デジタル広告のエコシステムが進化するにつれ、末端の顧客体験が蔑ろにされがちなのは周知の事実だ。
しかし、顧客体験(CX)プラットフォームであるディスコ(Disqo)の調査によると、人々のブランド認識に強く影響を与えるのは、ブランドやその製品・サービスでの経験だという。最も影響力があるのは価値、品質、信頼、顧客サービスといった属性だ。
その結果、CXは「持続可能な成長を目指すブランドにとって大きな力を持つ」ことになるという。
にもかかわらず、ブランドはCXを十分に重視していない。フォレスター(Forrester)のレポートによると、2024年にCXが改善されるとしても、CXを強化するためにAIをどのように活用するか、また経済の不確実性が続く中で消費者にどのように対応するかといった課題を乗り越えなければならない。
同社はまた、包括的なデザインを目指すCXリーダーの野心は社内方針によって損なわれ、CXチームは仕事量に圧倒され、CXの指標を財務的な成果に結びつける企業は少数にとどまるだろうと予測している。
2024年に向けてCXのロードマップを模索しているブランドやマーケティング担当者のために、インスピレーションを与える3つの抱負と事例を紹介しよう。
抱負1:基本を押さえよう
ガートナー(Gartner)のシニアディレクター・アナリストであるリア・リーチマン氏によると、ほとんどのブランドはまだCX戦略を確立しておらず、顧客が本当に必要としているものが何なのかを分かっていないという。
「顧客第一主義やブランドの差別化について語られることは多いものの、こうした発言がリップサービスの域を超えることは稀です」。
実際、多くの組織は基本的なことすら正しくできていない。基本的なこととは、顧客調査、ペルソナ作成/ターゲティング、ジャーニーマッピング、ソーシャルリスニングなどのCXマネジメント戦術を含む。
多くの場合、ブランドは新しいテクノロジーに気を取られ、「他ブランドとの差別化における基本的なことに、集中することはない」とリーチマン氏は付け加えた。
これは典型的な「シャイニーオブジェクト症候群」だ。
代わりにリーチマン氏は、ブランドに「顧客のいる場所で必要なものを提供するために最適なチャネルを決める前に、顧客が何を必要としているのか、あるいは顧客は何を目的としているのか」にフォーカスするよう勧める。
事例:セイシュ
オリンピック選手のアリソン・フェリックス氏が立ち上げたスニーカーブランド「セイシュ(Saysh)」を、リーチマン氏は例に挙げる。
「ほとんどのスニーカーが男性ランナーのために作られているという問題意識に基づいて設立されました」。フェリックス氏は「どうすれば女性アスリートのニーズをサポートし、いくつかの障壁を乗り越えることを支えられるか」に焦点を当てたという。
フェリックス氏自身の経験から生まれたセイシュは、自身がランナーとして遭遇したペインポイント(悩みの種)を解決するユニークなCXを提供している。たとえばセイシュでは、妊娠中に足のサイズが変わることが珍しくないのを考慮し、妊娠中の女性が新しいサイズのシューズと無料で交換できるようにしている。
「私が特に注目しているのは、彼女が本当に自分の価値観にのっとって語っていることだ」とリーチマン氏。
同氏はこれを「顧客体験を損なうのではなく、ポリシーや手順によって実際に顧客体験を高められると示す例」と言い、「このようなユニークな要素に注目することが重要」だと指摘した。
抱負2:パーソナライゼーションの先を考えよう
顧客はアマゾン(Amazon)やネットフリックス(Netflix)のようなプラットフォームでの経験から、テーラーメイドなやりとりをブランドに期待するようになっている。
MRMのグローバルプレジデントであるブラッドリー・ロジャーズ氏は、「パーソナライゼーションへの取り組みは、2023年のBtoC分野において必要最小限のもの」と語る。
DDBでイノベーションとエクスペリエンスの北米担当責任者を務めるクリスティン・レーン氏もこれと同じ意見だ。そして生成AIの台頭によって、2024年にはブランドがパーソナライズされたコンテンツをさまざまなフォーマットで数多く開発できるようになり、しかも従来よりも安価かつ迅速に行えるようになると指摘する。
「消費者は自分たちが何に魅力を感じているのかを、よりよく知ることをブランドに期待し、それに応じてブランドを評価するでしょう」と同氏。「問題は、偏在性や露出過多によって、パーソナライゼーションの効果はどの時点で横ばいになるのか、ということです。すべての体験が彼らのニーズに合わせて正確にカスタマイズされたら、消費者が実際にエンゲージするのは何になるのでしょうか?」
