Tim Hornyak
2017年7月26日

「スマートスピーカー」の可能性とリスクを考える

ネット接続と音声アシスタント機能を持つスマートスピーカーの製造競争に、LINEが加わった。この「フロンティア市場」の可能性を、内外のブランドの視点から探る。

アップルのウェブサイトより
アップルのウェブサイトより

電話への応対からオンラインショッピングでの注文、トリビアゲームなどの暇つぶしまで、日常の様々な行為を音声操作のアシスタント機能に依存する人々が増えている。この分野の先駆けとなったのは大手ハイテク企業だが、市場調査会社eマーケターによれば、現在「アマゾン・エコー(Amazon Echo、以下エコー)」のスマートスピーカーが市場の約70%を独占。アジアのIT業界誌「デジタイムズ(Digitimes)」は先月、匿名の消息筋の話として「エコーの今年の売上げは1000万台を突破する」と報じた。

アップルの「ホームポッド(HomePod)」や「グーグルホーム(Google Home)」、そして最近ではLINEの「クローバ(Clova)」などと同様、エコーが搭載しているのはアマゾンが手がけた「アレクサ(Alexa)」だ。これは人工知能(AI)が持つ自然言語処理や機械学習といった能力を生かしたソフトウェアエージェントで、インタラクションの向上だけでなく、モノの売上げにも貢献している。ある調査では、エコーの登場で人々がショッピングに費やす時間は6%増え、消費は10%伸びたという。

人とコンピューターのインタラクションの次のステップ −− アマゾンはスマートスピーカーをこう位置付け、高い期待を寄せている。同社の「アレクサ・マシンラーニング」部門では現在ホームページ上で200人以上のスタッフを募集中。音声インターフェイスを「人と向き合っているように自然で身近なものにする」ことを目標に掲げる。アレクサには既に1万以上のスキル(アプリ)があり、同社の広告ガイドラインでは一定の条件の下で音声による販促活動も可能とうたう。

試行錯誤の段階

コネクテッドホームの一例であるスマートスピーカー。広告主はブランドコンテンツの新しいチャンネルとして、強い関心を抱く。このプラットフォームがあれば、消費者の家庭やオンラインアカウントと直接的につながることができるからだ。だがその正しいノウハウはまだ確立されておらず、既にいくつかの失敗例がある。その1つが、物議を醸したバーガーキングの「ワッパー」の15秒CM。その中で役者が、「じゃあグーグル、バーガーキングのワッパーって何?」と言うと、グーグルの音声アシスタント機能が反応 −− と同時に、視聴者のデバイスまでも反応し、ウィキペディアのワッパーに関する説明を読み上げてしまったのだ。一方でソーシャルニュースサイト「レディット(Reddit)」のユーザーが体験したのは、グーグルホームが検索結果を答えた後、頼みもしないのに新作映画「美女と野獣」の宣伝文句を喋り始めたことだった。こうした例は、広告主がコネクテッドホームを利用していかに簡単に宣伝活動ができるかということと、その逆効果を示している。

「居間に置かれたホームアシスタントがユーザーとやりとりをすると、同じ部屋にいる家族も否応なしにそれを耳にすることになります。つまり、文字通り『囚われの聴衆(captive audience)』になるのです」。こう語るのは、イノベーション及びテクノロジーの公共戦略コミュニケーションを専門とする「マカイラ」(本社・東京)の藤井宏一郎代表取締役兼CEO。「それに加えAIとのインタラクティブな音声対話では、どの部分が広告でどの部分が純粋な答えなのか、区別するのが難しくなるでしょう」。

例えばコネクテッドホームの冷蔵庫がドレッシングを買うように勧めたとき、実際にドレッシングが少なくなったからそう言っているのか、それとも第三者による広告なのか、どのように見分けがつくだろう。純粋なコンテンツと広告のブレンドは十分に試行され、その技術は他の広告媒体からも信頼されている。だが、ブランドはこの技術をもっと巧みに利用できるのだ。口頭によるコミュニケーション固有の特徴を生かすやり方もあるだろう。

