日用消費財(FMCG)大手のユニリーバの業績がここ数年低迷しているなか、ある著名なファンドマネージャーが、同社のコミュニケーションがパーパス(存在意義)に偏っているとして批判した。この一件により、ブランドが、パーパスに沿うことの長期的な価値を、株主に十分伝えられているかどうかが問われるようになった。
投資運用会社のファンドスミス・エクイティ・ファンド(Fundsmith Equity Fund)を創設したテリー・スミス氏は先頃、ユニリーバが「企業の経営指標に注力」せず、ヘルマンズ・マヨネーズのようなブランドのパーパスを示すことばかりに注力しており、「本筋を見失っている」のではないかと指摘した。
ファンドスミスはユニリーバ株を約8億8800万ポンド(約1366億円)保有しており、その株価が過去12カ月で9%下落するなど、ここ数年の同社の業績が特に芳しくなかったことを受けてのコメントだった。ユニリーバの業績は、ファンドスミスが株を保有している企業の中で下位5位に入ったという。
不満を表明したスミス氏は、同社がいかに本筋を見失っているかの例として、ヘルマンズとアイスクリームブランド「ベン&ジェリーズ」におけるパーパス・マーケティングの活動を挙げた。しかし、実際の数字からはそうではないことがうかがえる。パンデミック前の2018年、ヘルマンズとベン&ジェリーズを含むユニリーバの「サステナブル・リビング・ブランド」28種は、他の事業よりも69%速く成長し、同社全体の売上増の75%を占めていた。
実際、サステナブルマーケティングの専門家らは、「パーパス」と「サステナビリティ」は、今後ますます「業績不振を打開するための手段」になりうると予測している。
こうした断絶は、ブランドが株主に対してパーパスの価値を効果的に伝えられていない状況を示すのだろうか? すべてのブランドはパーパスにフォーカスする必要があるのか、あるいはそれがグリーンウォッシュや美徳シグナリング(自らの美徳をアピールすること)と受け止められてしまうのだろうか? Campaign Asia-Pacificは、APAC(アジア太平洋地域)のCMOやコミュニケーション業界の関係者らに意見を求めた。
パーパスの価値は、株主に効果的に伝えられているか?
マレンロウ ・サステナビリティ ディレクター、スージー・グールディング(Suzy Goulding)氏
問題は、「パーパス」という言葉の使い方にあると思います。結局のところ、企業のパーパスとは何でしょうか? なぜその企業は存在するのでしょう? 人々が望む、あるいは必要とする製品やサービスを作るために企業は存在し、そこから商業的利益を得ていますが、その利益を可能な限り倫理的かつサステナブルな方法で得るために存在すべきなのではないでしょうか。パーパスと利益は、サステナブルな成長のために一体として考えられるべきですが、このことがあまり効果的な方法で伝えられていないと感じています。株主とのコミュニケーションでは、人々が求め、必要とするものを生産するだけではなく、従業員を大切にし、製品やサービスがコミュニティに及ぼす社会的、環境的インパクトを認識し、それらに積極的に対処することから得られる商業的価値をもっとアピールすべきです。
ドール・サンシャイン カンパニー グローバルCMO、ルーペン・デサイ(Rupen Desai)氏
気候変動と不平等の拡大は、人々や地球を犠牲にして得られた利益を擁護する、古い考え方を直ちに変える必要があることを明確に示しています。人、地球、繁栄のあいだには、明確な相互依存の関係があります。企業には、成長モデルに対する体系的な解決策を見いだす大きな責任があります。そこでは、人、地球、経済が共に発展し、決して他のものを犠牲にすることがあってはなりません。そして、従来とは異なるより良い解決策の探求をリードする企業は、株主を含むすべてのステークホルダーから称賛されるべきなのです。
フォレスター プリンシパルアナリスト、シャオフェン・ワン(Xiaofeng Wang)氏
サステナブルなビジネスや価値重視の企業について語るときはまず、それらがビジネスであり、当然ながら達成すべき財務目標を持っているということに留意すべきです。英国のファンドマネジャー(スミス氏)は、ヘルマンズのパーパスを強調したマーケティングキャンペーンそのものよりも、ユニリーバ株の財務実績に憤慨したのでしょう。ヘルマンズ・マヨネーズは、2010年からサステナブル/パーパス・イニシアチブである「卵のケージフリー化(鶏かごに入れずに飼育したニワトリが産んだ卵を使用)」を推進し、予定より3年早く2017年に目標を達成しました。その年のユニリーバ株は前年比14.6%高となり、当時この取り組みに文句を言う株主はいませんでした。株主が財務パフォーマンスを重視するのは理解できますが、サステナビリティやブランドのパーパスへの投資は、必ずしも財務報告が不調になる直接的な原因ではありません。考慮すべき要因はもっとたくさんあります。リーダーにとって重要なのは、財務目標と非財務目標とのあいだで適切なバランスをとることです。サステナビリティとブランドのパーパスには、それぞれ長期的な価値があり、成功している企業は、財務パフォーマンスを損なうことなく、両方のバランスをうまくとっているのです。
