インフィニティの設立からすでに30年が経とうとしているが、ブランドの定義に戸惑う人も多いのではなかろうか。同社が展開するQ60モデルのグローバル・キャンペーンはクリスピン・ポーター+ボガスキー(CP+B)が手がけ、人気TVドラマシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」で一躍名声を得た男優のキット・ハリントンをフィーチュア。より明確なブランド・アイデンティティーを確立し、同社のキーワードである「進歩的ドライバー」との一体化を図る。ハリントンがウィリアム・ブレイクの詩を口ずさみながら森の中を疾走する映像は、ブランディングにドラマチックな切れ味を加えていると言えよう。
この2年間、同社は中国などの主要市場で大きく実績を伸ばしたが、中国における高級車市場でのシェアはいまだ2.2%で、盤石な地位にあるドイツの高級車ブランドには大きく水をあけられている。加えて米国でのシェアは6.4%、アジア・オセアニアはわずか1.4%に過ぎない。香港を拠点とするインフィニティのグローバル・マーケティング担当シニア・ディレクター、メリッサ・ベル氏に、同社の課題とその目指すところについて尋ねた。ベル氏の前職はフォルクスワーゲンのASEAN地域担当マーケティング・ディレクターで、インフィニティには2年半前に移ってきたばかりだ。
今回のグローバル・キャンペーンの背景を教えて下さい。
Q60がどのような感覚を人々にもたらすか、ということをテーマにしたいと考えました。そしてクリエイティブの方向性は、Q60が呼び起こす感情を表現するものにしよう、と。そうした経緯から、俳優のキット・ハリントンやスニーカー・デザイナーのソフィア・チャンといったインフルエンサーを起用することになりました。彼らを選んだ基準は、ブランドとの一体感、そして精神的な関係性でした。さらには、ソーシャル・メディア上でも存在感を発揮できるインフルエンサーという条件にも適っていました。
どのような層がターゲットになりますか?
非常に進歩的で、自らの意志で行動し、先見性をもった人々です。こうした消費者は、他者との差別化を求めています。我々は、年齢や収入などによる従来型のセグメントは使いません。彼らは何によって動かされるのか、求めているものは何か - そういった考え方に着目しています。
優先する市場はどこでしょう?
米国は言うまでもなく重要な市場です。加えて中国、カナダ、中東、西欧、メキシコ、韓国にも力を入れています。ブランドの成長機会という観点から、これらを重点市場に位置付けています。中国はまだ世界最大の高級車市場ではありませんが、遅かれ早かれそうなることはほぼ確実でしょう。
フォルクスワーゲンから移ってきて、これまで注力してきたことは何ですか?
私が入社したときには、インフィニティには明確なポジショニングがありませんでした。市場ごとにブランド・メッセージが異なり、整合性がとれていなかったのです。そこで、グローバルな統一感のあるブランド・ポジショニングの構築に着手しました。それまでは個々のプロダクトを打ち出すばかりで、「インフィニティ・ブランド」という意識も欠如していました。ですから、これからは「ブランドの集合体」ではなく、「一体感のあるブランド」を目指そう、と。さらに、よりソーシャル・メディアに軸足を置いたマーケティングを行い、各市場のクリエイティブを一貫性のあるものにしようと考えました。インフィニティをどのようなブランドにしたいか見つめ直し、整合性のある手段でブランドを構築していくプロセスでした。
インフィニティは高級車セグメントにおいて、競合他社ほどの認知度がないようですが、この状況をどのように変えていきますか?
従来型の高級車ブランドは、インフィニティよりもはるかにブランドが確立されています。そこで我々は、消費者との関わりを促進する明快なブランド・イメージ作りに取り組んでいます。今ではインフィニティと言えば「大胆なデザイン」というイメージが浸透し、アンケートをとるとその点が一番に挙げられます。そうした受け止められ方は喜ばしいのですが、これからは起業家的精神に富んだブランド、そして人間的ブランドとしても認識されるようになりたい。それが我々のビジョンです。決してマイナスからのスタートとは思っていません。何かを変えようするのではなく、ブランドの持ち味を磨き、具現化していこうと考えています。
ブランド構築において、インフィニティが日本発であることはどのように影響していますか? また、親会社である日産とは距離を置いた方が良いと思われますか?
インフィニティはグローバル・ブランドです。立ち上げは米国で、本社は香港。大変国際的なブランドですし、そのように認識されたいと思っています。親会社である日産の素晴らしいリソースを活用できることは、我々から画期的な技術を発信していく上で大いにプラスになっています。親会社とは競争もしないし、距離を置くこともしません。共に、インフィニティの確固としたアイデンティティーを作り上げようと努めています。
インフィニティがドイツの高級車ブランドに追いつく上で、最大の障害は何でしょうか?
ドイツのブランドのようにはなりたいと思いません。究極的には、「インフィニティ」でありたい、そして進歩的な消費者に訴求していきたいと考えます。我々は明らかに従来型の高級車ブランドとは異なります。万人向けの万能ブランドではなく、「違い」を提供していきたい。その違いを求める消費者にとって、完璧なブランドでありたいのです。そういう意味では、インフィニティはニッチなブランドです。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)