ブログや口コミサイト、ツイッター、フェイスブック、インスタグラムなど生活者主導のソーシャルメディアの普及・浸透により、企業のマーケティングコミュニケーションのあり方に変化が生まれている。ターゲットのインサイトを捉えた情報を届けるだけでなく、いかに生活者と意志を共有し、コンテキストを共につくり、継続していくか。ひとつひとつの広告・プロモーションなどの戦術に限らず、企業/ブランドの立ち位置や姿勢そのものが問われることも多く、マーケティングは大きな岐路にあると言ってもいいだろう。
特に今、日本の市場ははざまにあると言われている。人口は減少、消費指数もダウントレンドで、新しい顧客を獲得することが困難な時代だ。一方で情報量は爆発的に増加し、企業発信の情報は届きづらいと言われている。
このような厳しい環境の中でも、生活者主導のメディアと生活者による情報発信のパワーを信じ、味方につけ、マーケティングを変革している企業/ブランドが存在する。そうした方々と仕事をさせていただくなかで見えてきたキーフレーズがある。それが、「ファンベースマーケティング」だ。
ファンベースマーケティングとは
ブランドのファン(顧客)をマーケティングパートナーとして捉え、新しいマーケティングの仕組みを共につくっていく、それがファンベースマーケティングである。
5%の顧客定着率を上げることで、25〜95%の利益増加に寄与するとも言われる。ロイヤリティの高いファンを抱えることは利益につながりやすい。またファンを大切にするという視点は、ますます困難になる新規ファンの獲得というマーケティング課題を解決する上でも重要度を増している。
企業の声が届きづらい生活者も、友人や知人、そのブランドのファンネットワークのリアリティある声や推奨は、信頼感をもって受け止める。ファンは利益を生み、新たなファンを生み出していくためのエンジンだ。
ファンベースマーケティングは、企業/ブランドを支持し、自発的な推奨行動を起こして新しいファンへとエクステンション(拡張)してくれるファンをいかに発掘し、深く長い関係性を構築していくかが焦点となる。
ファンベースマーケティングの実行
1. 「Listen first」−− 定性的/定量的な分析で構造的に捉える
ファンの発言内容や行動からそのインサイトを探り、彼らの気持ちが動く瞬間やフィーリング、共有すべき価値を見出していく。顧客データを抽出し、ファンの趣味・嗜好、価値意識といったプロファイルまでを解析するシステムやアナリストの技術も進化している。
2. ファンと企業/ブランドの共有価値(common shared value)に基づくコンテンツ創造
コンテキストの盛り上がりを見せるモーメントを捉えた、共感性の高いコンテンツを創造する。単なるコピーメッセージングにとどまらず、時に企業/ブランドとしてのフィロソフィーや取り組み、「なにをしたいか・するか・したか」という行動自体がコンテンツとなるケースも多い。適切なプラットフォームとタイミングでそれらを届けることが重要。
3. ファンパワーを最大化させるコミュニケーションの実践
影響力や推奨度が高いファンを発掘し、アプローチする際に重要なのは、「ブランドの仲間・味方として彼らの力を借りる」という視点だ。「もっと買ってもらう」ためのコミュニケーションとは一線を画し、その推奨を創出する。金銭などをモチベーションとしたエンドーサーではなく、彼らの「自発的に奨めたい」気持ちを最大化するためのフックを提供する。
4. ファンからの要望やファン発の情報(UGC = user generated contents)の活用
それらを資産として、商品開発や既存コミュニケーション等にも反映させていく。企業/ブランドでは気づかなかった視点や見落としていた価値が存在することもしばしば。
5. 効果測定
ファン発信の推奨がもたらす価値、新しいファンを創造してくれる価値などを指標化し、管理していく。そのための指標は日々進歩しており、実務でKPI(重要業績評価指標)として活用できるレベルにまで整備が進み、体系化されている。
ファンのメガコンテクストに飛び込む勇気と覚悟
以上のようにファンベースマーケティングは、ほぼ体系化されたアプローチとして実践が進んでいる。それを成功させるために、もうひとつ紹介しておきたい視点がある。
ファンベースマーケティングを始めることは、ファンが自発的につくりだす大きなコンテキストへ踏み出すことを意味する。そのため、企業/ブランドがこれまでコントロールしてきたコンテキストとのはざまでいかにコミュニケーションを図るか、企業/ブランドや担当者に大きな葛藤が生じる場合が少なくない。
またペイドメディア中心から、既存顧客との良好な関係の継続、既存顧客から新規顧客への伝達、既存顧客から届かない新規顧客の獲得などのためにペイドメディアを使うコミュニケーションへのプロセスの変化や、「Always On」に中長期で継続的なコミットメントなどが発生することも意味する。
ファンの中に飛び込み、ファンとともに企業/ブランドをつくっていくこと。ファンベースマーケティングをはじめる第一歩は、そこに向き合う勇気と覚悟を企業や担当者、代理店が共有することなのかもしれない。
文:清水嶺(電通デジタル マーケティングコミュニケーション部門 ソーシャルメディアマーケティンググループ プランナー / データアナリスト)
清水嶺氏は電通入社以来、ソーシャルメディアデータの解析・分析に従事。ソーシャルメディアの知見を軸に非広告領域(PR、デジタルキャンペーンなど)のコミュニケーションプランニング/制作/実施も。電通デジタル設立後はファンベースマーケティングを起点としたマーケティング支援を行う。
(編集:水野龍哉)