キャセイパシフィック航空 ブランドインサイトおよびマーケティングコミュニケーション担当ゼネラルマネージャー、エドワード・ベル(Edward Bell)氏
パーパスは、適切に扱われるならば極めて強力で、ブランドが競合他社を凌駕するのに役立ち、他の追随を許さない存在にしてくれます。逆に、ブランドがパーパスの役割を過大に評価し、現実にそぐわないほど重視すると、ブランドは非常に説教じみた、退屈なものになってしまいます。そして、退屈なマーケティングはお金の無駄遣いでしかありません。
コルゲート・パルモリーブ APACマーケティング担当バイスプレジデント、イヴ・ブリアンテ(Yves Briantais)氏
企業の経営指標とパーパスを、対立するものとして論じるのは無意味です。どちらも必要で、片方だけでは成長を実現できません。明確なパーパスを持たずに経営指標だけを重視することも、またその逆も、やがてはブランドの成長に悪影響を及ぼすでしょう。
フォレスター バイスプレジデント兼リサーチディレクター、マイケル・バーンズ(Michael Barnes)氏
価値やパーパスはこれまで、株主にあまり効果的に伝わっていませんでした。しかし、私がさらに踏み込んで言いたいのは、「パーパス」の実際の意味、少なくとも企業ブランドの価値、ビジョン、方向性という点が効果的に伝えられていないということです。企業のリーダーと役員は、「パーパス」の背後にある論理的根拠を明確にするという仕事において、大いに改善しなければなりません。それを怠るなら、株主にその価値を納得してもらうことは到底できないでしょう。将来的には、すべての組織が、四半期ごとの企業利益や成長を超えて、パーパスにフォーカスする必要があります。ただし、特定の組織内にあるすべてのブランドが、パーパスをブランド戦略の中核に据える必要があるわけではないことも事実です。
プレシャス・コミュニケーションズ プリンシパルコンサルタント兼マネージングディレクター、ラース・ヴォーディッシュ(Lars Voedisch)氏
パーパスについての議論は、組織のさまざまなレベルで行われるべきです。一方でそれは、企業全体の戦略的なミッションとインパクトに結びついています。基本的には、従業員や投資家から社会全体まで、さまざまなステークホルダーにとって正しいことを行うということです。近年、株主やその他の団体によるESG(環境・社会・ガバナンス)推進の動きによって、こうした議論が再燃しています。他方で、パーパスは個々の製品やサービスにも関わってきます。その本来の用途は何か、それにどうやって別の価値(目的)を与えるかが重要です。ただし、そうした「パーパス付与」がこじつけで作為的、かつ消費者にとって不自然なものになると、ブランドによっては筋が通らなくなってしまうこともあります。企業が存在する理由や大切にしていることが、保有するブランドのパーパスと異なる場合もありますが、問題はありません。もっとも、両者が完全に異なる方向を向き、矛盾が生じてしまうような場合は別ですが。
パーパスはあまりにもプッシュされすぎていないか?
マレンロウ ・サステナビリティ グールディング氏
ブランドのパーパスが機能し、真のインパクトを与えるのは、それが製品に強く結びつく場合です。例えば、石鹸ブランドは公衆衛生における手洗いの重要性を啓発し、消毒剤ブランドはより良い衛生環境を提唱しています。しかし、そうした場合でも、これが機能するのは、変化をもたらそうという真のコミットメントと意図がある場合だけであり、単なる広告キャンペーンでは実現しません。製品にはもともと、床をきれいにしたり、窓をピカピカにするといった意図がありますが、それを超える「パーパス」をすべての商品に求めるのは行き過ぎだと、私は思います。「パーパス」の内容が何であれ、すべてのブランドと企業は、そのパーパスをどのように実現しているか、倫理的でサステナブルな方法で事業を運営しているかどうかということに、もっと注意を払うべきです。
ドール・サンシャイン カンパニー デサイ氏
私は、パーパスが十分に深く追求されているかどうかを問うべきだと思います。パーパスがビジネスモデルの一部とならない限り、パーパスは広告やPRの材料で終わる傾向があります。これは、おそらく利益よりも弊害が多いでしょう。パーパスをビジネスモデルの一部にするということはすなわち、企業がどのように成長し、どうやって革新し、どんな慣行がもはや受け入れられないか、どのように成功を測定し、インセンティブを与え、組織化するかといったことを考え抜き、実践するということです。結局のところ、パーパスの実現とは、パーパスを十分に追求しているということであって、パーパスを並べ立てることではないのです。
コルゲート・パルモリーブ ブリアンテ氏
パーパスは、企業経営におけるあらゆる側面と同様に、やり方を間違えると業績不振を招きます。パーパスは本物でなければならず、ブランドのDNAに根ざしていなければなりません。そして、そのことをはき違えた一部のブランドが、パーパスに取り組みたいがためにパーパスをひねり出すという迷走に陥っているのです。本来パーパスとは、ブランドが存在する理由を説明するために、そして、株主に価値を提供するためではなく、人々の生活の向上にどのように貢献しているかを説明するためにこそあるべきなのです。