ブランド構築に取り組む企業にとって、これまでパートナーの選択肢は良くも悪くも限られていた。そしてパートナー候補から提示される余りに多様なサービスも、彼らにとっては頭痛の種だった。だからこそ今、一から十までを担ってくれるエージェンシーへのニーズが再び高まっている。
日本で長年その役割を務めてきたのは、当然ながら広告業界の「ビッグスリー」だった。だがクライアントからの要求が変化するにつれ、電通のような最大手ですら今では「サービスメニュー」にコンサルティングを加えつつある。その一方、競合となるコンサルタント会社も着々と、そして急速にクリエイティブの術を身に付けつつある。
アクセンチュアはこの数年、企業買収に極めて積極的だ。今週(5月7日)は、豪州の広告代理店「ザ・モンキーズ」をアクセンチュア インタラクティブの傘下に収めた。昨年11月には英国で高い評価を得ている独立系エージェンシー「カーマラマ」を買収、クリエイティブ面の強化を世界に示したばかり。アクセンチュア インタラクティブのトップを務めるブライアン・ウィップル氏はその際、「ブランドが顧客体験をどのようにイメージし、作り上げ、そして実現するか。その概念を再構築する上で極めて有意義な買収」と語った。2013年にはデザインコンサルタント会社「フィヨルド」を、2015年にはプロダクトデザインを手がけるデジタルスタジオ「ケイオティック・ムーン」も買収している。
アクセンチュア インタラクティブは日本でも同様の戦略をとる。昨年は、デジタルエージェンシー「IMJ」を買収。日本でアクセンチュア インタラクティブを率い、この買収を主導した黒川順一郎氏は、この案件を「文化の取得」と表現する。「それまで様々な失敗を重ね、顧客からはいつも『アクセンチュアのビジョンは素晴らしいが、実現は無理でしょう』と言われていました。そんな中での決断だったのです。結果、エンドツーエンドのソリューションを提供できる重要性を痛感しました」。
CRM(カスタマーリレーションマネージメント)コンサルタントとして14年前に入社、自身もシステムエンジニアである黒川氏。IMJに関しては、「社内を変えたり、人材を吸い上げたりするつもりはまったくありません」。また、まだ具体的計画はないものの、「フィヨルドを日本に進出させたい」という抱負も語る。今後アクセンチュア インタラクティブでは、より多くのクリエイティブを採用していく予定だ。こうした人材は広告代理店と競合していく上で、欠かせない要素となる。
同社が注力するのは、優れた顧客体験を実現するサービスのデザインとその具体化。これは広告代理店が今も四苦八苦する領域だ。「これはある種のクリエイティビティーでもあります。広告のクリエイティビティーという意味では、エージェンシーに強みがある。しかし、いかに優れた顧客体験を提供できるかという観点で、お客様は我々にクリエイティビティーを求め始めているのです」。
優れたクリエイティブの人材はどうしても電通などの代理店に偏りがちで、その確保は容易ではない、と同氏。だが昨今のマーケティング市場の変化は「大きな可能性を感じさせる」とも。「歴史的に日本のエージェンシーが日本の文化やマーケットを築いてきたことは間違いありません。一方で、我々が提供するようなサービスが求められているのも事実です」。
だが、ある世界的広告代理店の日本支社長は、コンサルタント会社が広告的なクリエイティビティー、即ち消費者を魅了するコミュニケーションを実現できるか甚だ疑問だという。「必要なスキルも掲げる目標も明らかに異なるのに、果たして顧客体験と広告を一体化できるのでしょうか」と首をかしげる。
この論議はしばらく続いていくだろう。いずれにせよ、クリエイティブディレクターたちはプロとしての充足感を満たす働き場として、代理店以外に視野を広げつつある。東京にある世界的なテクノロジー企業に移ったあるクリエイティブディレクターは、「今の時代になっても代理店はデジタルの使い方が分かっていないようです」とこぼす。「もしアクセンチュアのような会社がブランディングに対応できるようになったら、代理店は滅びてしまうでしょう。今どき、テレビCMに予算を使いたがる企業などないのですから」
さらなる競争へ
アクセンチュア インタラクティブにとっての新たな競争相手は広告代理店だ。代理店と競うことで、「アクセンチュア インタラクティブと、クリエイティブなイメージがない親会社のアクセンチュアとが異なる組織であることを理解してもらえるでしょう」と黒川氏。アクセンチュアがクライアントのコスト削減に注力するのに対し、アクセンチュア インタラクティブはその収益増を目標とする。
黒川氏によれば、日本以外の世界市場における同社の主なライバルはデロイトとIBM。それ以外にはデザインコンサルタントやシステムインテグレーション(アクセンチュア インタラクティブのビジネスの大半はシステムインテグレーションが占める)、アウトソーシング関連の企業を挙げる。
黒川氏はマーケターと直接関わることが少ない。他のコンサルタント会社同様、接触するのは主にCEOや、昨今は収支の安定より一層の収益増を期待されるCIO(Chief Information Officer)だ。日本にCMOが少ないのがその理由の1つだが、CMOの地位というのは往々にしてストレスが溜まりやすい。そのため責任が分散されているとも言える。
同氏は、マーケティングに対する一般的な認識が「『何かを活性化すること』といった狭義のもの」でしかなく、同社が注力するサービスデザインなどの重要な概念が浸透するのは「これからの段階」と言う。「ベンダーとの関係性も含めて、これまでのマーケターは過去の実績をベースに考えがちでした。しかしようやく、このままではだめだと気づき始めています」。
自己の働きで業績が上がっていることを示さなければならないマーケターたちは、広告代理店やサプライヤーとの良好な関係を築くため同社に協力を求めてくるという。更には世界的ニーズが高い透明性の確保や、社内でメディア専門の部署を設置する際のサポートといったニーズも少なくない。
クライアントにとってメディアの透明性は決して無視できない課題だ。そしてより大きな関心の的となるのが、現在のビジネスモデルが5年後にも持続できるかということ。その頃には消費者があらゆるブランドに対し、アマゾンやアップル、エアビーアンドビー、フェイスブックといった「破壊的」パワーを持つ企業と同レベルの顧客体験を求めるようになるからだ。「これらの企業は良質の顧客体験を提供することに徹しています。ですから他のあらゆる企業は、こうしたトレンドに即した対応をとる必要があるのです」。
「競争環境は今、不確実性を増しています。例えば顧客は銀行に対し、他業界の優れたサービスレベルや体験のあり方を求めるようになるでしょう。企業間競争は、もはや同じ業界内だけのことではないのです。企業はやっとそのことに気づき始め、これまでなかった新たな能力を得ようと試行錯誤しています。しかし理想と現実とのギャップは大きく、それを埋めようと努力しているのです」
(このインタビューは、英語で行われた。 文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:岡田藤郎 編集:水野龍哉)
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