ヒューストン氏は2007年にグレイに入社、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)を経て、昨年8月よりワールドワイドCEOに就任した。ビジネス界でも最も若いリーダーの一人で、社会を代表するような作品を作るために、広告業界はもっと多様性に富む業界になるべきと信じている。同氏にとってダイバーシティーとは、より多くの女性を管理職に登用すること以上の意味を持つものだ。
ヒューストン氏はこの独占インタビューで、広告がどのように進化していくべきか、広告賞の良い点と悪い点、日本の状況、そしてオープンな職場環境を作るためにグレイが行っていることについて語った。
WPPのサー・マーティン・ソレル最高経営責任者(CEO)の辞任は、グレイやあなた個人、そして業界全体にどのような影響があると考えますか。
辞任の知らせは非常に悲しく、がっかりもしました。これからも長く、彼と一緒に働くのを楽しみにしていましたから。ソレル氏は、いい意味で挑発的な人物です。WPPは従業員20万人を擁するグループで、その傘下にあるグレイはこれからも、クライアントへの奉仕に注力していきます。なので、日々の業務に大きな変化はないでしょう。業界の重要な課題を推し進めるのに尽力してきたソレル氏の辞任は、業界にとって残念なこと。ですからWPPにどんな影響があるのか、あるいは無いのかに関わらず、この業界の代弁者を失ったことは残念です。どんな時であれ、どんな業界であれ、彼のような強い情熱を持った人物がいなくなるのはとても残念なことです。
広告業界では統合がさらに進んでいるようですが、この動きをどう思いますか。また、クライアントは一つひとつの代理店ブランドには興味を持っていないとソレル氏は言っていましたが、これについてはどう思いますか。
クライアント全てを一般化して語ることはできないため、そういった見方には反対です。しかし代理店ブランドにあまり興味を示さない人たちは、確かにいます。我々の業界が厳しく反省すべきは、自分たちだけで考えてしまい、自分たちに起きていることはクライアントにとっても当然重要だろうと考えてきた点です。クライアントにとって重要なのは、自社の成功を推し進めていくこと。我々も内部事情より、そちらに重点を置いていくべきなのです。私は常に変化し続けることが大切だと信じていますし、たいていの業界において、変化とは通常、とても良いことを意味します。ですから私は変化や、いろいろな形のコラボレーションに対して前向きなのです。
代理店はどのようにしたら、クライアントにとって物事をもっとシンプルに進めることができるのでしょうか。
こういった見方は一般的でないかもしれませんが、私は広告代理店がそれほど複雑になっているとは思いません。むしろクライアントの進め方の方に、もっと複雑な面があります。そしてその大部分は、クライアントがあまりにも多くのパートナーを引き入れ、仕事を細分化してしまうことで生み出された複雑さなのです。我々にできることは例えば、いかに深いサービスを提供できるのか、あるいは広告代理店が単独あるいは集合体として、いかにマーケティング機能を統率・調整していけるのかを見せ、クライアントが物事をシンプルに進める手助けをすることです。繰り返しになりますが、広告代理店が複雑なのではなく、クライアントが広告代理店と仕事を進めるときのやり方が複雑になっているのです。
フォルクスワーゲンは、さまざまな分野の仕事が一緒にできるハブを世界各所に作るようです。これが今後の業界の主流になるのでしょうか。
多くの広告代理店が作り上げてきたものに、私が反対しているように聞こえては困るのですが、コラボレーションこそがこれからのスタイルだと私は信じています。フォルクスワーゲンの手法は、エンゲージメントや責任、意思決定力がクリアである限り、とても良いソリューションになるのではないのでしょうか。うやむやのままにしておくと、複雑になったり失敗につながったりしますから。
コラボレーションは現在、十分になされていると思いますか。
すべての分野(広告、PRなど)がもっと密接に活動するようになれば、仕事の質は高まり、市場での影響力も大きくなると思います。マーケティングコミニュケーションを考える上で一番簡単なのは、消費者と、消費者の暮らし方に目を向けることだと思います。我々は仕事や領域が分断された業界を作り上げましたが、それは人々の生活の送り方とは異なったもの。消費者がブランドや製品とインタラクティブに関係を築くやり方を、そのまま映すようなシステムを作ることができるなら、我々はより大きな成功をつかむことができるでしょう。
現在の日本の作品についてはどう思いますか。
