我々は、急速な変化とダイナミズムの時代に直面しており、メディアが細分化する中、予算は圧迫され続けている。消費者行動、コミュニケーションのエコシステム、各社の業態、そしてカルチャーまでもが変化する中、それに対応し続けることは、マーケターにとってチャンスだが、大きな課題であることも間違いない。今こそリーダーシップが必要な時だ。それなのに、なぜエージェンシーのクライアント作業は、いつまでもサービス業にとどまっているのだろうか?
広告の仕事で複雑な課題を解決するときは、クライアントの気持ちに立ち、クライアントと共感することが大事だと教えられてきた。クライアントと共感することで、エージェンシーはクライアントが抱く願望やリスクを理解できるようになり、クライアントとの関係を強固にすることができる。
共感はまた、ビジネス的にも不可欠なものになっている。マージンが縮小し、チームがスリム化するにつれ、我々は、その決定や行動がクライアントに及ぼす影響を勘案し、決定や行動にプライオリティをつけざるを得なくなった。結果的に、効率性がもたらされたのだ。
しかし効率性は、イノベーションの敵となる。大きな変化が起きれば、過去や現在のモデルは、将来的に通用しなくなる。変化とは、新たな機会に出会うための美しい試練なのだ。
デザイン思考(創造的な方法で問題を解決するためのプロセス)では、収束思考と発散思考を、両方とも実践することが、基本的なアプローチだ。このプロセスは共感から始まるが、その上でルールに挑み、組織内に適切な摩擦を生み出し、競争上の優位性を生み出す。
共感する: 変化にチャンスを見出す
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、マーケティングシステムにとって、かつてないほど大きなプレッシャーとなった。eコマースの出現により、ブランドはこの新たなチャネルをサポートする必要に迫られた。しかし、競争上の優位を生み出すこの新たな可能性の出現は、同時に新たな成長機会ももたらした。我々も、広告主のビジネスモデルの変化や、人々の行動の変化、データとテクノロジーの進歩に素早く対応することを求められた。
成長を促す次の「出来事」を待っているこの瞬間こそ、クライアントのリーダーシップモデルを更新する絶好の機会だ。クライアントの発想を、効率ばかりを追求する収束思考から、ブランドビジネスを2%成長から20%成長へと飛躍させる発散思考へとシフトさせなければならない。
クライアントの要望に耳を傾けることは、成果をあげる上で確かに必要だ。だが、いつも同じ方法で問題を解決しようとするクライアントは、レガシー・モデルに縛られている。こうしたクライアントに共感しているだけでは、意味のある変化の主体にはなれない。
定義する: ルールを破るためにルールを知る
業界、ビジネス、市場はすべて、どうすればうまくいくかという一般化された「モデル」に従って動いている。これらは、明文化されている場合もあるが、不文律のルールによって導かれる場合も多い。ブレイクスルーは、こうしたルールに挑戦することから生まれる。つまり、従来のルールに挑戦し、従来のモデルを革新してさらに優れたものを生み出すか、あるいは従来のモデルとはまったく異なる新しいものを発明するのだ。
例えば、アイスクリーム・ブランドのヘイロー・トップは正しい考えを持っていた。デジタル生まれのブランドとして、デジタル主導のエコシステムを通じて広告に多額の投資を行った。にもかかわらず、業界平均を超える成長を遂げることはできなかった。
成長の階段を上るため、彼らは顧客を見る視点を変えてみた。その結果、より購入する可能性が高いのは、「アイスクリーム好き」ではなく、「フィットネス愛好家」であることが判明した。従来のアイスクリームよりも低カロリー、低糖質、高タンパク質であるヘイロー・トップは、彼らにとって罪悪感がなく、安心して購入できたのだ。つまり見方を変えたことで、このブランドは再発明されたのだ。
このような課題に挑戦するためには、データを掘り下げるだけでは不十分だ。問題は、アイスクリームが嗜好品以外の何かになりうると考えられる人がどれだけいるか、ということだ。
挑戦するときは言葉選びが重要だ。質問を組たてる際には「どうすれば・・・できるだろう?」から始めるのが良いだろう。協力的な雰囲気を保ちつつ、異質な意見を引き出すためには、彼らが、自由に意見を述べても安全だと感じられる場が必要だ。
設計する: 持続可能なブレイクスルーの構築
イノベーションとは、以前のイノベーションによって予測可能な答えがすべて失われてしまった世界で、予測不可能な答えを探し求めることだ。だから、結束力が強く、高いパフォーマンスを発揮し、完全に足並みが揃ったチームは、このような仕事には不向きだ。彼らはお互いを知りすぎているため、予測不可能な答えは出てこないからだ。
代替案を考える際には、次の3つに焦点を当てて考えるといいだろう: 実行可能か、実現可能か、望ましい結果を導くか、だ。
例えば、2018年にイギリスの新聞に掲載されたKFCの有名でしゃれの効いた(望ましい結果となった)全面広告だ。これは、社名の文字を並べ替えて「FCK」(怒った客の気持ちを代弁した言葉)と印された空の容器を掲載し、不手際によるチキン不足を謝罪する広告だった。
チームが果敢に挑戦できる場を提供すれば、ブランドのビジネスモデルはいつでも進化できる。だが、最も重要なことは、それが一過性のものではなく永続的なものであることだ。
プロトタイプとテスト: ブレイクスルーを進化させる
デザイン思考のアプローチは、「プロトタイプ」と「テスト」のフェーズで締めくくられる。
スティーブ・ジョブズ氏が組織を前進させるために「衝突を恐れない関係性」を重視したことは有名である。これによって、彼は、赤字のコンピュータ会社を、革新的な製品を次々と生み出す比類のないクリエイティブ企業に生まれ変わらせたが、もし彼がその姿勢を続け、さらに改善していたなら、革新的な製品と同じくらい、人間関係でも尊敬されていたかもしれない。
新興企業の多くが迅速にイノベーションを起せる理由は、フラットな組織構造にある。彼らは、場所とアイデアを民主化すれば、人々がより効果的にコミュニケーションをとり、コラボレーションできることを知っている。エージェンシーとクライアントの関係性やチーム内に存在するヒエラルキーは、しばしば共感能力を低下させるだけでなく、挑戦の場を与えたり、革新に挑んだりする能力も低下させる。もちろん、挑戦の場だけではなく、時には一息つける場も必要だろう。
ブランドが、真のブレイクスルーを果たすためには、クライアントとエージェンシーがともにリーダーシップを発揮し、収束思考と発散思考の適切バランスをとることが重要なのだ。
ジョシュ・ギャラガー氏は、グループエムの最新かつ最大のエージェンシーであるエッセンス・メディアコムのAPAC担当最高執行責任者。