5月に東京で開かれたグローバルマーケターウィークで、Campaignは世界有数の消費財メーカーの幹部たちに「広告主はどうすれば良い企業市民になれるか」を問うた。3回シリーズの最終回では、性差別的なステレオタイプをテーマに取り上げる。パートⅠとパートⅡはこちらから。
「今の社会は、我々の子どもたちにとっても良い社会なのか」
この5月、世界広告主連盟(WFA)は広告表現におけるステレオタイプをなくしていく「アンステレオタイプ・アライアンス(Unstereotype Alliance)」と協働していく指針を発表した。「アンステレオ……」は昨年6月、国連ウィメン(UN Women)が立ち上げた地球規模のイニシアティブ。「社会における不平等がなくならない大きな要因は広告にある」という趣旨に基づいたものだ。
WFAはこの指針の中で、広告業界における様々な調査結果を列挙。その1つが2015年、ユニリーバが1年間にわたり実施した広告の中の女性像に関する調査だった。結果は、「向上心があるか、リーダーの立場で描かれた女性」はわずか3%。「ヒーロー的、あるいはトラブルを解決する女性」は1%、そして「愉快なキャラクター」は0.03%だった。
当然のことながら、この調査では実際の女性の40%が「広告に登場する女性に共感しない」という結果も出た。ユニリーバはグーグルやフェイスブック、マイクロソフト、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどとともに「アンステレオ……」のパートナーに名を連ねている。
進歩的立場を打ち出そうする企業が多い中、ユニリーバは広告でしばしばユニークなストーリーを打ち出す。ステレオタイプ的な表現は程度の差こそあれ、どの業界にも存在するものだ。海外で20年暮らした経験を持つ国連ウィメンの石川雅恵日本事務所長は、帰国後に「日本の広告の多様性の欠如に強い衝撃を受けた」と話す。
「20年前はまったくそのように感じませんでした。日本に住んでいた頃は、(広告で)男女のカップルしか見ないのは当たり前だと思っていた。それに、オムツを替えるのはいつも女性だということも。今でもこうしたことに違和感を感じない人は、まだたくさんいると思うのです」
国連ウィメンが目指すのは、「普段当たり前だと思っていることが正しいとは限らない」という考え方を世間の人々 −− 特に広告主 −− に持ってもらうことだ。「広告主は社会を映し出す広告を作りたいと考えているはずです。日本にはジェンダーに対するステレオタイプ的な見方がまだあり、広告もそうした現実を反映してしまう。私たちは、『今の社会が私たちの子どもたちにとって良い社会なのか』と自問するべきなのです。広告主は現状を見据え、あるべき世界の姿を作り出す大きな責任があります」。
ステレオタイプはなぜ浸透しているのか
ブランドがそうした自覚を持つのなら、なぜ広くステレオタイプが浸透しているかを理解することがまず重要だろう。大手食品会社マースでパブリックアフェアーズ担当バイスプレジデントを務めるマティアス・バーニンガー氏は、ステレオタイプを「アーキタイプ(元型、全ての人々が無意識の中に持つ固有の要素)の暗部」と表現する。「説得力あるストーリーを短時間で伝える際にアーキタイプは効果を発揮しますが、否定的表現に陥りやすいのです」。その例として同氏は、マースが展開したチョコレート菓子「スニッカーズ」のキャンペーン「You’re not you when you’re hungry(お腹が空いたら、あなたではない)」を挙げた。
「最初はまるで、マースが『ステレオタイプ・アライアンス』の創設メンバーになったかのように感じました。もちろん修正しましたが、我々はいまだにステレオタイプにとらわれている。アーキタイプや会話のレベルだけの問題ではないのです。10億ドル規模のブランドが変わることは、非常に難しい。ましてや数十億ドル規模となると、限りなく難しいのです」
ユニリーバでグローバルマーケティングとメディア、及びeコマースの相談役を務めるジェイミー・バーナード氏は、「ステレオタイプの基本的な要因は怠慢にある」という。「マスマーケティングに携わっている者なら、この問題を完璧に扱わねばなりません。不特定多数の消費者を相手にしているのですから。ゲイのカップルや重度の障がい者を主人公にした広告を打つことは、勇気あるマーケターでなければできないでしょう」。
また、今ではより多くの人々がこうしたリスク −− この場合、社会の真の多様性を象徴する意 −− に肯定的になってきているが、「あらゆる人々を喜ばすことはできないという認識を持つべき」とも。
「50%の消費者は素晴らしいと考えるでしょうが、残りの50%は最悪の広告と捉えるでしょう。だからこそ、マーケターは胆力を示さねばならない。ブランドが理念を掲げれば、それに一喜一憂しなければならないのです。1千人の人々がそのブランドの製品を買う一方で、1千人は賛同できないとボイコットするでしょう。結局はブランドの勇気であり、ある一定の顧客を勝ち取るためには他の顧客を失うことは厭わないという意気でしょう」。
マーケターは勇気を示せ
広告代理店のスタッフに多様性が欠如していることも、ステレオタイプとしての非難の対象になるのか −− ペプシコでグローバルパブリックポリシーと政府関連業務を担うシニアバイスプレジデント、フィル・マイヤー氏は、「おそらくそうでしょう」と話す。「この問題はマーケターが主導権を握らなければいけない」とも。
「代理店が多様性を発揮するのを待ってはいられません。そうなるよう、我々がけしかけていかねばならない。我が社のいくつかのサプライヤーには『我々と仕事をするチームの多様性を増やしてくれ』と既に要請しました。彼らの採点表も作りました」
だが同氏は、代理店にも同じアプローチを取るとは明言しなかった。「代理店に要請する前に、この問題は我が社のマーケティング担当に相談しなければならない」。
石川氏は、良い方向に進むためには「業界全体が状況を改善できる強い力を持っているという自覚を持つべき」と話す。その好例が、P&Gの女性用ケア製品ブランド「オールウェイズ」のキャンペーン「ライク・ア・ガール(Like a Girl)」だ。バーニンガー氏は、「この広告がゲームチェンジャーの役割を果たし、役員室での議論を劇的に変えた」と話す。
同氏は昨年、身体障がい者を起用して英国で展開した「モルティーザーズ・チョコレート」のキャンペーンがマースを大きく前進させたと話す。実際、Campaignが英国マースのマーケティング担当バイスプレジデントであるマイケル・オリバー氏にインタビューした際、同氏はこのキャンペーンが「過去10年で最も成功したもの」と述べた。だがその道のりは容易ではなかったようだ。
「障がい者を起用し、彼らを広告の中で(健常者と)同等に扱うことは、我が社のCMOにとって己のキャリアを賭すことでした」とバーニンガー氏。「大きな失敗に終わる可能性もあったので、危機管理の担当者たちは非常に神経質になっていました。でも、そうはならなかった。我々は、時に勇気を振り絞らなければならないのです」
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)