多くの日本の大手企業が海外市場進出を目指すのは、今に始まったことではない。その主たる要因として、大抵誰もが国内の景気の低迷や社会の高齢化、少子化などを挙げる。どれも、お婆さんの家で供されるお菓子のように新鮮味のないものだ。少なくとも今は、「日本は小さな島国なので」と言う人が減ったことは喜ばしい。それにしても、日本の国土上の制約が成長の妨げになっているのは間違いない事実だろう。
外資系広告代理店は日本の大手代理店同様、日本ブランドの海外進出をサポートしたいと望んでいる。だが、彼らが日本の主要ブランドと組んでいる例はほとんどない。
広告業界では今でも「日本の異質性」が語られ、日本市場は特別かつ重要か、他のアジア諸国とは異なる対応をすべきかといった議論がされている。
アジアをきちんと経験している人々なら分かることだが、「アジア共通の価値観」というものは存在しない。あるのは「アジア各地の多様な価値観」だけだ。私はいまだに、自分を「アジア人」と呼ぶ人物には一度もお目にかかったことがない。
この議論の核となるのは、単に経済的視点だ。特殊な条件を受け入れてまで、日本の企業や消費者と関わる価値はあるのか。そして、日本市場でいつまで収益性を維持できるのかといった点だ。
「日本の異質性」と逆のことを語るのであれば、海外ブランドにとっても比較的分かりやすい話になるだろう。既に多国籍化した日本企業、あるいはそうなりつつある企業の上層部は、「日本の企業」「多国籍化を目指す企業」といった意識は特に持っていない。彼らは自分の企業が欧米の競合他社と何ら変わらないと考えているし、実際にそうなのだ。
日本の広告代理店は、グローバル化を推し進めようとする大事なクライアントに対して「2軍クラス」のチーム、進出先の支社や出張所をあてがうようなことはしない。社内でもランクや経験値が最も高い、選りすぐりのメンバーに担当させる。
米大手広告代理店日本支社の戦略責任者はこのように語る。「アジア市場についての専門的な知見が必要なときは、アジア本部からのサポートが役に立ちます。日本のクライアントは概してニューヨークやサンフランシスコ、ロサンゼルス、ロンドンといった都市のマーケティング理論やマーケターの思考が最先端と考えており、それらの意見を重んじる傾向があります」。
日本企業の上層部は、海外市場に関する新たな視点を常々求めている。にもかかわらず、彼らには外資系広告代理店を信頼するに足る理由が見つからないのだ。彼ら上層部の立場になってみてほしい。自分の企業を最も重要なクライアントとして扱ってくれない広告代理店に、どうして最重要案件を任せられるだろうか。
「地理性」も鑑みてみよう。米国西海岸から東京へのフライトは、シンガポールから東京に飛ぶよりも2時間長いだけだ。つまり、「遠さ」が問題なのではない。ほとんどの日本の経営者たちは、他のアジア諸国の人々や文化に対して特別な親近感を抱いているわけではない。よって「アジアに特化する」ことは説得力がないのだ。もしあなたが三菱電機や花王のCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)だったら、グローバルマーケティングをロサンゼルスにいる広告代理店の責任者か、アジアのどこかの国のディレクターか、どちらに任せたいだろう。
外資系広告代理店にとって、社内の報告体制を単に日本向けに適応させるだけでは、当然ながら完全なソリューションとは言えない。日本市場で勝者になりたい、日本とともに成長したいと本気で望むのであれば、日本市場での取り組み方や責任に対する考え方を全体的に見直すべきだろう。
日本のクライアントと真摯に向き合う努力は時間がかかり、リソースをフル活用せねばならず、コストもかかる。こうしたリスクに見合う価値は果たしてあるだろうか。いずれにせよ、組織内の「クリエイティビティー」とグローバルなリソースをもう少し機能させることで、莫大な投資をせずに今より成果を出すことは大抵の場合可能と言えるのだ。
少なくとも、外資系広告代理店はなぜ日本で大きな影響力を発揮できないのか、もう自問するのはやめよう。その答えはもう十分に分かっているのだから。
バリー・ラスティグ氏は、東京を拠点とするビジネス・人材戦略コンサルティング会社「コーモラント・グループ」のマネージング・パートナーを務めている。
(文:バリー・ラスティグ 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)
バリー・ラスティグは、東京を拠点とするビジネス・クリエイティブ戦略コンサルティング会社「コーモラント・グループ」のマネージング・パートナーです。