世界はようやくパンデミックから回復しつつあるが、今も人々は、社会不安や環境問題、メンタルヘルスの危機に晒されている。そして、過去3年間の広告クリエイティブは、このような消費者の現実を反映してきたのだといえるだろう。
「パーパスマーケティング」の台頭は別に目新しいことではない。しかし、この3年間は、多様性や連帯、サステナビリティやインクルージョンをテーマにした広告に振り子が大きく振れ、ユニリーバやP&G、グーグルといった企業がそうした社会課題の中心となってきた。
社会課題をテーマに据える戦略は、人々の共感を呼び、同時に成果ももたらすことが証明されている。
ゼノ・グループが2020年に、パーパス関連の広告を制作したブランド75社以上を評価した調査によれば、世界的に消費者は、明確なパーパスを持つブランドを信頼し、購入し、支持し、そして擁護する傾向が4~6倍も高いという。
パーパス関連の広告が注目されるようになり、広く称賛の対象ともなっている。2022年のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルでは、グランプリに輝いた32作品のうち28作品がパーパスをテーマにしたものだった。
パーパス作品の人の心を動かす力と効果は、確かに証明されている。だが一方で、クリエイティブ関係者からは、懸念の声も聞かれる。人々の心の琴線に触れやすい、賞を獲得しやすい作品に注力しすぎて、真にクライアントのためになる作品を生み出せていないのではないかという懸念だ。
パーパス中心になったカンヌライオンズ
ブランドが、混沌とした世界を生きる消費者とのつながりを求めるがゆえ、2022年も再び、パーパスをテーマにしたキャンペーンがカンヌライオンズを席巻することになった。
そうした2022年の受賞作品の一つが、キャットフードブランド「シーバ」が、AMV BBDOと組んで行なったキャンペーン「Hope Reef」だ。サンゴ礁回復システムを使い、サンゴ礁で「Hope(希望)」の文字を綴ることで、世界のサンゴが直面する危機を訴え、インダストリー・クラフト部門とメディア部門でグランプリに輝いた。一方、ニューヨークのTブランドスタジオが手がけたグーグルのキャンペーン「Real Tone」は、標準的なカメラでは、いかに濃い肌の色を再現できないかを訴え、その解決策を提示したもので、モバイル部門のグランプリを受賞した。
ほかにも、ビールブランド「ミケロブ・ウルトラ」が、FCBニューヨークと組んで行なったキャンペーン「Contract For Change」は、持続可能な農業に取り組む作品で、クリエイティブ・エフェクティブネス部門のグランプリに輝いた。また、R/GAロンドンが手がけたナイキの「NikeSync」は、月経周期に合わせてトレーニングを行うのを支援するアプリで、エンターテインメント・ライオンズ・フォー・スポーツ部門の勝者となった。
このように、パーパス関連の作品がグランプリの大勢を占めたこともあり、英国の広告業界団体であるIPA(Institution of Practitioners in Advertising)は、ブランドパーパスの有効性について厳密な検証とエビデンスを求めている。
IPAでは、カンヌライオンズの審査員たちがパーパスの有効性に関する議論を深められるよう、5つのポイントを提示している。例えば、キャンペーンの有効性を収益以外の成果に基づいて評価すること、クリエイティブのメッセージではなく、キャンペーンの背後にあるパーパスによってどのくらい成果が得られたのかを問うこと、キャンペーンの長期的な持続性を証明することなどだ。
今、世界中の広告関係者がカンヌ行きの準備をしている。しかしその中に、「パーパスの勢いが弱まるだろう」と予想しているクリエイティブ関係者はいないようだ──パンデミックから回復し、人々はもっと日常的な雰囲気を求めているにもかかわらずだ。
パーパスの審査がより厳格に
ただし、エデルマンの最高クリエイティブ責任者で、カンヌライオンズの審査員を8度務めたジュディー・ジョン氏は、パーパスをテーマにしたキャンペーンについては、これまでよりも審査が厳格になるだろうと考えている。
ジョン氏はCampaign USの取材に対し、「今後もパーパス関連のキャンペーンを数多く目にすることになるだろう。しかし、それは世界がこれまで以上に混乱しているからなのだと思う」と語り、パーパスはESG(環境、社会、ガバナンス)だけに留まらないのだ、と指摘した。
