日本人には言語の壁があるため、グローバルな社交の機会に「壁の花」になりがちだ。しかし、国内外に関わらず社交の場を活用しネットワーキングできる力は、広告業界に限らず個人と企業に求められている。
「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」では、外国人参加者からは毎年「欠かせない」といわれていながら、日本人参加者にはあまり知られていない社交イベントがある。カンヌというネットワーキングの場を、多国籍な会社の社交のプロはどのようにプロデュースし、活用したのか? カンヌ随一の社交イベント主催者であった、2つのグローバル音楽エージェンシーにインタビューした。
カンヌというオケージョンに、音楽は欠かせない。上質な音楽を提供する音楽エージェンシーのイベントに、参加希望者が殺到するのは自然の摂理だ。音楽エージェンシー「MassiveMusic」が開催するイベントは、毎年ユニークなテーマを打ち出し、カンヌで最もチケットが入手困難なイベントと呼ばれて6年目を迎えた。日本支社が開設される前までは日本人参加者数は限られていたが、開設から2年目になる2018年には、広告代理店と制作会社を中心に80名ほどが日本支社枠としてイベントに招待された。
当初はビジネスネットワーキングの一環として「パーティー」をするという文化が日本人にはなじみが薄く、招待者の中には文化の違いに戸惑う者も見られた。しかし、日本支社チームが日本人参加者との関係を東京で築き、その延長線上としてイベントに招待するというアプローチを内外に定着できたことで、日本人参加者側もパーティーを気負わずに楽しめるような変化が今年は見られたという。
同社のアジア太平洋地域の企画営業ディレクターである藤見田門氏は「日本人にはきっかけが大事。それがあればネットワーキングの場で一歩踏み出せる。そのためにも積極的に、日本人参加者に外国人参加者を紹介するので、明日のクリエイティブをつくる出会いのきっかけとしてパーティーを活用してほしい」と語る。
プライベートのパーティーと違い、仕事の関係者が周りにいるビジネスパーティーにおいては、その場に居やすい雰囲気づくりを常に心掛けているという藤見氏。ビジネスパーティーに参加する一番の理由は「ビジネスにつながる出会い」であることを念頭に、主催者側が参加者同士を積極的につなげる姿勢が重要だと強調した。
また、パーティーをプロデュースする際には、軽装の多いカンヌで、あえて主催者側が全員スーツを着用してもてなすといった趣向を凝らし、6年間一貫してユニークなテーマを全面に打ち出す。このことで、たくさんのイベントが同時に行われるカンヌにおいて、飛び抜けた存在になることを常に目指しているという。
日本マーケットに展開していない会社は、どのようにカンヌの機会を活用しているのか? ベルリンとアムステルダムにオフィスを持つ音楽コンサルタンシー「SIZZER」のカンヌイベントには、毎年2,000人の定員枠に6,000人の参加希望者が殺到する。音楽コンサルタンシーならではのディープなセンスを、カンヌに運んでくるとして人気のイベントだ。今年も90年代のテレビ番組をテーマに、ニューヨークやオランダから著名DJを招いたイベントが大好評だった。カンヌで一番クールなイベントと呼ばれることに誇りを持っているという。
SIZZERのプロジェクトの大半はヨーロッパが占めているため、2018年のイベントへの日本人参加者は20人前後であったが、今後日本人クリエイティブの参加は大歓迎だとPRマネージャーのロビン・ファン・デル・カー氏は語る。同氏はカンヌのような大きな社交イベントを、国境を超えたクリエイティブ達の意見交換の場だと捉えている。特に日本とオランダのように広告、文化、音楽の違いが大きいマーケットのクリエイティブ達とは、カンヌを機会に積極的にネットワーキングしたいと語り、来年のカンヌ参加を検討している日本人クリエイティブからもアプローチがあれば、イベントへの招待も含めて話をしてみたいとオープンな姿勢が印象的だった。
また同氏はPRのプロとして「話を真摯に聞く」という、シンプルながらもなかなか実践が難しいことに、常に気を配っているという。社交イベントのような華々しい場所においても、個人を名刺で判断するのではなく、その人となりに関心を持って話を聞くことが、パーソナルなレベルでのつながりをつくり、結果的に良いビジネス関係に発展していくと、信条を共有してくれた。
SIZZERのカンヌイベントは、同氏の考えを反映するように、音楽センスが随時に光りながらも肩の力の抜けた雰囲気を醸し出している。話ができるリラックススペースとしてバーエリアを大きめに設けて、多国籍でカジュアルなアムステルダムの雰囲気をそのままカンヌのビーチに運んできたようなイベントプロデュースであった。
日本人にとってビジネスパーティーというオケージョンはあまりなじみがなく、少し身の置き所のない思いをする場なのかもしれない。欧米ではティーンエイジャーの頃からパーティー文化に慣れ親しんで育つので、人見知りであっても、ビジネスパーティーにおけるある程度の処世術は身に付いていく。一方で日本人には、人には礼儀正しく接するという道徳感が浸透していて(それは素晴らしいながらも)、多国籍な社交の場でぐいぐいと人に話しかけるという行動は、なかなかハードルが高い。極め付けに、日本では「ビジネスライク」と「無礼講」の接待文化が確立しているがゆえに、その間に位置するともいえるビジネスパーティーは、ただただ珍しいオケージョンに見えてしまう。
しかし、ビジネスパーティーを活用できる社交術を身につけることは、ネットワーキング力を向上することに直結するし、カンヌのような場において思わぬビジネスと、パーソナルな出会いを作り出すチャンスにつながる。特に若い世代には積極的にビジネスパーティーに出席して、その社交術をスキルとして磨いてほしい。
(文:土山美咲 編集:田崎亮子)