このシナリオで消費者が選ぶのは、創造性やパーパスに熱心なブランドになるだろうとレーン氏は考えている。
「確かに、大規模なパーソナライゼーションは必要です。しかし、それはブランドが何を提供するかだけでなく、なぜ提供するかという部分も掘り下げながら、クリエイティブかつ斬新に感じられる方法で展開される必要があります」と付け加える。「消費者は、単に自分の欲求やニーズを反映したものを買いたいのではなく、支持できるものを買いたいのです。つまり、驚きと新鮮さ、そして喜びを感じられるような方法で、ブランドらしさをはっきりと感じられるような体験が必要なのです」。
事例:デルタ
ロジャーズ氏は「顧客を何よりも優先する動き」として、デルタ航空(Delta Air Lines)は「顧客にこだわるという点で、現在おそらく業界最高峰だろう」と語る。
たとえば、同社は2023年2月から機内でWi-Fiの無料提供を開始した。
「何百万ドルという費用がかかりますが、それが考え得る限り最高の体験になるから正しいことであると、彼らは理解しています」。
ロジャーズ氏はまた、旅行者がチェックイン時にデルタ航空のアプリ内でスターバックス(Starbucks)のコーヒーを注文し、空港内を歩いてゲートに向かう際に受け取ることができる機能を挙げる。
「体験の質は、確実に格段と向上しています」とロジャース氏。「今は顧客にひたすらフォーカスし、競合他社を突き放して勝ち進むところがあります。結局のところ私たちは皆、シームレスな体験、シンプルな体験を望んでいるからです」。
抱負3:AIを試してみよう
フォレスターの CXレポートによると、2024年には大手ブランドの50%が顧客向けのAIを試すという。
「パーソナライゼーションの観点からも役立つと思います。個人との対話、個人ともっと会話できるような関係を築く上で役立つでしょう」とロジャーズは語る。
同時に、AIはまだ発展途上であるため「多くのリスク」も存在する。
「正しくできるものもあれば、本当に酷く間違うものもあるでしょう」とロジャース氏。「代理店としての私たちの役割は、クライアントと協力してツールや手法の経験を十分に積み、ブランドがそれを確実に正しく展開できるようにすることです」。
パンデミックから続くもう一つの影響は、ロジャースが言うところの「業務過多で、低賃金な、やる気を失った労働力」である。
その結果、労働者の負担を軽減するためにAIを使った実験が2024年に増えると同氏は予想している。
事例:eコマース・プラットフォーム
不正検知プラットフォームのクリアセール(ClearSale)は、AIを活用して「時間帯や曜日、その他の顧客行動に基づいて商品のレコメンデーション(推奨)を動的に変更する」企業の例として、ラッピ(Rappi)やポストメイツ(Postmates)のような配達アプリを挙げる。
これは、消費者が慣れ親しんだeコマース・プラットフォームでおなじみの手法だ。
「アマゾン(Amazon)のような小売大手は、顧客の好みを把握するためにコンテンツやプロファイルをカスタマイズしています」と語るのは、クリアセールのラテンアメリカ担当リージョナルディレクターを務めるビクター・イスラス氏だ。「検索やデモグラフィックに応じて、ユーザーに特定のニーズに応える商品を厳選したレコメンデーションページが表示されます」。
しかし、すべての世代がこのレベルのパーソナライゼーションを好むわけではない。若い消費者がパーソナライゼーションを期待する一方で、年配の消費者は煩わしいものと考える可能性があることが、クリアセールの最新のレポートで明らかになった。
重要なのは「まったく自然に見えるように、買い物体験にパーソナライゼーションを加えること」だと報告書に付記されている。
CXを正しく把握することが重要なのは、価格の上昇が購買決定に引き続き影響を与える一方で、消費者はやがて柔軟性を取り戻すからだとリーチマン氏は指摘する。そうなれば「自分がどのブランドの顧客であるか、そしてそのブランドの約束が実際にCXの能力によって支えられているかについて、消費者はこれまでとは違った考え方をするようになるでしょう」。
これは、企業はブランドプロミスに基づいた体験を提供する能力を、従業員にも持たせなければならないことも意味する。
「AIについてや、他のことについて議論することはできます。しかし組織がこれを正しく行わなければ、すべては一時しのぎの施策にしかなりません」。