昨年後半にスタートした富士フイルムのグローバルブランディングキャンペーンは、創立85年にして初の試みとなる。B2Bを重視、同社が優れた写真フィルムメーカー以上の存在であることを世界にアピールするものだ。コンテンツでは社史を駆け足で紹介しつつ、ビールの醸造から化粧品に至るまで、写真フィルム技術を多彩な事業に応用している様を描く。
他の国内大手企業同様、同社も将来に向けた事業改革の最中にある。その取り組みをコミュニケーションで明確に表現することは、改革同様の難題だ。シリーズでお届けする日本ブランドのリポジショニング戦略と考察、第1回は富士フイルム執行役員兼コーポレートコミュニケーション責任者の吉澤ちさと氏に、展開中のグローバル戦略の意図について尋ねた。
大学卒業後に富士フイルムに入社した吉澤氏は、勤続33年。そのうち約20年間をコーポレートコミュニケーション担当として過ごす。現在は広告を含めたコミュニケーションを統括している。
富士フイルムがグローバルブランディングキャンペーンを始めた理由は何ですか?
一般的に、今も富士フイルムは写真関連の企業と考えられています。創業時にはそうでしたが、今日では写真関連の事業は売上の15%に過ぎません。2000年当時は売上の半分以上が写真フィルム関連でしたが、過去15年でその需要が激減し、我が社のコアビジネスは消滅しました。生き残りを賭けて製品ラインを多様化することが我々の使命でした。この数年はヘルスケアや高機能材料といった分野に進出し、成長を続けてきました。それゆえ、海外市場でも我々が写真フィルムを製造するだけの会社ではないことを理解してもらう必要があったのです。
海外でも写真フィルムのメーカーという印象がまだ強いのですか?
基本的にはそうだと思います。消費者向け事業は非常に大切にしていますが、我が社が進歩していることも知ってもらいたい。日本国内ではさまざまな広告キャンペーンでこうした側面を伝えてきましたが、海外ではまだ伝わっていません。海外市場へのリーチと言ってもあまりにも広範なので、(キャンペーンでは)ヘルスケアのように事業分野に的を絞ったのです。
「富士フイルム」という社名を変えようと思ったことはありますか?
以前は「富士写真フイルム」でしたが、2006年に「富士フイルム」に改名しました。この名は世界でも広く浸透していますし、今でも我々は写真フィルムの技術をさまざまな分野に応用しています。それゆえ、この名を使い続けているのです。
富士フイルムはなぜ世界的に著名なブランドになったと思いますか?
写真フィルムという誰にでも親しみやすい製品を作ってきたこと、そしてそれが世界各国の観光地でも売られてきたことが主たる要因でしょう。もちろん宣伝の効果もあります。これらの要素が結びついて、さまざまな人々にとって身近なブランドになったのだと思います。
今、我々は化粧品や再生医療の分野に進出しています。我々をご存知の方も、「なぜ富士フイルムが?」と不思議に思われるでしょう。最初は消費者に理解されにくいのですが、同時にインパクトを与えることもできる。ですから、コミュニケーションの要素として活用できるのです。我々が最初に化粧品を発表したときには、多くの人々が驚きました。しかしコラーゲンがフィルムの主要成分にも使われていることを説けば、消費者は決して忘れない。製品を試してみたいと思っていただけるように、コミュニケーションでは論理性を重視しました。
海外市場でもこうした分野を成長させていくのですか?
今のところ、化粧品ビジネスは日本とアジアにおいてのみ展開しています。他市場でどれだけのポテンシャルがあるか現在調査中ですが、まだ展開していくかどうかは未定です。
事業多様化への取り組みを、これまでどのように消費者に伝えてきましたか?
海外市場では全体的な企業イメージではなく、製品を通じたコミュニケーションに注力してきましたので、そうした側面はこれまであまり積極的に伝えてきませんでした。
富士フイルムのコーポレートスローガン「Value from innovation(イノベーションから新たな価値を創出)」は、どのように考え出したのですか?
2014年の創業80周年の際にこのスローガンを導入しました。より多様なビジネスが軌道に乗り始めた時期です。スローガンを決める際には世界中の社員にアンケートを行い、富士フイルムを象徴する言葉は何かと尋ねました。その調査をもとに、若手のチームリーダーや経営幹部なども交えたブレインストーミングで考案したのです。
他社のスローガンとあまり差異がない、という危惧はありませんか?
確かに「イノベーション」という言葉は世界の多くの企業で使われ、特別なものではありません。しかしこの言葉が我々のストーリーと結びつけば、特別な意味を持つと考えます。グローバルブランディングキャンペーン「Never Stop」のコンセプトを構成する考え方でもあります。
富士フイルムに限らず、多くの日本企業は子会社をたくさん有しています。こうした側面は、ブランドコミュニケーションにおいてどのような課題を生むでしょう?
各子会社がその専門分野において消費者とコミュニケーションを取ることは容易です。特定の製品に関してメッセージを伝えればいいわけですから。しかしグループレベルになると、我々がどのような企業かイメージを伝えるのは難しい。現在のキャンペーンはそうした課題を克服するための一歩です。
コーポレートコミュニケーション部はどのような仕組みになっていますか?
本社は日本ですが、各地域の本社が中国、ドイツ、米国、シンガポールにあります。グローバルコミュニケーションに関するミーティングは日本で行われ、その場で我々のメッセージが決まり、各地のグループ会社に伝達されます。
グローバルブランドとはどういうブランドを意味すると思いますか?
単に世界で名が通用するだけでなく、その名から特定のイメージを連想させるブランドです。そして常に、新しく興味深い製品を生み出すイメージも併せ持つ。つまり未来を予感させ、期待を抱かせるブランドですね。
これまでの富士フイルムにおけるキャリアで、最も重要な学びは何でしたか?
私は2000年頃からコーポレートコミュニケーションに関わっています。つまり、我が社の事業が変革を始めたときです。ゆえに、経営陣が何を考えているかを汲み取り、環境の変化の中でそれをどう伝えていくかが最も重要なテーマであり、学びでした。
ブランド構築において、広告とPRはどちらがより効果的でしょう?
両方です。それゆえ、この数年は私が両方を管轄しています。それにより、ブランドの一貫性を打ち出していくことが非常に容易になりました。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)