「PCやモバイル機器とは異なり、音声によるインターフェイスはブランドと消費者の間の自然なインタラクションを可能にします」と話すのは、電通のデジタルクリエイティブ部門責任者・佐々木康晴氏。「ユーザーはもっと感情を露わにするようになるでしょう。お腹が空けば大声を出し、泣きたい気分の時はそういう映画をリクエストする。こうした自然で感情的なやりとりに基づく消費者データは、マーケターとっては宝の山なのです」

アマゾンやグーグルといった企業はマーケティング目的で長年ユーザーのデータを蓄積しているが、ホームアシスタントは消費者の起床や就寝の時刻、余暇に費やす時間といったより細かいライフスタイルへのアクセスを可能にする。従ってこうしたプラットフォームに広告を出す第三者のブランドは、消費者の日常のあらゆる瞬間に入り込むことができ、より密接な関係を築けるのだ。

「ユーザーの求めに応じて、ブランドはより適切な機能の提供や提案ができるようになるでしょう」と語るのは、R/GAシンガポールのシニア・テクノロジーディレクター、ローラン・テブネ氏。「それでもサービスを管理するのは、これからもエンドユーザーです。いつサービスが必要かを決めるのはユーザーですから」

鈍いアプローチ

そうであっても、AIアシスタントによるエコシステムを積極的に構築したいと考えるブランドは慎重なアプローチが必要だ。自分の求めているものを正確に把握してくれないブランドには、消費者はすぐに見向きをしなくなるからだ。テブネ氏はこれを、初期のアプリ市場に例える。当時のブランドはこぞってユーザーのスマートフォンに群がり、行き当たりばったりのアプリを作っては世に送り出した。やがてユーザーには「アプリ疲れ」が生じ、それらの多くは捨て置かれた。「便利で価値が高いことを証明したものだけが生き残るのです」と同氏。ダーウィンの進化論は、ホームアシスタントにも当てはまるのだ。

「ブランドにとっての選択肢は2つです。新たなAIアシスタントのエコシステムの中で独立したサービス機能(音声コマンドなど)を提供するか、あるいはその中で既に展開している第三者のサービス(マルチブランドのeコマースプラットフォームなど)と提携し、ブランドとしての存在感を発揮するか」とテブネ氏。「いずれにせよ、ブランドはデジタルインフラという課題に取り組む用意ができていなければなりません」。

もう1つの考慮すべき課題は、個人情報の監視機関や消費者団体が、ホームアシスタント機能はプライバシーの侵害になりかねないと懸念している点だ。アマゾンが音声広告を制限し、漸進的アプローチをとっている理由もそこにあるのだろう。

サンフランシスコに拠点を置くスタートアップ企業「ボイスラボ(Voice Labs)」は、この新しい市場で模範となり得るアプローチを取っている。同社はこの5月、「スポンサード・メッセージズ(Sponsored Messages)」と呼ばれるスキル収益化のプラットフォームを立ち上げた。これはデベロッパーが広告主と協力し、短いプロモーションをコンテンツに埋め込むもので、ウェンデーズやスポーツ専門チャンネルESPN、保険大手プログレッシブといったブランドが既に利用している。メッセージは短く、広告であることが明確で、かつユーザーに取って適切であること。そして、例えば15セッションごとに1回表示されるよう巧みに挿入する。同社は優れた活用法としてこれらのポイントを挙げる。アダム・マーチックCEO兼共同設立者氏がメディア企業「CNET」と協議のうえ考え出したのは、スキルデベロッパーがESPNと組んでスポーツ・トリビアのゲームを流し、最後に「当社のゲームをお楽しみいただき、有難うございました。ESPNのサポートにも感謝します」というメッセージを入れるもの。ESPNが放映する注目度の高い試合の予告を流すことも可能だ。これはラジオやポッドキャストでのプロモーションと似ており、スマートスピーカーを使った広告の活性化にひと役買うかもしれない。

「ユーザーと業界が最善の手法と方針を導き出すだろうと、個人的にはやや楽観視しています」と藤井氏。「結局は、ユーザーは無料のコンテンツと利便性を求め、業界は売上げを伸ばしたいと考える。そして政策立案者は、ユーザーの保護とプライバシーを念頭に思案します。当初は混乱が生じるかもしれませんが、結局は落ち着くところに落ち着くのだと思います」。

(文:ティム・ホーンヤク 編集:水野龍哉)

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