2015年12月に起きた女性社員の自殺、その原因が過重労働だったことによる労災認定、さらにはこうした労働慣行とクライアントへの過剰請求問題の関連性……などなど、電通をめぐる一連の問題は多くの人々に強い内省を促す結果となった。広告界はこれまでも常に強いプレッシャーが個人にかかる業界だったが、それは休む間もなく1日中働き続けることと同義であってはならない。広告主と代理店は協力し合い、仕事をするのはロボットではなく人間だということを再認識するシステムを作り出さねばならない。これは今すぐ着手するべき課題で、さもなければ才能豊かな若者たちがよりよいライフスタイルを求め、迷いなく他の業界を目指すという現実に直面することだろう。
DeNAのキュレーションサイトに関するスキャンダルでは、同社の初動のまずさが目立った。この醜聞から学べる点は多い。同社の代表取締役社長兼CEOの守安功氏は、自身の認識の甘さから迅速な対応を怠り、問題を取り返しのつかない危機的状況にまで発展させてしまったことを認めた。企業は商品やサービス、事業運営上などのトラブルといつでも直面し得る。最悪の対応は(隠ぺい工作は別として)、それらの問題と向き合おうとしないことだ。最後に頭を下げて謝罪すれば済む、というものでは決してない。企業が信頼性を確保するためには、問題が発覚した時点でいち早くそれを公表し、どう対処するかを説明することに尽きるのだ。
Campaignでは5月、様々な日本ブランドのグローバル化の取り組みを紹介した。ほぼ全ての企業は、ブランドを打ち出すための要素を既に十分持ち合わせていた。各社とも長い時間をかけて、ブランド自体を確立させていたからだ。だが、海外の消費者にそのブランドの意義を伝える方法を理解していなかった。それを実現するには組織の奥深くまで入り込み、ブランドを語るストーリーを引き出さなくてはならない。日本企業にとっての最大の課題は、消費者との関連性を見出し、興味を持たせるようなブランドの歴史を抽出できるか否かだろう。こうしたテーマに注力できるCMO(最高マーケティング責任者)が社内にいればいいのだが、「フォーチュン500」の企業でCMOを置いている割合が65%なのに対し、日本はわずか10%程度にとどまっている。
日本市場にあらためて関心を寄せる多国籍ブランドの記事では、今日の日本の消費者は予想以上に欧米、さらにはアジアの消費者との共通項が増えているという業界関係者の声を紹介した。当然のことながら、今でも日本の消費者は「日本人」として認識されたいと考えている。つまり一般的な外国ブランドは、グローバルキャンペーンをそのまま日本で展開して成功を祈るのではなく、より多くの時間と予算を投じてローカライズする必要がある。だからと言って、多くのブランドが想像するように日本独自の不可思議なプロセスが求められるわけではない。ターゲット層を深く理解した上でローカライズするという、万国共通の原則を守ればいいだけの話だ。
5.2020年東京五輪のスポンサー、そして非スポンサーも今から準備を
Campaignではリオ五輪に関する取り組みを様々な角度から特集したが、そこから見えた重要なポイントが2つあった。1つは、存在感が際立ったスポンサーのほとんどは何年も前から周到に企画を練り上げ、アクティベーションの準備をしてきたということ。もう1つは、単に大会での出来事や経過を追うのではなく、独自の方法でブランドメッセージを発信していたこと。来る2020年の東京大会に関わるブランドには、独自の「居場所」を是非見出してほしい。そして、ブランドを効果的に露出する最大の機会は開催期間中ではなく、その前後であるということも認識してほしい。
この1年は中国やアメリカをはじめとする様々な国や地域でナショナリズムが台頭し、「亀裂」の深まる出来事が数多く起きた。ドナルド・トランプ氏が米国大統領選で衝撃的な勝利を収め、日本の経済政策の要であるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の発効は絶望的だ。今、ビジネスを抜きにしても、あらゆるブランドがこれまで以上に消費者心理に寄り添い、調和することが求められている。ブランドが政治的・社会的動向に関与した結果、思わぬトラブルが起きたケースもあった。政治問題に立ち入ることは避けるにしても、ブランドは依然何らかのメッセージを発信しなければならない。それが誰に向けたものなのかという点を、常に見失わないことが肝要なのだ。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)