ラベンダー石鹸の香りが漂う大理石のバスタブや、豪華さというよりも歴史を感じさせるビンテージソファ。これらは由緒あるホテルならではの特徴だが、問題点でもある。
米国ニューヨークに本拠を置くグローバル・ブランディングファーム、シーゲルゲール(Siegel + Gale)が実施した最新の「World’s Simplest Brands(最もシンプルなブランド)」調査によれば、世界の25の業界のうち、ホテル業界は20位と、前年から12ランクも順位を落とした。だが、これには明らかな要因がある。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に際し、ホテルの客室が感染源のひとつだというイメージを払拭できなかったことだ。ロックバンド「ザ・フー」のような熱狂は影をひそめ、子ども向けバンド「ザ・ウィグルス」と間違われるほど大人しくなってしまった。
だが、かつて人々を魅了したホテルブランドのイメージが凋落した要因はもう一つある。朝食のビュッフェで出てくる四角くカットされた味気ないメロンと同じくらい、今の由緒あるホテルは、人々に望まれていないのだ。どれほどマーケティングに力を入れても、これらのホテルの多くは、現在のトレンドや顧客体験の中心だとは考えられていない。その結果、新規顧客を獲得することができず、顧客とともに進化することもできていない。
パンデミック以降、人々の生活は、以前と同じではなくなり、むしろ、かなり違うものになった。仕事は以前の仕事ではなくなり、出張も、学校の授業やエンターテインメントと同様、「画面越し」で行われるようになった。
また、格安ホテルは今や、それほど格安ではなくなった。中流ホテルブランドもアメニティを減らし、価格を抑えながら、なんとか客を呼び込もうと苦労している。そして、往年の高級ブランドやラグジュアリーブランドは、いまだ新しい顧客のニーズや期待に応えられないでいる。
従来のホテルブランドが、現在のゲストハウスやブティックホテル(比較的小規模の独創性あふれるコンセプトとクリエイティビティを持ったホテル)に勝ちたいなら、人々の意識を変える必要がある。例えば「4日間交換されていないバスタオル」についての独自の衛生対策を採用する必要があるのだ。
これから示すソリューションは、「ブランドが懸命に努力しているのに結果が伴わない時はどうすればいいのか」という、よくある質問への普遍的な回答となるだろう。
洗練された体験を提供する
ホテルで過ごすひとときが、安っぽい装飾品や安価なベッドが置かれた、昔ながらの寮生活のようなものとまったく違う、非日常的で一時のユニークな体験だったらどうだろうか。ホテルの部屋に飾られているアートが、先月近所のバーで開かれた即売会で売れ残った絵のようではなかったらどうだろうか。ホテルの部屋で、風景を描いたどこにでもありそうな「油絵」を見た経験は誰にでもあるだろう。
ホテルの未来は、出会いのチャンスと快適さに溢れ、気分を高揚させてくれる、現代人の期待に沿ったものでなくてはならない。ホテルは、単に寝る場所を提供するだけでなく、人々の日常にインスピレーションをもたらすような、ブランド主導の体験を提供する必要があるのだ。デジタルニーズや最新のデザイントレンドに合わせて、ブランドは、自社の施設を定期的にブラッシュアップしなければならない。
地域との提携
ホテルがゲストの求めていることを本当に理解し、適切な人や物と出会えるチャンスを提供したらどうだろうか。これはコンシェルジュの話ではない。私が言いたいのは、宿泊客が滞在機会を最大限に活かせるように、地元の優れた商品やサービスを1カ所に集めるといったことだ。このようなわかりやすい顧客体験を、ブランド主導で提供するのだ。
ホテルは、地元の店舗や企業と提携することで、宿泊客に独自の価値を提供できる。そうすれば、宿泊客は、ホテルが提供する物やサービスを、その地域の素晴らしさと結びつけて考えるようになるだろう。
たとえば、先ほどのホテルのアートだ。地元のアーティストと提携して、彼らの作品を壁に飾るなどが考えられる。ホテルが新進気鋭のアーティストを宣伝するキュレーターの役割を果たすことで、地元クリエイターたちにも注目が集まるわけだ。
ただし、提携相手によっては、顧客との関係性が向上するとは限らず、悪化する可能性もあることには注意したい。このような提携は、互いのイメージを損なうものではなく、互いに高め合うものにする必要がある。
ホテルを旅行の目的地にする
その地域で最も美味しい食事や最も快適な仕事環境を提供することで、ホテル自体が目的地になったらどうだろうか。ホテルのバーが、ホテル内にとどまらず、より広いコミュニティの魅力やエンターテインメントを提供する場になったらどうだろうか。あるいは、チーム合宿や小規模な結婚式、親族の集まりといったものではない、魅力的なイベントを開く場所になったらどうだろうか。
私が思い描くのは、地域文化を体験できる場とフードマーケットの両方の役割を果たすような、活気あふれるロビーだ。トレンドに敏感なシェフがスペシャルメニューを提供するポップアップレストランをロビーに設置すれば、話題になるかもしれない。客室で料理教室を開催しても良い。宿泊客は、地元の食材を買って部屋に持ち帰り、米国で人気の主婦料理家アイナ・ガーテンのように料理するわけだ。
目よりも耳で人々を楽しませたいなら、固い折りたたみの椅子を並べただけのスペースではなく、ライブハウス並みの音響設備と快適な座席を備えた円形ホールのようなスペースを用意して、ライブを開くのもいいだろう。このようなイベントは、宿泊客に情熱的な体験や、偶然の出会いをもたらすことができる。事前に調理したツナサンドを提供するのとは、まったく違う体験になるはずだ。
デザイントレンド、最良の提携パートナー、そして地域文化の活用は、ホテル業界を「何が提供されるのかよくわからない業界」から「魅力的な体験が提供される業界」へと変えることができる。この変化は、朝食を好きなだけ部屋に届けてくれるホテルに初めて滞在し、バスローブを着たまま朝食を食べたときと、同じような衝撃をもたらしてくれるはずだ。