「しかし(中略)重要なのは何を言うかではなく、何をするかだ。その言葉の裏で、実際にどのような行動が生まれているのか?企業は、長期間それに取り組むことにコミットしているのか」
パーパスキャンペーンを審査する場合、その作品が一度限りの行動の産物なのか、企業が長期にわたって支援している取り組みなのかを見極めることが重要だと、ジョン氏は語った。
Tブランドスタジオのクリエイティブ担当バイスプレジデント、ヴィダ・コーネリアス氏も、そうした問いが重要だと考えている。特に、2023年の審査員たちには、ぜひその問いを発してもらいたいという。ブランドの多様性への取り組みが下火になりつつあり、特定の社会正義については沈黙しつつある、という調査結果があるからだ。
「ジョージ・フロイドの事件があった年、ブラック・ライブズ・マターを支持することは、文化的活動であり、トレンドだった。次の「流行」が現れたら、それは終わってしまうものなのだろうか?」
「何かを支持するために”旗を立てる”という戦略の倫理的側面については、審査員室で活発な議論になったこともある」とコーネリアス氏は続ける。「単にその時だけ支持するのではなく、それを真にブランドの一部とするにはどうすればよいのだろうか?」
カンヌライオンズの審査員を何度か務めたことがあるコーネリアス氏は、人々がどのような文脈でその作品を見たか、人々がそれをどう感じたかを考えることが重要だと指摘する。そして、ブランドにはその話題に参加する資格があるのか、その作品は人々の日常生活にどれくらい共鳴しているのか、そして、それは本当に人々の現実問題を解決するものなのかを、考えることが重要なのだという。
しかし、多くの人がパーパス関連作品について懸念するのは、審査基準が十分に厳しくないため、本物とは言えないような作品が評価されてしまうケースが少なくないことだ。
スモール・エージェンシーの共同創業者で、バイ・ザ・ネットワークの創業パートナーでもあるルカ・ロレンツィーニ氏は、パーパスをテーマにしたキャンペーンは、しばしば審査員の心を動かすことがある。その結果、現実世界に影響を与える能力ではなく、心の琴線に触れる能力に賞が与えられることになるのだと考えている。
「平和や多様性、環境(のようなテーマ)は、誰もが強い関心をもつ領域なので、自ずと票が集まりやすくなる」とロレンツィーニ氏は話す。「中立を保ち、心ではなく、頭で考えて投票するのは意外に難しいことなのだ」
パーパスにはまだ居場所がある
ロレンツィーニ氏は、2023年の審査員はパーパスキャンペーンの品質をしっかり審査できるだろうと期待している。しかしその一方で、立派なパーパスや社会正義をぶち上げた後、すぐに「日常」に逆戻りしてしまうブランドは、そのリスクをしっかり覚悟すべきだと警告する。賞を勝ち取るためだけにパーパスキャンペーンを行うことはとても危険だ。
一方、コーネリアス氏は、ゲームなどの、より革新的かつ技術的なカテゴリーがカンヌライオンズのメインストリームになるにつれ、これらのカテゴリーでも、パーパスキャンペーンが見られるようになるだろうという。
「(これまでのゲーム業界は)決して、何かの理念を掲げるような業界ではなかった。ところがそのゲーム業界から、とても賢明なキャンペーンが生まれたのだ」とコーネリアス氏は語り、ウィメン・イン・ゲームズ(ゲーム業界でより多くの女性を雇用し、女性の利益を保護することを目的とした英国拠点の企業)のキャンペーン「Gender Swap」を例に挙げた。男性ゲーマーが、音声を女性の声に変換して話し始めると、途端にハラスメントが始まるという内容だ。「この作品は、意義のあることを、もっと面白い方法で行う余地があることを教えてくれる」
コーネリアス氏もジョン氏も、最近では、パーパス関連作品の「長期的な持続性」については、審査員もかなり見極められるようになったと考えている。
また審査員は、作品で語られた理念が、実際の行動に移されているかどうかを、かなり意識的にチェックするようなってきたと、ジョン氏は指摘する。
「作品の持つ影響力は、間違いなく審査の結果を左右する重要な要素のひとつだ。だが、その影響は、時間をかけて広まるものだ(中略)その作品は、何を実現するためにつくられたのか?それは果たして効果的だったのか?本当に人々の心を動かし、人々の意見や考えを変えることができたのか?政府や企業の方針を転換できたのか?つまり、作品の有効性を正しく示すためには、そうしたことのすべてが重要なのだ」とジョン氏は語った。