かな贅沢のコンセプトは、品質と職人技にこだわった、繊細なオーダーメイド体験の提供だ」とシンクレア氏は語る。例えばファッションであれば、ロロ・ピアーナ、ブルネロ・クチネリ、ブリオーニ、イザイアといったブランドが思い浮かぶだろう。ファッション以外では、家具(レ・プーチェで手に入れたオリジナルのル・コルビュジエ)、車(キャデラック、マイバッハ)、旅行(よりプライベートな旅が好まれる)、さらには不動産(セント・バースではなくムスティーク)などにも表れている。
「それらの魅力は独占性がすべてであり、マーケティングもそれを反映しなければならない」とシンクレア氏は言う。「グッチやルイ・ヴィトンなどのブランドは間違いなくラグジュアリーだが、もう少し一般向けのラグジュアリーなので、それに沿ったマーケティングが行われている。
しかし、この「独占性」のルールにもいくつか例外が現れてきた。クワイエット・ラグジュアリーの人気が最近急上昇しているため、シーイン(SHEIN)のようなファストファッションブランドまでが、クワイエット・ラグジュアリーのセクションを立ち上げたのだ。
だが、シーインの試みはともかく、必ずしもすべてのブランドがこのトレンドに追随しているわけではない。
「このトレンドは、文化的素養や財産を持ちながらもステータスを誇示することにはあまり関心がない層にアピールする」とプロコペック氏は言う。「ブランドによっては、そもそもこのようなタイプの顧客層に刺さらないということもある」。
では、ブランドはどうすれば、この「静かな贅沢」ブームを利用できるのだろうか?
カルチャー・グループのストラテジスト、アリヤ・ギルモア氏は、静かな贅沢はトレンドというより、ある種の思想なのだと言う。
「そのため、それを利用するには、ブランドは、この美学の信条である、控えめ、知る人ぞ知る、伝統などの価値観に、自らが合致しているか見極める必要がある」
ギルモア氏は、そのようなブランドの例として、香水ブランドのクリードや、カルト的なウール・デザイナーのロロ・ピアーナなど、静かな贅沢のブームに乗って大きく成長したブランドや、「ワンランク上のベーシック」を掲げるブランド、COSを挙げた。
「これらのブランドには、こだわりがある」とギルモア氏は言う。「そして、その分野で最高のサービスを提供していることが、ステルス富裕層にとっての大きな魅力となっている」
ブランドが、「静かな贅沢」層との関係を築いたもう一つの方法は、この空間に特有のインフルエンサーを起用したことだ。彼らはラグジュアリーなライフスタイルを送り、フォロワーの憧れの的となるようなブログを公開している。ギルモア氏は、こうしたインフルエンサーとして、TikTokの有名人でロンドンの起業家の@maybetamsinや、アメリカの元富豪である@kiki_astor、「知る人ぞ知る」コメディアンのパロディ・アカウント@gstaadguyなどを推薦している。最近では、有名人のソフィア・リッチー・グレインジもこのリストに加わった。音楽界の重鎮エリオット・グレインジと結婚した後、彼女のシャネル風「良家のお嬢さん」スタイルがソーシャルメディアを席巻している。
しかし一般的には、「静かな贅沢」のマーケットは、ターゲットが極めて絞られており、ごく限られた顧客層の内輪の口コミに大きく依存している。ヴェンデューラ(Vendura)やJARのような宝飾ブランドは、その完璧な実例だ。
「これらのブランドは、コレクターの間では有名で、知っている人ならすぐそれと分かる。適切な人が、適切な場所で身につけているのを見れば、それだけで十分な訴求となる」とシンクレア氏は語る。「このようなさりげないマーケティングは、適切な人々による口コミに大きく依存するが、ニッチな顧客層の間で大きくイメージを膨らませることができる」
ガスト・コレクティブの創業パートナー、クロエ・ロイター氏が中国本土で認められたように、世界各地で静かなラグジュアリーを展開しようとするブランドにとっては、地域との関連性がカギとなりうる。
「ブランドにとって重要なのは、どのようなアプローチが、その地域にふさわしいかを考えることだ」とロイター氏は言う。「文化的な洗練は中国の新しい贅沢なのかもしれない。最近は、顧客の知識欲や体験欲を刺激するブランドの素晴らしい事例をよく目にする。例えば、中国の旅行業界だ。最も洗練された旅行者は、人里離れた旅行先を選び、従来の人気観光地を避ける傾向にある。また、大手のブランドホテルから、小規模でニッチな体験型ホテルへと人気が移りつつある」
このトレンドは続くのだろうか?
「サクセション」のような「静かな贅沢」トレンドを前面に押し出した番組も最終シーズンを迎え、世界的に経済的ピンチを感じる人が増えている今、「静かな贅沢」や本物のラグジュアリーは、生き残ることができるのだろうか?
「静かなラグジュアリーには常に人気がある。広範な流行であるマス・マーケットのトレンドには関係なく、当事者たちの間では常に人気を博している」とシンクレア氏は言う。「精巧な職人技と優れた素材は。決して流行遅れになることはなく、手に入れることができる人々は、いつもそれを求めている。つまり、静かなラグジュアリー市場を成立させている繊細さの魅力を知る人は、常に存在しているということだ」
カルチャー・グループのギルモア氏は、今回のようなソーシャルメディア上の狂騒はもう二度と起きないかもしれないが、「静かな贅沢」のトレンドは今後も続くだろう、と考えている。
「静かな贅沢の基本は流行り廃りのない服、つまりテーラード・パンツ、ブレザー、ローファーなどの手作りのワードローブだ」とギルモアは言う。静かな贅沢は、これらの服がワードローブの定番であるからこそ贅沢なのだ」とギルモアは言う。皮肉な言い方をすれば、静かな贅沢とは、80年代のスローン・レンジャー(英スローン・ストリート発祥のファッション)、90年代のプレップ(名門校の学生風ファッション)、00年代のモデル・オフ・デューティ(モデルのオフタイムスタイル)、10年代のスカンジ・クリーン(北欧的生活スタイル)の再パッケージに過ぎないとも言える。これらは移り変わるものだが、ワードローブの本質はまさに必需品だということだ。