昨日、我々のグループ内のエージェンシーの者たちとクリエイティビティー全般について話す機会があったのですが、その後で若いクリエイティブ担当者から「どうすれば日本の広告業界は、カンヌライオンズなど世界の重要な広告賞で活躍できるのか」と質問されました。日本の経済規模から見て、世界の広告賞における日本の存在感が薄いと、彼は感じていたのです。これは興味深いジレンマだと思い、私はこのような質問を返しました。「賞の獲得が、本当の仕事なのだろうか。あるいは広告賞によって、今までとは異なるクリエイティビティーが生み出され、それが認められる素地を作っていることが大事なのか」と。我々が業界としてやらねばならないことは、もう少し心を広く持ち、あるグループによるクリエイティビティーの定義が唯一の定義ではないという点を理解すること。ですから私は皆に、もっと対話をし、グローバルな場でクリエイティビティーの定義作りに携わるよう提案しました。
クライアントは、広告賞に興味を持っているのでしょうか。
賞の獲得に興味を持っている人はとても少ないと思いますが、受賞を迷惑がるクライアントはほんとんどいないでしょうね。問題が起こるのは、クライアントが追い求めているものと違うものを広告代理店が追い求めている、とクライアントが感じるときなのです。
あなたはダイバーシティー(多様性)の重要さを強調しましたが、ダイバーシティーをどのように定義しますか。日本では「職場での女性」を意味することが多いようです。
ダイバーシティーは多くの場合、「職場での女性」もしくは「クオータ(割り当て)」を意味するのだと思います。アメリカでは、ジェンダーよりも人種のダイバーシティーと捉えることが多いですね。ダイバーシティーとは、必要な多くのことを網羅する、少しゆるやかな定義だと思うんです。まず第一に、ダイバーシティーはビジネスにおける必須事項。広告業界は、人々の行動を駆り立てるべく、心のつながりのようなものを作り出すための存在ですが、それにはダイバーシティーが必要なのです。
ジェンダー、人種、社会経済的地位のダイバーシティー、そして思考のダイバーシティーはすべて重要。ですからどのマーケットにおいても、相対する消費者たちの代表として自分たちを見ることが大事だと、私は日頃から言っています。イタリアでダイバーシティーの問題について語ったとき、ある人が「ダイバーシティーはアメリカでは大事でしょう。しかしイタリアでは皆がイタリア人ですから、あなたの求めてるものがよく分かりません」と言いました。私はこう答えました。「イタリアにいる人全てがイタリア人というわけではありませんし、皆が全く同じ考えを持っているわけでもありません。ジェンダー、宗教、社会経済的地位の異なる人たちがいるのです。ですから、あなたが向き合っているコミュニティーの代表になるようにしてください」
ダイバーシティーというと、すぐに「職場の女性」に結び付くのは、それが明らかに改善が必要な分野で、数字で表すのが簡単だからです。社会経済的地位のダイバーシティーを数字で表すのは、難しいものです。
ダイバーシティーを推し進めるにあたり、グレイではどのようなことをしてきましたか。
どのオフィスも、またそれを仕切る人間たちも、より多様性に富む職場を作ることができるかで評価されるよう、徹底しました。問題を明確にし、目的をきちんと設定することが大切です。市場によってダイバーシティーの意味するものが異なりますから、自分たちの市場ではどんなダイバーシティーが求められているのかを明確にし、報告するよう求めました。ニューヨークにいる私が他の地域にいる人たちに命令するのではなく、活発に意見を交わして基準を設け、必要なプロセスを進めてダイバーシティーを促進するようにしました。
ニューヨークでは、さまざまな試みをしています。我々はまず「People’s Council」という委員会を立ち上げました。これは社内の多様なグループが一緒になって、ダイバーシティーを多面的に推進していこうというものです。各グループがそれぞれ、自分たちの活動に応じた方針と取り組みを決め、それが経営陣に認められれば、必要とするいかなる形のサポートでも得られるというものです。あるグループは、社会経済的地位によっては広告業界に入るためのサポートを必要としている人たちがいることを明らかにしました。そこで我々は、完全に奨学金をベースとしたカリキュラムを作成。今では、ポートフォリオを作る術を持たない若者たちが、業界の第一人者から直にトレーニングを受けられるようになりました。
また我々は、「3 Percent Conference」 (ダイバーシティー実現を目的とした米国のイベント)の協力を得て、クリエイティブブリーフを世界的に変更しました。当社のグローバルチーフクリエイティブオフィサーとプランニング責任者が、文言作成に携わりました。このブリーフのおかげで、誰もがダイバーシティーを念頭に置き、ステレオタイプから解き放たれた活動ができるようになっています。
この記事は、オリジナルの記事よりも少し短く編集されています。原文(英語)はこちらから。
(文:デイビッド・ブレッケン 編集:田崎亮子)