自己隔離の期間中、多くの人々がメンタルヘルスへの負の影響を体験した。しかし物理的な制約こそあったものの、我々の内面世界や精神世界は、デジタルの世界を前代未聞の新しい形で自由に彷徨し、ふれあうことができた。
このような状況下では、我々が本当にデジタルUXに求めるものは何なのかが浮き彫りとなり、その活用方法に変化を引き起こすこともある。そしてデジタルUXとデジタルデザインの活用はブランドにとって、人々のつながりを保ち、孤立感を緩和し、日常生活における実用的なニーズを満たしていく重要な役割を果たしている。
デジタルエンターテインメントの領域がここ数カ月、飛躍的な急成長を遂げていることは、誰の目にも明らかだろう。しかもこれらのプラットフォームが単なる暇つぶしのためだけでなく、感情面でつながりたいという欲求を満たすために使用される場面が増えている。ゲームやコンテンツに焦点が当てられてきたUXの役割が、パーソナライゼーションの選択肢を充実させ、他者とのつながりを促進し、孤立感を薄めるものへと移り変わっているのだ。
タイムリーな事例といえば、3月にリリースされて人気を集めた、任天堂のゲームシリーズの最新版「あつまれ どうぶつの森」だろう。このゲームでプレーヤーは無人島に移住して管理・開発し、自分の楽園を作り上げていく。自由度が非常に高く、プレーヤーはコミュニケーションや探検を促される。他の動物(家族や友人)と交流し、お互いの島を訪問することができるのだ。
このゲームのUXで特筆すべきなのは、のんびりしていることだ。急ぐものは、何もない。クリエイティブな現実逃避、ゆっくりとした時の流れ、高度なパーソナライゼーション、そしてコミュニケーションの促進という組み合わせが、パンデミック期に癒しを与えるデジタルプロダクツだして、何百万人もの人々に支持されたのだ。このようなUXへのアプローチは、ポストコロナ期にも続くと考えられる。
セキュリティーとプライバシー
エンターテインメント領域以外では、セキュリティーやプライバシーも改めて注目されるようになり、すでにデジタルデザインでは大きな課題となっている。気詰まりな雰囲気の昨今、我々はこれまで以上にセキュリティー意識を持たなくてはならなくなった。人間に本来備わっている感情や、デジタルの手法に対処するためには、オンライン体験とオフライン体験の間が滑らかにつながっている必要がある。セキュリティーやプライバシーの課題に取り組む際のデジタルUXは、実社会での体験と共鳴し、結びつくことが求められるのだ。
この大変興味深い例が、新型コロナウイルスの接触追跡アプリをめぐるさまざまな対応だ。感染症の拡大を止めるために「自分の役割」を積極的に果たしていきたいというのが、多くの人々の思いだろう。個人が果たせる役割といえば、機微な個人情報をアプリ経由で提供すること。そのためのUXデザインは、データの保管・活用において誠実さと透明性を打ち出したものでなければ、拒否され、不信感を持たれてしまうこととなる。データを中央集権型に集中管理するか、あるいはもっとユーザーが管理できる分散型とするかは現在も議論が続いており、各国で対応が分かれている。そしてブランドが個人情報に関するUXにどのように取り組むかを、今後も左右すると考えられる。
Eコマース
デジタルUXにおいて大きく変わり、注目を集めるもう一つの領域といえば、Eコマースだ。多くの小売業者がこれまで集中的に取り組んできたのはトランザクション完了までのUXジャーニーであり、注文のタイミングやデリバリー、ロジスティックスといった、消費者が最も関心を寄せる点については見過ごされてきた。つまり、手元に届いてほしい日までに商品が届かないということを、購入者は決済完了後にしか知ることができず、それが顧客サービスのコストを増加させ、ブランドへのロイヤルティーを低下させていた。
今起こっているのは、UXジャーニーをトランザクションのみでなく、ロジスティックへの顧客の懸念についても初期段階から対応していこうという変化だ。「京東到家」という中国のアプリは、地元小売店のウェブサイトを「野菜」「花」「パン」などのカテゴリごとに一覧で表示し、店舗と自宅との距離や配達にかかる時間を明記。また店舗側は、緊急で必要な商品を提供する特別サービスのために、あらゆるリソースを統合している。特に評価したいのは、このアプリがオフラインでのサービスも提供していることだ。新型コロナウイルスの感染拡大中は、専任の担当者が各住宅地に配置され、届けられた全商品を屋外で管理していた。
このようなサービスのレベル、そしてしなやかな対応力は、人々がコロナ禍を乗り切るのに大いに役立った。オンラインとオフラインの体験を滑らかにつなぐデザインが、可能な限りで最高の体験を提供した好例といえる。このように画期的なUXの導入は、今後のEコマースに影響を与え続けることだろう。
クリエイティブがこれらの課題、そしてそれ以外の課題についても多様な方法で対応してきたことを、今年のD&AD賞デジタルデザイン部門の審査員を務める中で目の当たりにし、とても魅了された。フィジカルなUXから何を学べるか、考えさせられる。
ここで私のお気に入り、MIHO MUSEUM(滋賀県甲賀市)をご紹介しよう。設計を手掛けたのは、ルーブル美術館(フランス)のガラスのピラミッドをデザインしたことで有名な建築家、I.M.ペイ氏。ミステリアスなトンネルを抜け、吊り橋を渡ると、山に溶け込んだ建物が姿を現す――自然と一体となったこの美術館は、出発時から移動、鑑賞体験、そして新たな発見に至るまでのUXジャーニー全体が、非常に豊かなのだ。
このような豊かな体験を、消費者はデジタルにも求めるようになったのだ。商品やサービスが何であれ、動線はクリアで魅力的で、エクスペリエンス全体に貢献している必要がある。D&AD賞のエントリー作品に、このようなアプローチのものが多く含まれていたのは素晴らしいことだ。そして、今私たちが直面している新たな課題がインスピレーションの源泉となって、より優れた、より関連性の高い、そしてより共感を呼ぶデジタル体験を生み出していくと確信している。
ワン・アーカイはテンセント(騰訊)のエグゼクティブクリエイティブディレクター。D&AD賞2020 デジタルデザイン部門の審査員も務める。