19日夜に飛び込んだカルロス・ゴーン日産自動車代表取締役会長逮捕の知らせは、ビジネス界のみならず日本中に衝撃を与えた。この後、日産とルノーの株価は急落した。
内部通報を受け、数カ月にわたって日産内で行われていた調査。その結果、自動車業界で最も強大な権限を持っているとされるゴーン氏は、共犯者のグレッグ・ケリー同社代表取締役とともに東京地検特捜部によって逮捕された。長年にわたり有価証券報告書に報酬を少なく記載していた疑いだ。
日産の西川広人社長は記者会見で、会社経費の個人的な不正使用などを含め、ゴーン氏による「重大な不正行為が発覚した」と言及。謝罪とともにゴーン、ケリー両氏を速やかに解任することを発表した。
1999年、倒産の危機にあった日産をV字回復させたことで高い評価を得たゴーン氏。その後は資本関係にあるルノーと三菱自動車の経営の舵も握った。ワンマンとして君臨した同氏の逮捕で、これらブランドは「ゴーンなき後」をどのように乗り切るかという課題を突きつけられた格好だ。
ゴーン氏逮捕で生じた混乱は、同氏のアライアンス(提携)への関与がどれだけ深いかを表す。西川社長は、体制が「極端に一個人に依存していた」と語った。
ゴーン、ケリー両氏が長年不正に関わっていた事実、そしてその申立てが突如として明るみに出た背景には、日産が64歳になるゴーン氏の追放を図っていたことを示唆する。世界的名声を誇る日産だが、内部の「文化的衝突」がその要因となったことはほぼ間違いなかろう。あるメディアは今回のシナリオを「宮廷革命」に例える。
「かつてゴーン氏は世界で最もカリスマ性を誇り、発信力のあるCEOの1人でした」。こう話すのは、トロントに拠点を置くシグナル・リーダーシップ・コミュニケーション社社長のボブ・ピッカード氏。かつて日本の日産で、経営幹部を対象にメディアトレーニングを行っていた経験を持つ。「従来型のPRという点で、日産にとって彼は強力な武器でした。ストーリー性の高い日本ブランドの揺るぎない代弁者であり、そのブランドの破綻を防ぐために貢献した本人なのですから」。
「だが組織内の日本人の間では、彼に対する不満が常にくすぶっていた。一般社員が文化的に馴染めるのは、控えめで全員のバランスを考えるリーダーです。あまり冒険をせず、個を打ち出さないスタイルを良しとする。ですからゴーン氏の『セレブリティCEO』的な立ち位置と、スーパースター的な報酬には憤りを感じていたのです」
その一方、「日産の顔」としてのゴーン氏の価値が下がったことをピッカード氏は指摘する。「彼が公約をする際にはいかにも如才なく、人間味に欠ける印象を与える。ソーシャルメディア世代が好むスタイルではありません」。
「ゴーン氏が日産に大きな影響を与えたのは、既に過去のこと。提携関係にあるフランスのルノーの指揮も取ることで、日産での存在感を弱めてしまった。彼が去るのは残念ですが、日産ブランドにとっては再起動し、イメージを刷新するのに良い機会です」
消費者の観点からすれば「このニュースがブランド認知に大きな影響を与えることはないだろう」と話すのは、PR会社ルダーフィン(Ruder Finn)のレピュテーションマネジメント担当エグゼクティブ・バイスプレジデントで、香港に拠点を置くチャールズ・ランケスター氏。同氏は今回の事件をフォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正問題と比較する。同問題ではVWは消費者の激しい怒りを買い、株価も急落した。
「『ゴーンゲート』事件が解明されていけば、容赦のないヘッドラインに関連企業の名が踊るでしょう。だが今回の事件の核心はゴーン氏個人であって、企業に蔓延する病ではないのです」と同氏。
筆者がこの原稿を書いている際、日産と三菱、ルノー3社の株価は平均して12%下落した。ランケスター氏は「VWがスキャンダル後に信用を取り戻すのは大変だったが、3社連合の見通しはずっと明るい」という。
「投資家的観点からすれば、3社連合にとっての真の課題は、混乱を乗り切る的確なプランを示せるかどうかということ。新たなリーダーシップと明確な戦略の提示、そしてビジネス面での成長と改善、進化を続けていくことが肝要です」
「消費者にとってブランドとは購入の対象ですが、投資家はブランドがその業界にとってどれほど重要かという点を見る。投資家は目下、ゴーン氏のリーダーシップに12%という価値をつけました。3社連合がリーダーシップを発揮すれば、株価はいち早く元に戻るでしょう」。また、明快なコミュニケーションをとり続けることも鍵だという。「もしそれを怠れば、最悪の事態になりかねません」。
更に同氏はこう続ける。「ゴーン氏はキャリアを積み重ねることで、稀に見る伝説的ステータスを築きました。ただ、階段を駆け上がるのが速すぎた」。「このような事態となって、もし私が企業の取締役にアドバイスするのならば、8文字の言葉を送ります。『The king is dead. Long live the king(国王は亡くなった。新たな国王万歳)』 と」。
「一般論として企業がなすべきことは、最高レベルの幹部の不適切・違法行為を含め、より複雑なリスクのシナリオへの準備です。幹部の汚職は多くの人々が不快と感ずる事件。企業はこうした難題への対策にすぐにでも乗り出す必要があります」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)